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シメアゲカエンリュウ救助作戦


「それで、一番危険な役割を任せることになっちゃいましたけど……いけます?」

「あぁ、そちらは……」

「分かってますよ。ティアーユ殿下の方は私からやっときます」


 そう手早く答えると、ユーステッド殿下は無言で頷く。


「シメアゲカエンリュウの攻撃手段は、体を巻き付けて締め上げる他に、尻尾で薙ぎ払う、噛みつく、体当たり、そしてブレスがあります。このブレスは逃げる獲物を炎で囲い込んで牽制するためのもので、範囲が広い。持続的に吐き続けるのは苦手ですけど、人間くらいなら丸焦げに出来る火力はありますから、十分に注意してください」

「承知したっ」


 それだけ聞くと、ユーステッド殿下は空中を泳ぐように向かってくるシメアゲカエンリュウの側面に、人間離れした速度で回り込みながら向かっていく。

 いわゆる、身体強化魔法って奴だろう。馬を彷彿とさせる速度を維持したまま、岩が剥き出しになっている小さな山が無数に並んでいる荒野を、小山から小山へと飛び移るように移動していく。


「グルルル……!」


 そしてユーステッド殿下が私たちから十分に距離を取った、その瞬間。私たちがいる場所へ真っすぐ向かっていたはずのシメアゲカエンリュウがユーステッド殿下の方に顔を向け、そちらに向かい始めた。

 突然のドラゴンの行動の変化に戸惑いの声を上げたのは、竜車の中から状況を見ていたティアーユ殿下だ。


「い、一体何があったのですか……? どうしてあのドラゴンは突然お兄様の方に……」

「ユーステッド殿下はドラゴンに殺気を向けたんですよ。私の資料を読んだなら知っているでしょうけど、ドラゴンは自分に向けられた害意には過敏に反応しますから」


 その生態を逆手に取り、シメアゲカエンリュウの意識を自分の方に引き寄せたのだ。

 興奮状態で我を忘れている状態だからこそ、脳とダイレクトに直結した器官である角から得た情報に従う。今シメアゲカエンリュウは、ユーステッド殿下の事を明確な敵として認識したはずだ。


「後はユーステッド殿下がドラゴンの攻撃を凌いでくれれば何とかなるんですけど……」


 勝算を話し合う時間もなかったから、ユーステッド殿下がどのようにドラゴンの攻撃を凌ぐのかは私にも分からない。もう信じるしかないっていう状況だ。

 そうこうしている内に、シメアゲカエンリュウは口を閉じて頭を軽く引く姿勢を見せた。それが意味するところを、私は知っている。


「ブレスが来ます! 備えてください!」


 私が叫ぶと同時に、シメアゲカエンリュウの口から炎が吐き出された。

 地表にぶつかると同時に、まるで津波のように地面を飲み込み、岩も植物も何もかも焼き尽くしていく扇状の炎が、真っすぐにユーステッド殿下に向かっていく。

 やはり興奮状態にある影響からか、狙いは滅茶苦茶で普段のように獲物を殺さずに追い込むコントロールを失っているけど、それでも人間が使う火属性の魔法なんて比べ物にならない威力と規模だろう。


「ふぅぅぅぅ……っ!」


 そんな死の炎を前にして、ユーステッド殿下は逃げずに立ち止まり、短く息を整えながら腰を深く下ろし、剣を下段に構える。すると突然、剣から青白くて長い光が伸び始めたのだ。

 初めて見るけど、もしかして噂に聞く魔法剣って奴だろうか? ユーステッド殿下は地面に切れ込みを入れながら、長大な光の刃と化した剣を下から上へと振るい、扇状に迫ってくるドラゴンの炎を切り裂いてみせた。


「……マジか」


 これには私も驚いた。ドラゴンのブレスの威力と規模が、人間の攻撃魔法を遥かに凌駕しているのは、これまでの調査で発覚していたんだけど、それを切り開くことで凌ぐなんて。

 持続して吐き続けるのが苦手。広範囲に広がる分、ブレスの密度が薄くなりがちと、いくらシメアゲカエンリュウのブレスに切り開き易い特性があったとしても、同じことが出来る人間なんて、そうはいないんじゃなかろうか?


「やるじゃないですか! 威勢が良いのはハッタリじゃなかったんですね! ていうか殿下も大概人間辞めてません!?」

「いいから早く何とかしろっ! 私の囮も長くはもたないっ!」

「はいはいっと。という訳でティアーユ殿下、ちょっと外に出てもらっても?」


 シメアゲカエンリュウの攻撃を時に剣で弾き、時に避けながら、意識を向けさせつつ凌いでいくユーステッド殿下。

 あの調子なら、確かにいくらかの時間を稼げそうだ。その間に私は、シグルドと竜車を繋いであったハーネスを外し、扉を開けてティアーユ殿下を外に出す。


「見ての通り、この場は危険です。ティアーユ殿下はシグルドに乗って船まで逃げてください。初めての騎乗になりますが、逃げるとなると竜車はどうしても邪魔です。騎装具は念の為に付けていますし、そこは根性でどうにかしてください」

「そんな……! でも、お二人は……」


 そこでティアーユ殿下は口を噤んでしまう。

 この場で自分がいても足手纏いにしかならない、素直に逃げた方が私もユーステッド殿下も助かると分かっているんだろう。その事を理屈では分かっていても、危険な状態に置かれた私たちを見捨てるようなことをするのは、感情的には凄い抵抗があるのが見て取れる。


「ただし……もしティアーユ殿下にその気があるって言うんなら、ちょっと手伝ってほしいですね」

 

 私は丁度近くに生えていた、瘦せた土地に対応するために葉の表面積が小さくなっている木の枝を、懐に忍ばせていた竜爪のナイフで切り落とす。


「怖いって言うんなら無理しなくてもいいです。それは生物として当たり前の感情ですから、誰もその選択を責めやしません。私とユーステッド殿下でどうとでもしてみせましょう。その上で、私に事実だけを言わせてほしい」


 私はティアーユ殿下の目を真っすぐに見て、嘘偽りのない言葉を口にする。


「今回、ドラゴンを無事に鎮静化できるかどうか……そのカギを握っているのはティアーユ殿下です。もし殿下に勇気が残っているのなら、私たちを助けてほしい」


   =====


 それから私は、ユーステッド殿下が必死にシメアゲカエンリュウの攻撃を凌いでいる戦場へと移動した。

 攻撃の巻き添えを受けないよう、シメアゲカエンリュウの背後から慎重に、それでいて走ることは止めずに素早く接近すると、私に気付いたユーステッド殿下は叫んだ。


「ティアーユは逃がせたかっ!? というか、お前は何を咥えているのだ!?」

「むー! むーむーむー! んー!」


 木の枝を口に咥えながら言葉にならない声で返事をした私は、空を舞うシメアゲカエンリュウの真下を陣取りながら、ひたすらタイミングを見計らう。

 上空からのブレス攻撃の効果が薄く、中々ユーステッド殿下を倒せない……そんな事態に焦れたシメアゲカエンリュウが、今度は近接戦を試すと言わんばかりに、地表に居る殿下に向かって低空飛行からの体当たりをしようとした、その瞬間。


「ふむっ!」


 私はその細長い体に飛び乗った。

 シメアゲカエンリュウの背部はゴツゴツとした甲殻に覆われてこそいるけど、全て尻尾の先端に向かって生えているので、掴むところがあるかって言うと、別にない。

 それでも私が振り落とされずにいるのは、手のひらに吸着力を付与することが出来る、山岳調査とかでも有用な崖登りの魔法を使っているからだ。これによって私は、足裏に生える微細な毛によって僅かな凹凸をも捉えるヤモリのように、垂直な壁でも登ることが出来る。


(とは言って、もぉ……!? ちょ、暴れすぎ……落ち着いて!)


 それでも暴れるドラゴンの体に張り付き続けるのは至難の業だ。魔法で得た吸着力をもってしても、何度も何度も手のひらを引き剝がされるほどの、上下左右縦横無尽に振り回される暴れっぷり。

 少しでも魔力の出力を弱めれば、私は即座に地面に叩きつけられるだろう。


(こなくそ……振り落とされて、堪るかっ!)


 私は意地と根性だけで、シメアゲカエンリュウの体をよじ登っていく。

 目指す先は頭部。棒が刺さっている鼻の穴がある場所だ。そこに向かって、私は時に片手が外れて宙吊り状態になりながらも何とか体勢を立て直しながら、少しずつ進んでいき……。


(よし、着いたぁっ!)


 私はシメアゲカエンリュウの鼻の穴に、指を引っかけるところまで来るのに成功した。

 しかし本番はここから。私はとある魔法を発動させると、口に咥えていた木の枝に巻き付くように、光で出来たロープのようなものが形成され、その先端が手元まで伸びてくる。

 これも私が巨竜半島での調査でよく使う、その場凌ぎの即席ロープを生成する魔法だ。荷物を運ぶ際とかに落ちないようにしたり、スサノオが船を引く時のハーネス代わりにしたりと、紐や鎖を生成する魔法は、この世界ではかなり汎用性が高いポピュラーなものだけど、今回は生成した魔力のロープで、木の枝と、シメアゲカエンリュウの鼻に刺さっていた棒を結んで繋ぐ。


(……あれ? この棒って……)

 

 その際、私は鼻の穴に刺さっていた棒に対して強い疑問を抱いたけど、すぐに思考を切り替える。

 今はこの事を詮索している場合じゃない。振り落とされる前に素早く、それでいて簡単に外れないよう、魔力のロープで棒の先端をガッチガチに縛り上げる。


「今……だらっしゃああああああああああああっ!」


 その瞬間、上体を起こした私は木の枝を口から離し、それをシメアゲカエンリュウの前方に向かって思いっきりぶん投げた。

 魔力のロープで繋がれた木の枝は放物線を描いて遠い場所まで飛んでいく……と同時に、投げた拍子でバランスを崩した私は、シメアゲカエンリュウの体から落ちてしまう。


「がはっ!? ~~~~~~っ!」


 そのまま私の体は地面を転がるように数回バウンドし、土煙を上げながらようやく止まる。

 走行中のバスの上から飛び降りれば、まさにこんな気分を味わうんだろう。私は痛くて悶絶する羽目になったけど……それでも、木の枝は括りつけたロープを伸ばしながら、変わらずに飛び続けている。

 あのロープの魔法は、発動者の意思と魔力量によっては幾らでも長く出来る。どれだけ痛くても魔法を維持し続けることが出来れば……後はきっと大丈夫。


「来ました……! 受け取ってくださいっ!」


 私の確信を証拠付けるように、鈴を鳴らすような声が荒野に響く。その音が発せられた方向……シメアゲカエンリュウと正面から対峙するユーステッド殿下の背後には、シグルドの背中に身を低くして、しがみ付くように乗っているティアーユ殿下の姿があった。

 そんなティアーユ殿下の合図に応えて、シグルドは飛んできた魔力のロープが括りつけられた木の枝を口でキャッチする。

 

「ティアーユ!? 何時の間にそこに!? 逃げたのではないのか!?」


 突然妹の声が背後から聞こえて来て、ユーステッド殿下は思わず振り返るけど、すでに賽は投げられた。

 私がティアーユ殿下に頼んだのは、シグルドを駆りながら指示を出し、鼻の穴に刺さった棒を引き抜いてもらう役だ。

 人間の腕力で、動物の鼻にあそこまで深く刺さった棒を抜くのは容易じゃない。下手に躊躇して時間を掛ければ、その分負担になるし、こういうのは躊躇わずに一気に引き抜く必要がある。

 

(それが出来るのは、この場ではシグルドだけだ)


 元々、ドラゴンとのコミュニケーションの取り方はお見舞い中の会話の中で教えたこともある。

 だからこそ、ティアーユ殿下にはシグルドに乗ってもらい、思念波が確実に届く至近距離から逐一状況を伝達させ、棒を引き抜くベストポジションである、シメアゲカエンリュウの正面をシグルドに走らせ続けてもらっていた。ドラゴンの攻撃でも、同じドラゴンであれば対処することは容易だ。


「今です、引っ張ってくださいっ!」


 そして全ての条件が整い、ティアーユ殿下が叫びながら思念波を送ると、シグルドは木の枝を咥えたまま転身し、強靭な二本の足で地面を踏み割りながら駆け出した。

 一歩目から新幹線並みのスピードを叩き出す、ヘキソウウモウリュウの加速力は絶大だ。深々と鼻の穴に突き刺さり、簡単には抜けない筈の棒は、まるで雑草か何かのように呆気なく引き抜かれるのであった。




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― 新着の感想 ―
凄い!この三人と二匹(二頭?)の攻防はとても迫力があります。他の小説では絶対読めないと思います。ドラゴンは頭は良いけど自然生物であるところが、そうさせているのでしょうか。とても素敵です。
いや、シメアゲカエンリュウの大きさ(大きなカバを締め上げることが可能な体躯…多分アナコンダ級)から言うと、槍かもしれない。
 鼻に刺さってた棒って、ひょっとして矢とかか?
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