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人とドラゴンの関わり


 ウォークライ領を発端に、人とドラゴンの繋がりが広がろうとしている。

 そんな中で、私は両者が与えあう影響についてつぶさに観察するようになった。人間側の世論の反応については、セドリック閣下たちに色々と調べてもらって、それを後から教えてもらっている感じだけど、ドラゴン側の反応に関しては私の方で調査をし続けている。


(差し当たって、私が重点的に見ているのは、ヘキソウウモウリュウたちだ)


 移動手段として、或いは軍隊の直接的な戦力として期待されて、オーディスで飼育が始まったヘキソウウモウリュウたちだけど、彼らが人間に対してどのような反応を示すのか、ちゃんと協力関係を築けるのか、環境の変化に付いて来れているのか、そう言ったことを毎日毎日チェックし続けている。

 現状だと特に問題は見られないし、上手いこと協力関係を築き始めているように思うけど、これに関してはずーっと続けていかないといけない。生き物を相手にする以上、絶対はあり得ないから。


(そういう意味では、上官の命令に忠実な兵士たちからドラゴンと馴染んでいくって言うのは、正解だったかも)


 彼らは自分の個人的な感情はともかく、階級が上の人間の言葉には従う職種だ。

 辺境伯軍の最高司令官であるセドリック閣下が、『ドラゴンを軍事転用したい』と言えば、それに協力するために偏見や恐怖を押し殺し、ドラゴンと触れ合ってみる。

 その結果、少なくともヘキソウウモウリュウという種族は温厚で、自発的に人間を害する生物ではないという認識が、軍の中で広まっていき、その話が少しずつ民間の間にも伝わっていっているらしい。


(ヘキソウウモウリュウたちも、毎日外に出て走り回っていたら、夜は厩舎で寝泊まりするっていう生活にも馴染んでるっぽいし、この状態を維持し続けることが出来れば……)


 ドラゴンを迎えるにあたって、専用の厩舎を新設し、人が寝静まる夜中はドラゴンたちにはそこで眠ってもらうことにしたんだけど、これも上手いこといった。

 というのも、ドラゴンは狭い場所に籠って、そこで眠る習性を持つ種族が多いからだ。マルタが属している、カジュオイカメモドキリュウなど巣を作らないドラゴンも一定数存在するけど、ドラゴンは木片や鉱物を集めて巣を作るか、洞窟や岩場の陰に潜んだりして眠るのを好む。

 ヘキソウウモウリュウの場合は後者。巨竜半島では、木の下や倒木の傍で眠るケースが多い。


(その反面、同じ場所で一日中ジッとし続けるのはあんまり向いてないらしい)


 こういう生態を目にしていると、ヘキソウウモウリュウは馬というよりも犬に近いのかもしれない。

 犬を飼育する時、夜中は犬小屋や家の中で暮らしているけど、一日一回は散歩に連れ出す。これは犬の運動不足解消の目的もあるけど、ストレス解消や社会性の獲得など、犬が生きていくのに重要な目的が多くあったりするのだ。


(ヘキソウウモウリュウの飼育を始めて以降、一日一回は朝駆けをするようにしているけど……それを学習したのか、朝に人が厩舎に来ると、自分で鞍を口に咥えて人に押し付けるようになったんだよね)


 それだけ彼らが朝駆けという行動を、楽しみにしている証左なのかもしれない。

 こういう仕草には愛嬌を感じるけれど、そう感じたのは私だけではなかったらしく、ヘキソウウモウリュウの世話を任せられた兵士……特に年が若く、元々乗馬とかが好きっていうタイプの人たちは、割と楽しそうにドラゴンと接していたりする。


(考え方を変えるのが億劫なのか、高齢の人はあんまりドラゴンに近寄りたがらないけど……人のドラゴンに対する見方は着実に変わってきているのは確かかもね)


 …………まぁ、一人だけ何かちょっと可笑しいくらいに変わってる人がいるけど。


「ははははははははははははははははっ! 素晴らしいっ! 素晴らしいぞブリュンヒルデ! この振り落とされそうなスピードと振動! これまで様々な馬に乗ってきたが、お前ほど刺激的な走りをする奴は他に居ない!」


 誰あろう、竜の背中に乗って朝駆け中のヴィルマさんである。

 朝日で照らされた平原を、馬の尻尾のような赤いポニーテールを大きく揺らし、まるで何かに憑りつかれたかのような高揚した表情を浮かべる。

 ドラゴンの運動テスト用に設置した障害物の数々を猛スピードで走りながら飛び越えるヘキソウウモウリュウの背中の上は結構スリリングで、未だに大抵の人は振り落とされないようにしているのが精一杯なんだけど、彼女は他の誰よりも早く乗りこなした上に、すっごい楽しそうに笑っている。

 

「あの人、なんか落ち着いた性格の人だと思ってたんだけど……どうしてこうなった?」


 初めて会った時から、気配りが上手くてサバサバとした、接していて気持ちのいい人物だと評価していたんだけど、ここ最近……帝都から戻ってヘキソウウモウリュウの朝駆けをするようになった辺りから、ああいう姿を度々見かけるようになった。

 勿論、普段は落ち着きのある人物だ。気遣い上手な上に職務に忠実、槍や弓の腕も立っていて、男社会な軍の中にあっても信頼を寄せられている好人物である。

 

「やはりドラゴンしか勝たぁああああああああんっ! このままどこまでも走り抜けるぞ、ブリュンヒルデ! あーはははははははははははぁっ!」


 それが朝駆けの時となると、まるでトチ狂ったかのようにキャラが変わるのだ。しかもウォークライ領に連れ帰ってきたヘキソウウモウリュウの内の一頭の事がやけに気に入ったのか、周りにゴリ押ししてブリュンヒルデという個体名まで付けて、半ば彼女専用の騎馬……もとい、騎竜になっている。

 もう一度言おう。どうしてこうなった?


「帝都から戻ってくるまでは、あそこまで眼が逝っちゃってなかった筈なんだけど……」

「彼女はウォークライ領でも有名な走り屋だからな。訓練やプライベートでの騎乗中は、ああしてタガが外れたように叫ぶことがままある。これまでは軍事活動中だったので、自分を押さえていたのだろう」


 そんな私の疑問に答えたのは、兵士たちによるヘキソウウモウリュウの朝駆けの様子を視察していたユーステッド殿下だった。その表情は呆れているというか、どこか諦めているというか、そんな複雑そうな顔をしている。


「辺境伯軍の騎兵部隊に所属したのも、仕事で早駆けが出来るからと豪語するほどのスピード狂でな。あの通り、少々問題のある側面もあるが、普段は誠実かつ真面目な気質で、動物への知識や騎乗技術はかなりのものだ。その腕前を買った叔父上が自ら軍にスカウトした経緯がある。……大方、自分の理想を飛び越えていくドラゴンに出会ったことに、舞い上がってしまっているのだろう」

「なるほど、だから他と比べて騎乗が上手いんですね」


 ていうか、この世界でも走り屋なんて言う人種居たんだ。思い返せば、そう言った気質の片鱗はちょくちょく表れているように見えたけど、大人しい個体よりも振り落とされそうな個体の方が好きなようだし、ヴィルマさんのスピード狂っぷりは筋金入りなんだろう。


「いずれにせよ、興味深いですよ。ブリュンヒルデも、兵士の中でもヴィルマさんの事をとりわけ認めているように見えますし、種族を超えて両者を結び付ける何かがあるのかもしれません」


 兵士とドラゴンたちの触れ合いを観察する中で、ドラゴンが、人によって態度を変えているという事が分かったのだ。

 餌やりはヴィルマさんだけでなく、他の兵士たちが当番制でやっている。なのになぜブリュンヒルデはヴィルマさんに対してだけ、他の兵士よりも明らかに懐いているように見える。

 カギを握るとすれば、ドラゴンの角を介したテレパシー能力だろうけど、一体ヴィルマさんのどんな感情が、ブリュンヒルデをあそこまで惹きつけるのか。

 他のヘキソウウモウリュウが、ブリュンヒルデほどヴィルマさんに懐いていないのを見るに、個体差によるフィーリングの合う合わないはありそうだけど……。


「これはユーステッド殿下、それにアメリア女史も。おはようございます」


 そんなことを考えていると、私たちに近付いてきた人物から声を掛けられた。

 黒縁眼鏡を掛け、頭に白髪が目立つ、温和そうな目つきをした初老の男性だ。


「あぁ、テオル先生。おはようございます」

「おはよう。ティアーユの調子はどうであった?」


 この人の名前はテオル・ナイチンゲール……魔力に関係する病気専門の医者で、ティアーユ殿下の主治医でもある人だ。

 そんなテオル先生は、ユーステッド殿下の言葉に苦笑しながら答える。


「えぇ、昨日と比べて随分と安定しています。朝の回診に行った時には、すでにベッドの上で小さなドラゴンと触れ合っていて驚かされましたけど」

「おい貴様……ジークをティアーユの傍に置く時は、テオル医師と共にという方向で話を進めていただろう?」

「だってヘキソウウモウリュウの朝駆けの時間も迫ってきていて、色々忙しかったんですもん」

「まったく、貴様という奴は……」


 呆れたように顔を手で覆うユーステッド殿下だけど、こちとら身一つの人間だ。あっちもこっちもと同時に研究をするには限度がある。

 私と同じようにドラゴンに興味があり、ドラゴンの観察を手伝ってくれる……そんな人が近くに居たら、朝一で頼りたくなっちゃうじゃん。


「まぁまぁ、ユーステッド殿下。そのおかげか、ティアーユ殿下も珍しく朝から状態が落ち着いていたのです。魔蝕病は朝起きてしばらく経つと発作が出やすいのですが、今日の体内魔力の増加は、普段と比べれば少なかった。ドラゴンが傍に居たことが原因かどうかは、今後の経過次第ですが……少なくとも、ティアーユ殿下はとても心穏やかにしておられましたよ」

「そう、私はそれを見越していたんです」

「……そんな調子の良い事を言って、実は適当な事をしていたのではないだろうな?」

「失敬な。確かに色々忙しかったですけど、ドラゴンが関わることに手抜かりはしない主義ですよ、私は」


 だから昨日の晩、ティアーユ殿下の体調が回復に向かったのを機に、テオル先生やセドリック閣下たちと色々相談して、今日の朝にジークをティアーユ殿下の傍に置くことを決めたのだ。

 ……まぁ、テオル先生の回診の時間が待ちきれなくて、先に突っ走ってっちゃったけど。


「魔蝕病は体内にある魔力を自律的に生成する器官が異常を起こしたことで発症する。その関係上、自律神経に影響を及ぼすストレスが病状を悪化させることが多い……そうでしたよね? テオル先生」


 だから私はティアーユ殿下のストレス解消になりそうなものを、主治医のテオル先生に提案したって訳だ。


「しかし、アメリア女史の発想には驚かされました。ティアーユ殿下のストレス緩和にリラックス効果のある紅茶や、人との会話などは取り入れてきましたが、動物を傍において触れ合いをさせるという手段を思い付くなんて」

「私の発想ってもんでもないですけどね。昔、動物と触れ合ってると気持ちが落ち着くって話をどこかで聞いたってだけです。私自身が大したことをしてるわけじゃない」


 昔と言っても前世の事だけど、動物との触れ合い……アニマルセラピーの効果は、この世界にはまだ存在しない概念だけど、医学的に証明されていることだ。

 無邪気で愛くるしい動物と触れ合うことで、人間は幸せホルモンと呼ばれる脳内物質を分泌する。それがストレスの緩和に繋がるのだ。

 私が前世で入院していた病院でも、アニマルセラピストを呼ぼうかって話が出ていて、私は凄い楽しみにしてたんだけど、その前に死んじゃって思いっきり心残りできたっけ。


「何がストレス解消に繋がるかは人によって違います。紅茶が大して効かなかったり、人と話していても億劫になることだってあるでしょう。ティアーユ殿下は好奇心が強くて未知の生物であるドラゴンに強い関心を抱いてましたからね。これは効くと思ってたんですよ」


 特にティアーユ殿下の場合、政争に巻き込まれて人間関係に疲れていた可能性は否めない。人と話すよりも、無邪気な動物と接している方が落ち着くだろうと思ったのだ。


「だとしても、病人に観察という軽い仕事を与えることで、自己肯定感を引き上げるというのは革新的ですよ。初めはどうなのかと思いもしましたが、ティアーユ殿下は随分と生き生きとした様子でメモにペンを走らせておられた。長年殿下の主治医をさせていただいていましたが、あのような活気のあるお姿を見たことがありません」

「病気は、人から自己肯定感を奪いますからね。何もできない自分の実態に、どんどん気落ちしてっちゃうもんですよ」


 病気そのものの症状、誰かの負担になっている事実、迫ってくる死への不安……そういったものが人に『自分は無価値である』と思い込ませるという悪循環に陥らせ、大きなストレスとなって病気の回復を妨げる。

 それは私自身が、前世で身をもって経験したからこそ分かることだ。


「だからこそ、ティアーユ殿下にも何か仕事をしてもらうことにしたんです。『自分は何かの役に立っているんだ』と思わせることで自己肯定感を引き上げ、ストレス解消に繋がればいいと思って」


 そう私が締めくくると、二人は感心したような視線を私に送ってくる。


「まるでティアーユ殿下と同じような経験をしたかのような視点からのアドバイス……いやはや、アメリア女史には医師として感心させられます。まさか病気の皇族相手に、あそこまで遠慮のない発案が出来るとは」

「あぁ……病気の皇族相手に仕事をさせるなどという、無遠慮で容赦のない提案。普通の人間ならばできないことだ」


 あれ? 何だろう……褒められてるのか貶されてるのか分からなくなってきたぞ?


「まぁ気持ちは分かりますよ。相手はこの国でも特に高貴な血筋の人ですから、どうしても気を遣っちゃいますよね」


 アルバラン帝国は身分制度が厳格な国だ。その国の病気の皇女に仕事を任せるなんて発想、出てこないのが普通だろう。


「でもそう言った気遣いが、却って『相手に申し訳ない』っていう気持ちに繋がることになりますし、話してみた感じ、ティアーユ殿下なんて正にその典型じゃないですか? ユーステッド殿下も、その事に気付かなかったわけじゃないでしょう?」

「そうだな……不甲斐ない話だが、その事に気付いていても私は何もできなかった。無理をさせれば体調が悪化するのではないかという意識が先行しすぎて、無理のない範囲で何かをさせて元気付けるという発想には至れなかったのだ。病気と言えど、体調の良い時は皇女教育もせねばならなかったから、せめてそれ以外の時は安静にとばかり考えていた」


 皮肉にも気遣いが空回ってしまっていたみたいだけど、ユーステッド殿下がそう考えるようになるのは、家族を心配する人間としては当たり前の事なのかも知れない。

 ……生憎と、私はそんな風に思い合える家族なんて居なかったから分からないけど。


「ただ、私の提案がストレス解消になったみたいなのは良かったですけど、根本的な解決にはなってないんですよね」


 ストレス解消は病気の快復には重要だけど、病気そのものを取り除く治療そのものと直結している訳じゃない。異常を起こした器官そのものに手を加えないと、何時まで経っても魔蝕病は治らないのだ。


「テオル先生、一応聞きますけど、ジークがティアーユ殿下の発している魔力を食べている……みたいなことしてました?」

「えぇ。あくまで体外に放出された魔力を、ですが」

「あー、やっぱりですか」


 デンシンコリュウを始めとした多くのドラゴンは、魔石の経口摂取とは別に、大気中や水中の魔力を吸い込むことで栄養補給をしている。別に他の生物から魔力を吸い取る必要性が無いのだ。

 それでもワンチャンいけないかなって思ってジークを傍に置いたんだけど、ティアーユ殿下の体内にある、体を蝕むほどに溢れかえる魔力を食べて減らすなんてことは出来なかったらしい。


「ヘキソウウモウリュウもジークと同じ食事方法ですし、ティアーユ殿下の病気の根本的な治療は暗礁に乗り上げてるって感じですかね」


 まさか皮膚を切り開いて内蔵にハサミを入れる外科手術を、技術も知識も無しにするわけにもいかないだろう。

 ……一応、ドラゴンの研究者として、私の方で思い付く手が無いわけじゃない。根本的な治療方法ではないけど、薬に頼った対症療法に比べればかなりマシになるだろう。


(ただシンプルに危険なんだよね。病弱な殿下が耐えれるかどうか……)


 いずれにせよ、こちらに関しては近い内に考えを纏めて報告しようと思う。私の提案を受け入れるかどうか……これは全て、ティアーユ殿下次第になるだろう。




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ヘキソウウモウリュウの朝駆けって気持ちよさそうですね。ヴィルマが仲良しになったヘキソウウモウリュウに名前を付けた気持ちがよくわかります。
>病気は、人から自己肯定感を奪いますからね。 ほんと、そうですよね。 嫌な話ですがこればっかりは同意せざるを得ない言葉です。 長くそれが続くと最後はなにかする前に諦めるクセまでついてしまいます。 早…
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