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ちょっと無茶をした日のアメリア


 それから、しばらく話してティアーユ殿下が眠くなった頃合いに部屋をお暇した後、私はセドリック閣下の執務室にお邪魔していた。


「数日間、巨竜半島で調査活動がしたいと?」

「はい」


 理由はウォークライ領を一時的に離れ、巨竜半島で調査をすることへの事前報告だ。

 誰にも告げずに何日も留守にしたら、色々と混乱するだろうし、出資して研究のバックアップしてもらっている手前、事前に報告するくらいの筋は通さないとね。

 ……まぁ、こっちは許可なんて下りなくなって調査を強行する腹積もりだけど。私のドラゴンに対する研究欲は、権力なんかじゃ止まらないのである。


「それはまた随分と急なことだな。今は領内で飼育を始めたドラゴンの観察と管理、飼育員への指導をしてほしいというのが本音なのだが……理由を詳しく聞かせてもらおうか」


 それはこれまでの付き合いから、閣下も察しが付いているんだろう。頭ごなしに否定はせず、とりあえず私の話を聞くという姿勢に入った。


「えぇ、実はですね……」


 私はこれから調べようとしているドラゴンの生態、そしてそこから導き出される答え次第によって起こりうる事象への可能性、その全てを包み隠さずに。

 すると、セドリック閣下は信じられないと言わんばかりに目を見開いて、私を顔をマジマジと見てきた。 


「…………本当に、そのようなことが可能なのか?」

「絶対なんて口が裂けても言えませんけど、少なくとも可能性はあると私は思ってます。それが本当かどうかを探りに行くんですよ。それに、ヴィルマさんとかが物覚え良くてですね。もうそろそろ、私抜きでもヘキソウウモウリュウの世話はある程度こなせると思うんですよね」


 これは適当な誤魔化しではなく、事実だ。

 元々ドラゴンは非常に利口で、人間の思考を読み取ることが出来るから、飼育や騎乗の難易度は馬と比べると低い。現段階でも、下手に刺激さえしなければ兵士の人たちに任せて問題ないだろう。

 それを聞いた閣下は、しばらくの間目を瞑って黙り込む。そのまま何かを考えこむように逡巡した後、ゆっくりと顔を上げた。


「よかろう。巨竜半島での野外調査活動を、ウォークライ辺境伯の名の元に、ドラゴンの研究者アメリアに正式に依頼する。無事に生きて戻り、調査報告書を私に提出せよ」

「はい、分かりました」


 渋っていたのを一転、気前よく正式な依頼として私の野外活動をバックアップしてくれるという言質を取った私は、意気揚々と準備を始めた。

 携帯テントにランプ、保存食に紙とペンと言った、必要な物を鞄に詰め込み、画板を肩に下げてジークを肩に乗せた私は、オーディスを出て近郊にある軍港からスサノオの背中に乗って巨竜半島へ向かう。


「ちょっと久しぶりだね、スサノオ。元気してた?」


 そう言いながら首を撫でると、スサノオは機嫌良さそうに高い鳴き声を上げた。

 オーディスに住むようになって以降、スサノオは軍港辺りまで生息域を広げている。私が大陸側に移り住んだのを知っての事だ。

 私の事を慕ってか、魔石目当てか、あるいはその両方なのか……言葉が通じないため意図は判然としないけど、スサノオは今でも私の渡海を助けてくれている。


「さて、行こうか。今回の調査も楽しみだ」


 そう合図を出すと同時に海を進み始めるスサノオの背中に乗った私は、どんどん迫ってくる巨竜半島の雄大な自然を前に胸が高鳴っていく。

 目指すは、ガドレス樹海と巨竜半島の境にある荒野地帯。半島の豊かな自然を求める魔物と、その半島を支配するドラゴンが日夜生存と種の繁栄を賭けて戦い続ける、巨竜半島でも特に危険な場所の一つである。

 そんな危ない場所まで調査しに行った私は数日後、当然とばかりに全身あちこち怪我した状態でオーディスに戻って来るのだった。 


   =====


「あいたたたたた……」


 魔物や暴れるドラゴンにぶっ飛ばされ、ボロボロになりながらも、何とか五体満足の状態でオーディスまで戻ってきた私は、あちこち痛む体を引き摺りながら、辺境伯邸の廊下を進んで自分に与えられた部屋へと向かう。

 調査中にここまで怪我をしたのは久しぶりだ……しかし、私自身は怪我したことへの不満はない。むしろ痛みも無視できるくらいに気分が高揚していた。


「ふふふふふ……! 素晴らしい……素晴らしいデータが取れてしまった……!」


 怪我をした甲斐あり……そう断じることが出来るくらいに、今回の野外調査は実りのあるものだった。

 普段は危険だから、あの地点での調査は慎重に行ってきていたから(ちなみに取り止めたことはない)、あの一帯に生息するドラゴンに関しては未知な部分が多い。

 それが辺境伯家が魔物が嫌がる臭いを発する魔道具を始めとする、色んな道具を融通してくれたおかげで、調査の安全性が格段に上がった。

 

(それでも怪我する羽目になったけど、あの付近にテントを張って野宿が出来るようになったって言うのは大きいな)


 この怪我だって、私がちょっと無茶しすぎたのが原因だし、人間の魔道具技術の進歩も凄いと率直に思う。あの地帯は、恐れ知らずの魔物が数多くいるって言うのに、準備さえ万全にしておけば普通に生きて戻れるんだから。


「おかげで有益な観察レポートが大量に出てきた……早速部屋に戻って纏めようっと」


 最早痛みすら忘れ、ルンルン気分で部屋に戻る私だったけど……その途中、なぜか頭に包帯が巻かれたユーステッド殿下とバッタリ出くわした。


「ア、アメリアっ!? その怪我はどうしたんだ!?」

「それこっちのセリフですよ。どうしたんですかその包帯」


 軍事訓練で怪我でもしたんだろうか? 日夜ガドレス樹海の魔物と対峙している辺境伯軍の訓練が厳しいのは知っていたけど、ユーステッド殿下が訓練で頭に包帯を巻くところを見たことがないな。

 兵士たちとの世間話によると、ユーステッド殿下ってかなり剣の腕が立つらしいし、訓練中に頭みたいな急所に一発貰う事なんて無かったらしい。そんな殿下が訓練中に頭を怪我するなんて、非常に珍しい事だ。少なくとも、私は見たことが無い。


(……よく見たら、袖からも包帯が見えてるな)


 もしかして、全身あちこち怪我してる?

 軍に所属しているんだし、別にあり得ない事じゃないだろうけど……。


「巨竜半島へ野外調査に出向いていたとは聞いていたが……お前は医務室に向かわずどこへ行こうというのだ!?」

「え? 部屋に戻って資料作成ですけど」


 さも当たり前のように私が答えると、一瞬押し黙った殿下からプツンッって音が聞こえた気がした。


「研究をするにしても第一に体が資本であると散々注意したのを忘れたか!? まずは自分の怪我を治すことに専念せんか!」

「いや、覚えてますよ? だからもう回復魔法で応急処置を済ませてますから、手足動かすのは問題ありません。部屋で大人しく書き物してるだけです」


 これでも私は回復魔法も使える。とはいっても、ちょっとした傷や軽い捻挫を少し治す程度だけど、応急処置としては十分だと思うんだけど……。


「鏡を見ていないのか!? 頭から血を流している人間が言っても、全く説得力が無いわっ!」

「え、マジですか?」


 やっべ、一度は塞いだ傷が、いつの間にか開いたらしい。思わず額に触れると、ぬるりと赤い血が手に付着していた。


「とにかく来いっ! 今すぐ医務室に叩き込んでくれるわっ! 誰か! アメリアの荷物を預かっておいてくれ!」

「え!? ちょ、殿下!? ……うわっ!?」


 殿下がそう叫ぶと、丁度近くを通りかかっていた辺境伯邸勤めの男の人が小走りで近寄ってきて、「失礼します」と断りを入れてから私が背負っていた荷物を取り上げると、ユーステッド殿下は有無を言わせずに、素早く私を横向きに抱き上げた。

 所謂、お姫様抱っこ状態である。その状態のまま、殿下はズンズンと廊下を歩きだした。


「あぁ!? 私のレポート用紙! ちょ、殿下! 私今凄いテンション上がってたんですけど!? 今なら凄い筆が乗ってたんですけどぉ!?」

「えぇい、暴れるな! 傷に障るだろう!」


 ジタバタと暴れて何とか脱出を試みたけど、体の痛みに加え、ユーステッド殿下の腕力が思いの外強く、抜け出せないくらいにガッシリと私の体を抱え込んでいた。

 そうだった……この人、線が細いように見えて、実はかなり鍛えてたんだった……これじゃあ抜け出すのは無理っぽい。


(これはもう観念するしかないか。資料作成も、急がなきゃいけないって訳じゃないし)


 そうしてされるがままに医務室まで連れてこられると、殿下は私を片腕で抱えたまま器用に扉を開けて中に入る。

 

「軍医は……今は席を外しているのか。仕方ない」


 そう言って、ユーステッド殿下は私をベッドに優しく寝かせると、棚から包帯を始めとした医薬品を取り出して、私の頭に包帯を巻き始めた。


「殿下……なんか手際良いですね」

「これでも兵士たちと共に戦場に出ている身だ。応急処置のやり方は心得ている」


 患部が痛まないように優しく、それでいて手元は迷いなくて、目に見える私の怪我を素早く止血していく殿下。


「回復魔法を過信しすぎるな。生半可な技術で傷を塞ぐよりも、包帯やガーゼの方が応急処置に適している。よく覚えておけ」

「あ、はい」


 その点に関しては、私も課題としよう。応急処置として覚えた回復魔法だけど、まだ十分と言えるレベルじゃないってことが証明されたし、今後も巨竜半島で野外活動をしていくなら、こういうのもちゃんと覚えた方が良いと思う。

 頭の中で今後やるべきことを増やしていくと、ユーステッド殿下は手を止めないまま呟いた。


「あぁ、そうそう。出かける時に直接挨拶出来てなくてすみません」

「それはいいんだ。お前は報告すべき相手には報告していたし、私も職務で話すタイミングが無かった。そこを責めはしない……怪我をする可能性は頭にあったし、案の定不安は的中していたが」

「まぁ仕方ないですよ」


 野外活動で動物の相手をするのって、そういうものだ。

 だから殿下が、私の怪我を痛ましそうに見る必要なんてない。このくらい慣れっこだし、古傷なんて今更だ。


「……お前がどうして急に巨竜半島で調査を始めたのかは、叔父上から聞いている。まさかお前、ティアーユの……」

「殿下、それこそ見当違いですよ」


 何かを言いかけた殿下の言葉を事前に察し、私は笑いながら否定する。


「私は自分のやりたいようにしかやらないタイプの人間です。今回の観察活動にしたってそう……ドラゴンの生態を調べたいがためにやったことであって、究極的な意味で自分以外の誰かの為に動いてやった事はありません」

「………………」


 私の言葉をどう捉えたのか、ユーステッド殿下はマジマジと私の顔を見てくるけど、何か文句を言ってくるようなこともしてこない。とりあえず納得はしたということでいいんだろう。


「そういう殿下こそ、その怪我どうしたんです? 腕にも包帯巻いてるのに人の事を担ぎ上げるなんてして……お言葉を返すようですけど、人の事よりまず自分の心配をしては?」

「……曲がりなりにも私は軍人だぞ。この程度の怪我をしたまま戦闘をすることにも慣れているし、治療も済ませてある。心配の必要はない」


 そう言って、ユーステッド殿下は質問にも満足に答えず、顔を背けてしまう。

 何と言うか、やけに分かりやすい反応をする人だ。詳しい事情に首を突っ込む気はないけど、この人って交渉事にはあんまり向いてないのかもしれない。


「とにかく! 今から軍医を呼んでくるから横になって待っていろ! 頭から血を流している以上、きちんと治療を受けるまでは絶対安静! 勝手に起き上がって部屋に戻るようなことをすれば、怪我が治るまで縄でベッドに括り付けるからな!」

「はーい」


 何かを誤魔化すように足音を荒くしながら医務室から出ていく殿下。

 あの様子だと、ベッドから抜け出したらマジで縄で固定されそうだし、ここは大人しくしておくのが吉だと思う。

 

(とりあえず、治療が終わったら資料作成して、それをセドリック閣下やテオル先生にも見てもらおうかな)


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