ドラゴンセラピー
それから数日後。いくつかの街を挟みながらも、私たち人間が休む時を除けば、ヘキソウウモウリュウたちがノンストップで馬車を引き続けてくれたおかげで、私たちは馬車で移動したとは思えないくらいの速さでウォークライ領に戻ることが出来た。
彼らの足取りは最後まで一切の淀みは見られず、息を切らす、汗を搔くなどと言った体力が消耗しているサインも確認できなかったことから、やはりと言うべきか、ヘキソウウモウリュウたちにとって、馬車なんて大した重みのある荷物じゃないんだろう。
(それでも、ティアーユ殿下にとって、数日間の移動はやっぱり負担だったか)
考え得る限り、体の負担にならないように最速で移動できる手段を選んだんだけど、それでもティアーユ殿下はオーディスに到着する目前で体調が悪化した。
体の揺れと言うのは、人から体力を奪う。車だって、後部座席に乗っているだけでも、長時間揺らされ続ければ疲れが出てくるものだ。
コンクリで舗装された平坦な道路ですらそうなのだから、前世と比べればまだまだ未発達なこの世界の街道を馬車で移動し続ければ、そりゃあ疲れも溜まるだろう。
(まぁすぐにベッドに入って主治医の先生に診てもらったから、大したことはなかったみたいだし、そこは安心だけど……)
ふと、ユーステッド殿下に横抱きにされた状態で、屋敷内に用意されていた部屋に運ばれていくティアーユ殿下の様子を思い出す。
あの時のティアーユ殿下は、体調が悪くて顔を赤くさせながらも、名残惜しそうにシグルドやジークに視線を送っていた。
(移動の中、ドラゴンの色んな話をしてたからなぁ……随分と興味が惹かれてたみたいだし、もっと話が聞きたかったのかも)
ティアーユ殿下は馬車に乗りながら、私はシグルドに乗りながら、私たちは開け放たれた窓ガラスを挟んで、本当に色んな話をした。
話題内容は主にドラゴンの事……というか、私自身それ以外の会話の引き出しとなると酷く少ないから、必然的にそうなるんだけど、そのどれもティアーユ殿下は興味深そうに耳を傾け、時に質問までしてきた。
ドラゴンの意思疎通能力を司る角の役割と、透視魔法によって判明したその断面構造。
魔石などを対価に人間にも協力する社会性の高さと、七年間の観察で判明した行動原理。
単独で魔物の群れを薙ぎ倒し、ケイリッドで起こった災害レベルの火災をもあっという間に消し止める、ドラゴン固有の魔法の力。
その他にも色々。いずれも凄い興味深そうに話を聞いていて、馬車での移動中は暇をする時間が無いってくらいに様々なことを話した。
ユーステッド殿下やセドリック閣下も、私の研究内容には真剣に耳を傾けているんだけど、あの二人の場合だとどうしてもウォークライ領や帝国の利益と絡めて考えながら話を聞かないといけないから、純粋にドラゴンの話を聞いてきた人間は、実はティアーユ殿下が最初だったりする。
(だからかな……私も思わず夢中になって話しちゃった)
これはアレだ。知人を自分と同じ趣味に染める時に似た快感というか、同好の士を増やす時みたいな高揚感というか、私もそういう精神状態になっていたのかもしれない。
前世では『そういう話を聞いたことがある』という程度で、実際にどんなものかはよく分からなかったんだけど……なるほど、確かに一種の愉悦のようなものを感じたのは事実だ。
そんなことを思い返しながら、私は今回への帝都遠征で判明した、ヘキソウウモウリュウの軍事転用におけるメリットとデメリットを纏めた物を、セドリック閣下の報告しに行った。
「なるほど……馬車を引かせれば馬の三分の二の時間で、直接背中に騎乗すれば、一日足らずでウォークライ領から帝都への移動が可能。その上、ドラゴンへのストレスや疲労も軽微と……やはり思っていた通り、ドラゴンの力は極めて有用性があるようだな」
渡された書類に目を通しながら私の口頭報告を耳にした閣下は、唸るようにそう呟くと、隣に控えていたユーステッド殿下に視線を送る。
「ユーステッド、率直な感想で構わない。実際にドラゴンに騎乗してウォークライ領から帝都を往復した際に、其方が感じたことを話してみてくれ」
「軍事力という観点から見れば強大過ぎる、というのが私の意見です」
セドリック閣下の言葉に、殿下は迷わず即答した。
「移動速度や持久力の優秀さは、そのまま軍の伝達能力や物資の配給能力の高さを意味します。これ一つとってみても、ドラゴンの能力は驚異的ですが、彼らは単体でも恐ろしいほどの戦闘能力を秘めている。これは軍馬では決して得られない利点と言えるでしょう」
ドラゴンでの移動は、戦車や戦闘機で移動するのに似ている。
乗り物自体に攻撃性能や装甲が備わっていれば、戦場で敵軍からの銃弾や爆撃を耐えながら前進して制圧できるだろうし、あるのと無いのとではまるで違う。
「乗馬とは少しばかり勝手が違うため、相応の訓練は必要となるでしょうが、騎手の思考を読むことが出来るドラゴンの性質を考えれば、訓練期間は乗馬よりも短く済ませられる見込みが十分にあります。もし彼らの力を正式に軍隊に組み込むことが出来れば、従来の戦争の常識を大きく覆すことになるでしょう」
殿下がそう締めくくると、閣下はどこか満足そうに頷く。
「報告を受けた限り、私も概ね同意見だ。しかしそれと同時に、課題も幾つか見つかった……そうであるな?」
「はい、その通りです」
私は閣下からの確認に対して、素直に頷く。
「やっぱり馬車みたいに人や物を載せる乗り物に繋げて移動しようとしたら、せっかくの走行速度に制限が掛かるのは問題じゃないですかね? あんまり速度を出し過ぎたら、車輪からバラバラになっちゃいますし」
この世界の乗り物が抱える根本的な耐久力の低さ。この課題を解決しないと、人や物を高速で運ぶということが出来なくなり、ドラゴンを動力とした移動手段としての魅力を損なう事になると思う。
「後ついでに、高速移動中は目が乾きやすくなって痛いっていうのもあります」
ドラゴンの背中に騎乗する以上、前方から吹き付ける風をモロに顔面で受け止めることになるんだから、それに関してはもう避けては通れない。必然的に顔を伏せて目を閉じる時間が多くなる。
ゴーグルみたいなのがあればいいんだけど、視界を遮らない透明な合成樹脂製のレンズなんて、この世界の基準じゃあオーバーテクノロジーだし。
「どうします? 顔にガラス板でも装着します?」
「いや、それだと戦場で使用するには耐久力に大きな不安が残る。特にガラスは割れた時に目を傷つける危険性が非常に高い」
半ば冗談で言ったら、案の定私の案は却下された。
まぁ当然だよね。私だってガラスのゴーグル付けてドラゴンに乗れって言われたら嫌だし。
「だが車体の耐久性はともかく、目の乾燥対策に関しては、問題の解決方法に目星が付いている」
「へぇ? そうなんですか?」
「あぁ、風魔法の応用で、騎手の顔周りを無風状態にしてしまえば、乾燥も防げるだろう」
出た、困った時は魔法の力。下手にゴーグルを開発する必要も無いんだからコスパも良いし、つくづく便利な技術だと思う。
「やはり差し当たって、車体の耐久力が一番の課題だな。車輪を鉄製にしてしまえば幾らかマシになるだろうが……」
「それだと経費が嵩みます。車軸の摩耗も完全に抑えられるわけではありませんし……」
「ついでに言えば、横転のリスクも考えないとですよ。私も色々試しましたけど、普通の馬車とか荷車じゃ高速移動の勢いに耐えられずに、結構簡単に横転します」
それからしばらく、私たちは三人であーだこーだと夜中まで色々話し合い、あらかた意見が出揃ったところで、今日はお開きとなった。
「それでは、今日の所はここまでにしよう。それから、ティアーユの事なのだが……アメリア、其方は旅路の途中、ずっとティアーユと会話をしていたそうだな?」
「そうですけど……何か不味かったですか?」
「いいや、逆だ」
そうセドリック閣下の代わりに答えたのは、ユーステッド殿下だった。
「主治医曰く、魔蝕病とストレスは密接な繋がりがあるらしい。長期間閉ざされた空間である馬車に押し込められ、ティアーユには精神的な負担を強いることになっていた為、道中でも体調不良が頻発するのではないかと危惧していたのだが、オーディスへの到着目前までは体調が安定していたことに主治医も驚いていた」
……話を聞く限りだと、普段でもちょっと体調が崩れやすい人なんだろう。
そんな人が馬車で移動し続けたのに、体調を崩したのが到着目前の一回となると、むしろ何時もと比べればマシだったのかな?
「お前との会話が相当楽しかったのだろう。おかげで妹は、気が滅入る間もなくオーディスまで来ることが出来た……感謝する」
ユーステッド殿下はそう言って頭を下げる……けど、私はこれと言った何か特別なことをしていたわけじゃない。
ティアーユ殿下に会話の趣味とか聞かず、私自身がその場その場で頭に浮かんだことを口から好き勝手に垂れ流していただけだし。
「これと言って大層なことした覚えないんですけどねぇ……ドラゴンの垢とか、ドラゴンの排泄物とか、そういう話ばっかりしてただけですし」
「それに関しては、後で私からも色々と言いたいことがある。妹におかしな話ばかりを吹き込みおってからに……!」
やっべ、地雷踏んじゃった。
殿下のお説教長くて嫌だし、私は慌てて話題を切り替えにかかる。
「まぁそれは置いといて、お二人とも。実は私からちょっとお願いがあるんですけど……」
=====
「お邪魔しまーすっと」
数日後の朝。ドラゴンの研究に出かける前に、私は辺境伯邸の中でも一番広くて日当たりの良い客室……昨日新しく住むことになった、ティアーユ殿下の部屋にやってきていた。
わざわざ事前にアポとったり、部屋の前にいる警備の人に声かけたりしないといけなかったりと、ただ部屋に入って人一人に会うのに随分と面倒くさいとことやってるなって思いもしたけど、まぁそれがルールって言うんなら、あえて逆らうまい。別段、急ぎの用って訳でもないし。
「アメリア様……? 今日は、如何されましたか?」
「あぁ、寝たままでいいですよ」
顔を赤くしてベッドの上で寝転がっていたティアーユ殿下が上体を起こそうとしたのをやんわりと止め、私はベッドの脇まで歩み寄る。そんな私を侍女の人たちは遠巻きに「何事か」と眺めていた。
私の肩に乗っているジークへの警戒心みたいなのもあるんだろう。そんな使用人たちは無視して、私はベッドの脇に置いてある、看病用の小さな椅子に腰を掛ける。
「体調はどうですか……なんて、愚問ですかね?」
「……ごめんなさい。見苦しい姿を見せてしまって……」
謝ることではないのに、申し訳なさそうに呟くティアーユ殿下。
「そんなことはどうでもいいんですよ。それより、主治医の先生に聞いたんですけど、意識はしっかりしてるんですよね? 話したり首を左右に動かせたりは?」
「そのくらいでしたら、大丈夫です。お薬を飲んでから、しばらく経っていますから」
「なら、ちょっと殿下に頼みたいことがあるんですけど」
その言葉、周囲の人間が一斉に『ギョッ!?』としたのが分かった。
気持ちは分かる。病人に……それも皇族でもある相手に、こんな気軽に頼み事をするなんて普通じゃあ考えられない事だろう……けれど、私は構わずに肩に乗っていたジークを、ティアーユ殿下の枕元に移動させる。
「私が戻ってくるまでの間、ジークの観察を手伝ってもらえません? 私以外の人間に対して、ジークがどんな反応を示すのか、そういうのを観察して教えてほしいんですよ。もちろん、寝転がりながらでもいいですし、優しくなら撫でてもらってもいいんで」
ドラゴンの反応観察。これは今、ヘキソウウモウリュウと人間の兵士の間でも行われている実験だけど、デンシンコリュウという別種族のドラゴンでもあるジークの反応についても、色々と検証してみたいと思っていた。
その為の協力を、ティアーユ殿下にお願いしたいという訳である。
「すでに閣下やユーステッド殿下、主治医の先生には許可を貰ってます。ティアーユ殿下も、寝すぎて寝れないのに、ベッドから起き上がれなくて暇でしょ? ……それに、何も出来ないまま時間を無為に過ごすのって、結構キツいですからね」
「……あ……」
私が前世で経験したことを口にすると、ティアーユ殿下は少しだけ目を見開く。
「という訳で、ちょっと協力してほしいんですよ。私を助けると思って、お願いします」
「あ、あの! 失礼ですが、それは流石に……」
「や、やりますっ」
無遠慮にそんなお願いをする私を見かねたのか、一人の侍女が止めに入ろうとしたその時、ティアーユ殿下は食い気味に答えて侍女の声を遮る。
「その……お手伝いさせてもらいたいです。私に出来るかは分かりませんけど、精一杯努力させていただきますから……」
ティアーユ殿下の顔は先ほどのような弱々しいだけのものではない、強い意欲のようなものが瞳に宿っていた。
……思った通りだと、私は思った。この人の気持ちは、私にも分かるから。
「本当ですか? ありがとうございます、殿下。でもあんまり無理をさせ過ぎたら、私の方がお兄さんに怒られちゃうんで、ベッドで寝転がりながらジークの観察をしてくださいね」
そう念を押しながら、私は雷の魔石を生成してジークに与える。
「そんじゃあジーク、ちょっとこの人の近くで待っててね。戻ってきた時、大人しく待っててくれてたら魔石をもう一個上げるから」
魔石をバキバキと噛み割りながら呑み込んでいったジークは、小さく一鳴きして、ベッド上で丸まる。その姿は、どこかネコを彷彿とさせるものがあった。
「それじゃあ、夕方くらいには一度戻って来るんで、それまでよろしくお願いしまーす」
そう言い残して、私は早々にティアーユ殿下の部屋からお暇をする。
今しがた始めた私の試みは、この世界では初となる。皇族にドラゴンの行動観察を手伝わせる……という事だけではない。人とドラゴンの生活が交わるにあたって、軍事転用に続いて起こりうる変化の一つ。ティアーユ殿下と知り合ったことで見出した、新たな研究テーマだ。
(さーて、上手くいくかな? アニマルセラピーならぬ、ドラゴンセラピーは)
面白いと思っていただければ、評価ポイント、お気に入り登録よろしくお願いします




