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ドラゴンでも痛いもの


「行きます……行きたいです……! 巨竜半島へっ!」


 いつになく大きな声で自分の意思を主張したティアーユ殿下。その瞳には迷いと戸惑いが混じりながらも、強い意志の光のようなものが見て取れた。

 きっと付き合いが短い私だけでなく、子供の頃からこの人の事を知っている他の三人も、こんなに強い主張をするティアーユは見たことが無いのか、目を丸くして彼女を凝視している。


「そうですか。じゃあ、そうしましょうか」


 対して私は驚くでも何でもなく、あっけらかんとそう答える。

 ティアーユ殿下の選択は、何も珍しいものじゃない。私と同様に、生物の多くが生きるために目の前に差し迫る状況に対応しようと動く。ティアーユ殿下もただそうしたってだけの話。

 ならせめて、背中を蹴って焚き付けた私が、いの一番に手を貸すのが筋ってものだろう。今日日、野生動物でさえ生まれたばかりで満足に歩けない子供の為に、同じ場所に留まるし。


「そう簡単に言うがな、アメリア。病弱なティアーユにはかなり酷な話だぞ。巨竜半島で発作など起これば……」


 慎重な意見を口にしようとしたセドリック閣下だけど、その服をベッドから伸びてきたティアーユ殿下の手で掴まれて、口を動かすのを止める。


「ご心配もご迷惑もおかけするのは分かっています、叔父様……でもこれは私にとって、生まれて初めて見えた光明なのです」

「……ティアーユ」

「アメリア様に言われて思ったんです。もう足手纏いの皇女のままでも、辛気臭い人間のままでもいたくない……だからどうか、行かせてください」


 そう言われると、流石の閣下もこれ以上は何も言えなくなったみたいだ。

 セドリック閣下自身、責任感が強くて真面目な人だしね。足手纏いになりたくない気持ちは分かるし、その足手纏い状態を強いられ続けたティアーユ殿下の気持ちは想像してあまりあるんだろう。


「まぁ問題はやっぱり移動手段ですね。目的地である荒野はウォークライ領の軍港から比較的近い場所にありますけど、巨竜半島は全体的に広い。海辺から移動しようと思ったら、それなりに時間が掛かります」


 地図によると、小島くらいなんてレベルじゃない。小国くらいの大きさがある半島だ。

 人の手なんて一切入っていないから、馬車で移動するなんて出来ない。だからって歩いていくのは時間が掛かり過ぎる上にティアーユ殿下の体力がもたない。

 となると、ヘキソウウモウリュウにティアーユ殿下と二人乗りして移動するのが一番マシなんだけど、それでも走らせることが出来ないから、どっちにしろ時間はかかるか……。


「であれば、叔父上。試作中の馬車を手配することは出来ませんか?」


 私が頭を悩ませていると、これまで黙っていたユーステッド殿下がセドリック閣下に進言をした。


「試作中の馬車? 何ですかそれ?」

「お前が巨竜半島へ調査に出向いた直後に開発を始めた、ヘキソウウモウリュウの走行速度に対応したドラゴン専用の新型馬車……いや、竜車とでも呼ぶべき乗り物の事だ。ドラゴンに引かせる点は以前と同じだが、前回の問題点を解決した物となっている」


 これは驚いた。私が知らない間に、そんなものを開発し始めていたとは。


「車軸の摩耗や急旋回への不適応、地形による横転の危険性など、前回は車輪が全ての問題点の起因となっていた。だからこそ、車体を浮遊魔法で浮かせた状態にして、それをドラゴンに引かせることで、全ての問題点を解決するに至ったのだ」

「へぇ、何か良さそうじゃないですか」


 未だに飛行魔法は実用化には程遠い世の中だけど、それは推進力を得ようとしたら魔力消費量やら出力、体幹のバランス調整が難しいからであって、ただ浮くだけならそこまで難しくないらしい。

 今回開発した竜車にも車輪は残すらしいけど、あくまで魔力を節約するための補助的な役割に終始するらしい。


「ただ高速移動をしている間は浮遊魔法を常時発動しなければならず、浮いて移動する竜車を水平の状態に保つ魔法も同時発動しなければならないので、移動するだけで大量の魔力を消費する。故に実用化するには新たな課題も突き付けられたのだが、それでも病弱な人間が安全かつ迅速に移動することができる唯一の手段と言えるだろう」


 物を載せて移動する乗り物には車輪が必須……そんなこの世界での常識を打ち破り、浮遊魔法を要にして新たな移動手段として確立するところまで来ていたとは、つくづく人の技術の成長スピードには驚かされる。


「……竜車の開発をそこまで進めるには少しばかり手間取ったが、ティアーユの決断をするのに間に合ったのは僥倖と言えるだろう」


 そう小さく呟かれた言葉に、私は以前殿下が全身包帯だらけになっている姿を思い出した。

 竜車の開発をするに当たって、実際に乗って実用性を確かめる人間って言うのが必要だったはず。当然、今話したような水準に達するまでに、何度も横転したりしたことだろう。

 それこそ、試乗した人間もただでは済まないってくらいに、何度も。


「殿下。貴方もしかして率先して竜車の試乗に――――」

「竜車の開発はドラゴンを軍事転用するにあたって最重要事項の一つだ。私は次期辺境伯軍の最高司令官として、率先して開発に協力していたにすぎんっ」

「そんな食い気味に言わなくても」


 私からプイッと顔を背けながら、ユーステッド殿下は言い訳でもするかのように、私の言葉を全力で遮った。

 別に私は、ユーステッド殿下の言葉を疑っている訳じゃない。竜車を開発することが出来れば、兵や物資の移動が劇的に速くなる。辺境伯軍に必要になるって言うのは、まさにその通りだ。


(ついでにいえば、体の弱いティアーユ殿下を色んな場所に連れていけたりするしね)


 ……まぁその辺りの心情については、あえて踏み込むまい。この人も、恩着せがましい物言いをするのは嫌だろうし、『実は怪我してました』なんてティアーユ殿下に知られたくないだろうし。


「……ユーステッドお兄様」

「ティアーユ……正直に言わせてもらえば、私はいつも考えていた。第二皇子などという肩書では病を癒すことも出来ず、殆ど病気を患ったことも無い私が、お前に対してどれだけの事が出来るのか、どれだけ慰められるのか、情けなくも迷いながらお前と向き合ってきた」

「そんな……! お兄様は情けなくなど……!」

「いいや。事実として、今日まで私は大したことをしてこれなかった」


 そう自嘲するユーステッド殿下だったけど、次の瞬間、強く真っ直ぐな眼差しでティアーユ殿下を見据える。


「だから私は決めていたのだ。もしお前が自分の未来に希望を持ち、立ち向かう覚悟を決めたのなら、私は全身全霊をもってお前の背中を押そうと。……その切っ掛けを作ったのが、この無礼者の野蛮な言動だというのは、色々と思うところはあるがな」

「一言多くないですか?」


 無礼であるのも野蛮であるのも否定はしないけど。


「今回は偶然……そう、偶然にも私の職務とお前がこれぞと見定めたことが一致したおかげで、お前を巨竜半島まで連れていく算段が付いたが、アメリアの言う通り、かの地は何があるのか分からない。だから私も同行させてもらおう…………これでも私は、お前の兄だからな」

「お兄様……っ」


 そんなユーステッド殿下を泣きそうな顔で見つめ返すティアーユ殿下。

 まさに美しい兄妹愛。本来なら感動を誘う場面ではあるんだろうけど……。


「殿下、そんな『偶然』を強調しても無理あります。もうここまで来たら素直に言った方が良いレベルです。妹さんが巨竜半島に興味あったから連れて行って――――」

「貴様は黙っていろっ! 偶然と言ったら偶然なのだっ!」


 羞恥で顔を真っ赤にして否定するユーステッド殿下。どうやら完全に図星を突かれたらしい。


「いずれにせよ、移動手段についてはほぼ解決状態。最大の当事者であるティアーユ殿下も覚悟を決めている。ならもう迷う必要なんてないんじゃないんですか、閣下?」

「……そうだな。私としても、姪が病に苦しまずに済むのは喜ばしいことだ」


 そう呟いて、セドリック閣下は小さく笑う。その表情は、どこか覚悟を決めた人間の顔にも見えた。


「何より、栄えある皇族の一員が覚悟を決めたのだ。臣籍に降ったとはいえ、私とて皇族。その心意気、汲まぬ訳にはいかないだろう」


 閣下のその言葉に、テオル先生も覚悟を決めたように頷く。 

 こうして、ティアーユ殿下の魔蝕病克服作戦が幕を切るのであった。


   =====


 それからまたしばらくの時が経ち、ティアーユ殿下の体調を万全に整えてから、私たちは船に乗って巨竜半島に渡り、竜車で目的地であるガドレス樹海付近の荒野を目指していた。


「へぇ、乗り心地いいじゃないですか。殆ど揺れていないし」


 外見だけは馬車と大して変わらない竜車の屋根の上。そこに胡坐をかいて周囲を双眼鏡で見張りつつ、私は竜車を引くシグルドに思念波を送りながら、荒野まで走らせていた。

 この世界で陸路を走る乗り物と言うのは、舗装技術が未発達なのもあって、走ってると凄いガタガタ揺れたりする。しかしこの竜車は地面に付かないよう、最低限の高さまで浮いている状態になっているから、そういう揺れとは無縁の乗り物だ。


(竜車は今、自動車並みの速度が出ているにも拘らず、カーブする時も横転する気配が微塵も感じられない。車体を水平に保つ魔法が、上手く機能しているんだ)


 下手をすれば、前世のコンクリート製道路を走っている自動車よりも、乗り心地が良いかもしれない。

 そんなことを考えていると、私のすぐ下……開いている窓から、ユーステッド殿下の声が聞こえてきた。


「その分、魔石が大量に必要になるがな。魔石が無くても魔力を直接竜車に流し込めば浮かせることもできるが」


 竜車も道具である以上、誰にでも簡単に使える物じゃなければ意味が無い。

 だから辺境伯軍の開発部は、竜車自体を魔道具化し、魔力を動力源にして車体が浮くように設計したらしい。


「……で、どうですティアーユ殿下。初めての巨竜半島は」


 私は竜車の上から頭を逆さにして窓を覗き込んで聞いてみるけど、返事はなかった。

 ティアーユ殿下は反対側の窓からガラス越しに、ドラゴンが生き生きと暮らす巨竜半島の光景を、目に焼き付けるように眺めている。


(……これは邪魔するのも悪いかな)


 私も巨竜半島に来た最初の頃は、大自然の中でドラゴンが空を飛び交い、地を進む光景にただただ圧倒され、言葉すらなくして呆然と眺めていた。

 ただでさえ、ヘキソウウモウリュウの高速移動も初めて経験しているんだ。今のティアーユ殿下は、車や電車に初めて乗った子供と同じか、それ以上の感動に包まれているんだろう。


「……しかし、護衛が私だけなのは、正直心許ないな。ティアーユの体調と天秤にかけた結果だから、致し方ないが……」


 皇女が巨竜半島に向かったというのに、同行者は私とユーステッド殿下の二人だけと、最低限の人数だ。

 辺境伯軍の一員として死ぬ覚悟が出来ているユーステッド殿下はともかく、本来なら何があってもティアーユ殿下を守れるように大量の護衛を付けておきたかったところだけど……。


「まぁ魔物を前にして交戦状態に入ったドラゴンを宥め、逃げの一手に専念できる組み合わせは現状、私とシグルドの一組だけですからね。他のペアだと、魔物と遭遇したらそのまま交戦する羽目になりそうですし、そっちの方がティアーユ殿下の負担になるでしょ」


 ティアーユ殿下の体調を考慮すれば、魔物と遭遇した時の対処は逃げの一択だ。

 しかし魔物から強烈な害意を向けられたドラゴンは基本的に興奮状態になり、その魔物を排除するという方向に思考がシフトしてしまう。

 その勇猛さは兵士と共に戦うには心強いだろうけど、今回の場合だと興奮状態を抑えさせ、逃げ切らないといけない。


「騎兵部隊の人たちの練度は着実に上がってきていますけど、興奮したドラゴンを宥め、抑えるレベルには至っていない。出来るようになるまで待つって言う選択肢もありましたけど……それが本当に可能であるかどうかは、未だに検証中ですからね」


 少なくとも、現段階では私とシグルドは出来た……というだけに過ぎない。

 他の人たちがドラゴンの生存本能にも直結する戦意を宥められるようになるかどうかは、まだ分からないのだ。

 

「更に言えば、ドラゴンが戦意を掻き立てると、他のドラゴンもそれに呼応しやすい。もしシグルドとは別のヘキソウウモウリュウに騎乗した兵士を護衛として連れてこさせ、魔物と遭遇する事態になれば、ドラゴン同士で戦意を呼応し合わせ、私でも簡単には止められなくなってしまう。敵を叩きのめす時はそれでもいいですけど、今回は趣旨が違う」


 これは興奮状態になった頭数が多ければ多いほど、戦意の高まりも強くなり、外敵を前にしたら逃げなくなる傾向がある。二体だけならともかく、興奮状態のドラゴンが三体も四体も同じ場所に集まったとなると、人間が逃げの指示を出しても言う事を聞かないのだ。

 だからと言って、馬や徒歩で付いてこさせて竜車の速度を落とすようじゃ本末転倒だし、いつ騎乗技術として体系化できるかも分からないことで延々と待たせ続けるのも、逆にストレスになって体に良くない。魔物に見付かりにくくする意味でも、最小限の人数でパパッと行って、パパッと帰ってきた方が、結果的に負担が少ないのである。


「お……荒野地帯まで来ましたね」


 そんな話をしていると、緑に溢れていた周囲の光景が徐々に変化し、私たちを乗せた竜車は岩肌や渇いた大地が剥き出しになった地帯へと突入した。


「これはまた、随分と様相が変わったな。つい先ほどまで緑に覆われた場所を走っていたのが、嘘のようだ」

「それだけ、この辺りではドラゴンと魔物の戦いが激しいってことですよ」


 地面を抉り飛ばすほどの、ドラゴンと魔物による度重なる攻撃によって土壌が破壊され、運ばれてきた植物の種が潰されたのだろう。

 この地帯にある植物と言えば過酷な環境にも根を張ることが出来る種だけで、豊かな土壌でなければ生きられない植物は淘汰されて行っているのだ。


「さて、お目当てのシメアゲカエンリュウもこの付近にいるはずなんですけど……」


 私が事前にコミュニケーションを取っていた、ハチマキを識別票として角に巻いている個体だ。

 見晴らしのいい場所でシグルドを一旦停止させ、その個体を双眼鏡で探そうとした……まさにその時。空がビリビリと振動するような、ドラゴンの咆哮が聞こえてきた。


「な、何だ!?」

「……あ、いました」


 その轟音が鳴った方角に双眼鏡を向けてみると、そこには角にハチマキを巻いた一頭のシメアゲカエンリュウが、大きなカバにも似た姿をした魔物の全身に巻き付き、そのまま上空へと飛び上がっている姿が見えた。

 私がティアーユ殿下のパートナーにと交渉していた個体に間違いない。それは確かなんだけど……。


「……何か様子がおかしいですね」


 ただ魔物から魔力を吸い取っているだけには見えない……そう感じていると、シメアゲカエンリュウは牙が剥き出しになるくらいに全身に力を籠め、魔物の全身の骨を砕きながら魔力を吸い取っていた。

 傍目からでも、四肢や首、胴体が変な方向に折れ曲がっていると分かる状態で魔物が絶命すると、シメアゲカエンリュウはその死体を崖に叩きつけるように投げ捨てる。

 そんな姿を見ていたユーステッド殿下が、頬をヒクヒクとさせながら私に聞いてきた。


「おい……あれがあのドラゴンの普段の姿なのか……?」

「いんや、アレは完全な興奮状態になっちゃってますね」


 異常に小さくなっている瞳孔に、断続的に口から漏れ続ける炎……これ以上ないってくらいにドラゴンが興奮している証だ。

 一体何があったのだろうと、双眼鏡でより詳しく観察してみると、その原因はすぐに分かった。


「あららー……鼻の穴に何か刺さってますね」


 何と、シメアゲカエンリュウの鼻の穴に、棒状の何かが深々と食い込んでいて、そこから鼻血が絶え間なく流れ続けているのだ。

 何かの拍子で鼻の穴に刺さって抜けなくなっているのだろう。興奮状態になっている原因は、間違いなくアレだ。


「全身強固な鱗で守られているドラゴンでも、鼻の穴の中は柔いですからねー。身体構造的にも抜けないですし、アレはさぞキツいでしょう。何時になく、滅茶苦茶に暴れ回ってます」

「呑気に言っている場合か! こうなった以上、今日のところは急いで退くぞっ!」

「……いや、もう遅いみたいです」


 血走った眼で、遠く離れた場所にいる私たちを真っすぐに見据えたシメアゲカエンリュウは、凄まじい速度で空を泳ぎ、こちらに向かってきている。


「長く興奮状態が続いていたんでしょう。完全に我を忘れて、角で感知した生命体を手当たり次第に襲ってるみたいですね。こうなったら逃げても無駄です」


 一度外敵を前にしたドラゴンのしぶとさは、私もよく知っている。ヘキソウウモウリュウの脚なら追いつかれないまでも、ウォークライ領まで追いかけてくる可能性は否定できない。

 今回の出征で想定しうる最悪のパターンである、興奮状態のドラゴンの相手をするケースに陥ったわけだけど……だったらもうやむ無しか。


「お二人はそのまま逃げてください。あのドラゴンは、私が何とか宥めてみましょう」


 今日ここまで二人を連れてくる理由を作ったのは、他の誰でもない私だ。

 だったら他の誰でもない私が二人の安全を確保しないといけない。その程度の責任感くらい、私にだってあるのだ。


「……何か策はあるのか?」

「鼻に刺さってる棒を抜けば痛みの原因が無くなっていくらか落ち着くでしょう。なぁに、任せてくださいよ。私は七年も巨竜半島で生活してましたからね。興奮して大暴れしているドラゴンは何度も宥めてきた経験があります」


 私は竜車から飛び降り、興奮しているシメアゲカエンリュウに呼応するように、唸り声をあげて戦意を高ぶらせていくシグルドの顎下を撫でて宥めながら答える。

 ……もっとも、内半分くらいは大怪我して生死の境を彷徨ってきたけど。それは言わないでおこうっと。


「そうか……わかった」


 軽い調子で答えた私の言葉に納得したのかしていないのか、よく分からない曖昧な返事をした後、ユーステッド殿下は竜車から降りて腰に差してあった剣を抜き放つ。


「ならば私が囮になろう。注意を分散させれば、成功率は上がるはずだ」


 さも当然のようにとんでもないことを言ってのけるユーステッド殿下に、私も思わず唖然とさせられる。

 この人の言う囮のやり方は、多分私が考えている通りだ。その上で、人間よりも遥かに強いドラゴンの注意を引き付けるという。


「本気で言ってます? 下手を打ったら死にますよ?」

「なら一度も下手を打たなければいい。逃げられないというのであれば、立ち向かって活路を開くのみだ」

「まぁそうする他にない状況ですけど……」

「それに私は言ったはずだ、今回の一件に関して、私は全力で背中を押すと。こうなってしまった以上、あのドラゴンを鎮静化させてティアーユの元に引き摺って行ってくれるわ!」


 フンスと、鼻息を吹いて迫りくるドラゴンを見据えるユーステッド殿下。

 ティアーユ殿下に背中を向け、そう高らかに吠えるその姿はまるで、外敵から子供を守る獣のようにも見えた。


「それにアメリア……お前はやると言ったら意地でもやり通す奴だ。お前のそんなところに私は度々困らされているが…………今回はお前を信じ、私も死力を尽くそう」


 ……相変わらず大真面目に臭いセリフを素で言ってのける人だと思う。

 そんな風に言われたら、私も死ぬ気で頑張らないとって思っちゃうじゃん。


「それじゃあ私も、殿下が死ぬ前に何とかしてみましょうかね」


 私は何時ものように軽い調子で呟きながら、剣を握りしめるユーステッド殿下の隣に並び立つのだった。




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― 新着の感想 ―
これは、今までもあったかもしれませんが、かなり厳しい状況ですね。 興奮する生き物をなだめるのは至難の業ですよね。ここはドラゴンが知的生物であることに期待したいです。 次読みに行きます。
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