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既視感のある輝く瞳


 それからまたしばらくの時が経ち、ティアーユ殿下の体調が落ち着いてきたタイミングを見計らって、私たちがティアーユ殿下と共にウォークライ領に戻る日がやってきた。

 病弱な皇女様が遠出するだけあってか、女性の使用人や主治医の先生も同行する手筈となっており、帝都外壁の正門前には大荷物が積まれた、豪華な装飾が施された皇族専用の滅茶苦茶大きい馬車が鎮座していた。


「人一人動くだけで随分大袈裟な代物を用意したもんだと思いますけど……やっぱり、皇族とかになるとこのくらいは普通なんですかね?」

「そうですね。何分、長旅になりますし、長時間皇族の方を狭いスペースに押し込め続けることになるのは不都合も多いんでしょう。それで快適に過ごしてもらうために、少しでも大きくしようとしたのでは?」


 着々と出発準備を整えられていく様子を見ながら、隣に立っているヴィルマさんに話しかけると、彼女は苦笑しながら答える。

 普通の馬車と比べると、縦にも横にも大きいこの皇族用の馬車は、皇族の人が長距離移動する時に使う物らしい。そしてその後ろには、使用人などの同行者用の馬車に、荷物を運ぶ用の馬車が並んでいる。

 

「話を聞くに、皇女殿下の意向でこれでもかなり少ない方みたいですよ。正妃殿下の外交となると、十台近くの馬車がズラリと並んで街道を進んでいくのだとか」

「マジですか。まぁこちらとしては助かりますから良いんですけど」


 今回の帰還は、迅速に行わなければならない。理由はただ一つ、皇女殿下の体調を考慮しての事だ。

 元々、体の弱い人を馬車に乗せて長期間移動させ続けるのはリスクが大きい。皇宮を中心に繰り広げられる政争は、そんなリスクを呑み込まなければならないほどに激化して行っているわけだけど、だからって何の対策も無しに移動を開始するわけにはいかないのである。


(そこでセドリック閣下と正妃様が連携して各方面に話を通し、ヘキソウウモウリュウに馬車を引かせることになった)


 今、目の前にある三台の馬車には、馬の代わりにそれぞれ一頭ずつのヘキソウウモウリュウが繋がれている。ドラゴンの脚力を存分に駆使して、馬よりも早くウォークライ領に戻れるって寸法なわけだけど、流石に帝都へ向かっていた時みたいな高速移動は出来ない。


「今日まで色々と試してみたけど、馬車の方がドラゴンの走行速度についていけないんですよね」


 ティアーユ殿下がウォークライ領に移動するにあたって、私も遊んでいたわけじゃない。ヘキソウウモウリュウというドラゴンが、馬車を引くのに適した能力を有しているのか、それを色々と検証し続けてたんだけど……結果を言えば、半分成功、半分失敗ってところだった。

 馬と同様に、ヘキソウウモウリュウも馬車を引くこと自体には問題はない。むしろ脚力も体力も馬とは段違いだから、本来なら数頭掛かりで引くほどの大きな馬車でも、一頭だけで引くことが出来るし、何だったら高速で走り回ることも可能なくらいだ。


(そう、そこまでは良かった)


 私たちは当初、ヘキソウウモウリュウ一頭で馬車を高速で引くことで、複数人を短時間で移動させられる……みたいなことを期待していたんだけど、現実はそこまで甘くない。

 馬車自体の構造的な課題が理由で、ヘキソウウモウリュウが高速で引き回すと、馬車が横転したり、車輪がすぐに壊れたりするのだ。

 そもそもの話、馬車はゆっくりと街道を移動することを想定して作られていて、自動車みたいな速度で走れば、あっという間に車輪の軸が摩耗したりする。これは整備された街道で、人が通らない時間を見計らってこっそり試してみても同じだった。


「おかげで、殿下や正妃様の支援で買った馬車とか荷車を何台もスクラップにしちゃいましたもんね」

「えぇ。それに乗っていた私とアメリア博士が、何度放り出されたことか……」


 当然、人を乗せて移動する実験である以上、ヘキソウウモウリュウが引く馬車や荷車には、実際に人が乗っている状態で色々試さないといけない。

 ドラゴンの能力値を確かめる重要な検証でもあるので、当然私は喜んで乗ったんだけど、何を思ったのか、ヴィルマさん本人が強く希望したことで同乗する形で試験を開始。

 その結果、馬などとは比較にならない速度で街道を爆走した馬車が、走行中に車輪が潰れたり横転したりして、私とヴィルマさんは何度も馬車から投げ出されることになった。

 おかげで私たちは、揃いも揃って全身ボロボロである。ドラゴンの研究の一環である以上、この程度の痛みは無視できるくらいに楽しいから、私は問題ないけれど……。


「ヴィルマさんは大丈夫ですか? この後、馬車を護衛しながらウォークライ領まで戻ることになってるんですけど」

「ふふ、日頃から鍛えていますし、身体硬化の魔法も使っていたのでご心配には及びません。移動は勿論、戦闘にも支障はありませんよ……むしろ私の方こそ無理を言って申し訳ありません。博士の実験が、あまりに楽しそうだったので」

「博士は止めて。……まぁ私は一人より二人でやった方が分かることも多いので助かりましたし、むしろこっちが感謝したいくらいなんですけど……」


 ……何なんだろう? この人、凄い晴れやかな顔で爽やかに笑ってるけど、結構危険な運用試験に付き合わせたんだけどな。

 実験中、この人すっごい楽しそうに笑いながら、暴走状態の馬車から投げ出されたりしてたんだよね。多分私とは別の意義を実験に見出していたんだろうけど……一体何が彼女の琴線にそこまで触れたのか。


「いずれにせよ、ドラゴンに引かせた馬車に乗って高速移動って言うのは、今の製造技術的にちょっと無茶ですね」


 ドラゴンの走行速度に耐えるには、今のこの世界の技術力で作る馬車は脆すぎる。

 高速道路を走っている自動車に馬車を引かせるのと同じようなものだ。カーブとかにも弱いし、人身事故が連発する可能性はこの身で確かめた。移動手段なんて安全性が求められるのに、これでは本末転倒だろう。戦場で使うチャリオットでも、あそこまで酷くはないんじゃないかな?

 ついでに言えば、振動も強すぎて車体が何度も浮いたりと乗り心地最悪だったし、今回の実験ではドラゴンの力を扱う人間側の技術力の課題を浮き彫りにしたと言ってもいいと思う。


「まぁ現状でも安全面も考慮された利点はありますし、今回の移動はそいつを存分に活用しましょう」


 ドラゴンは脚力で馬よりも優れているというのは勿論だけど、体力面でも大きく優れている。

 生物である以上当たり前だけど、軍馬だって疲労する。普通に馬が引く馬車でも、ゆっくり移動しているから馬が疲れないなんてことはなく、しっかりと馬を休憩させながら移動しないといけない。


(その一方、体力が滅茶苦茶あるドラゴンは、小走り程度なら延々と走り続けることが出来る)


 ウォークライ領から帝都までの道中、高速移動をしていても息切れ一つしていなかったし、私も巨竜半島での暮らしの中で、シグルドに乗って一日中走り回ったことが何度かあったけど、その時だってケロッとしていて、疲労していたのは、騎乗でインナーマッスル酷使しすぎた私の方だったくらいだ。

 というか、この七年間観察を続けてきたけれど、私はドラゴンがスタミナ切れを起こしているところを見たことすらない。


「速度こそ馬並みでも、休憩の有無で総合的な移動時間ってかなり変わりますし、皇女殿下の負担もその分軽くなる。世間一般ではあり得ない手段でも、殿下の体調と天秤にかければ、こういう手段も取るってことでしょう」


 そしてそれは、正妃様の柔軟な思考の表れでもある。

 群れを形成するあらゆる種族のリーダーは、他の個体と比べれば優れた能力が求められる。サルだったら単純な腕力、ゾウだったら群れを水場や餌場へ導く経験と記憶力と言った具合に。

 そして知恵を振り絞り、あらゆる変化に順応して勢力を広げてきた人間の場合、適応力の高さこそが統率力と並ぶリーダー資質と言ったところか。


「まぁそれに振り回される側は、もう頑張れとしか言いようがありませんけど」


 そう言って、私はある方向に視線を向ける。その先には、ユーステッド殿下がティアーユ殿下のお世話をするために同行する面々に向かって声を張り上げていた。


「すでに正妃殿下より説明を受けているだろうが、今回の移動は馬ではなくドラゴンで行われる。ティアーユの体調に対する考慮と、現在ウォークライ領で行われているドラゴンの軍事転用に向けた試験を両立した決定だが、現在ドラゴンの軍事転用に関しては機密事項となっている。情報を統制するために、諸君らには今回の事から逃げることは勿論のこと、他言することも許されない。もしこの命令を破った者がいれば、厳罰に処する必要があることを、胸に刻んでほしい」

『『『は、はいっ! 承知いたしましたっ』』』


 若干青い顔をし、チラチラと馬車に繋がれたヘキソウウモウリュウたちに恐怖が宿ったような視線を向けながらも、同行者たちはユーステッド殿下の言葉にしっかりと返事をする。

 身分に差があるからか、単に真面目なだけなのか、正妃様が決定したことに逆らおうというつもりはないみたいだけど、それでも怖いものは怖いらしい。

 

(まぁ無理もないよね)


 ハシリワタリカリュウの一件や、ケイリッドの火災の時、そしてヘキソウウモウリュウが飼育されるようになった今でも、オーディスではドラゴンを怖がっている住民や兵士は多い。

 子供の頃から恐ろしい怪物だと教えられ続け、そして今日初めて直に見たドラゴンに恐れを抱くのは当然のことだ。

 それでも、皇族であるユーステッド殿下がドラゴンの背中に乗って帝都までやってきたという実績があるからか、パニックにまでは至っていないし、根性で何とか乗り切ろうとしているみたいだけど。


(使用人ですらこの有様なんだ。見るからに超箱入りって感じのティアーユ殿下は、どう思っていることやら……)


 そのティアーユ殿下が乗っている馬車に視線を送ると、全ての準備と号令が終わったのか、殿下やヴィルマさんたちが御者台に乗り込む。

 ドラゴンで馬車を引く時、手綱を使った指示は必要ない。魔物や盗賊のような外敵と接敵した時に、的確に、素早く思念波で指示を出すために、御者台は都合が良いのだ。

 そんなヘキソウウモウリュウに繋がれた馬車が三台並んでいる隣で私は最後の一頭であるシグルドの背中に乗る。


「ではこれより、ウォークライ領への帰還を開始する! 幻影展開!」


 ユーステッド殿下が指示を出すと共に、ヴィルマさんたちが魔法を発動し、目には見えない力場が馬車三台を含めた私たち全員をすっぽりと包み込んだ。

 幻影と言うのは隠遁魔法の一種だ。周囲の光の屈折率を操作することで、実像の姿を傍目からは全く別の物に見えるようにする魔法であり、今私の目には何の変化も見られないけど、離れた場所からなら、ヘキソウウモウリュウが単なる馬に見えているはずだ。

 技術的には中世並みだけど、魔法と言うのは時として前世の文明レベルを飛び越えていく。私も先日披露してもらった時は驚いた。


「行きと違って帰りは長くなる……道中、魔物などに遭遇しないことを祈りたいところだな」

「え? 魔物くらい、ヘキソウウモウリュウたちが排除してくれますよ?」


 帝都に向かう途中、狼型の魔物の群れとも遭遇したけど、シグルドが即座に風のブレスを放ったことにより、魔物たちは冗談か何かのように空の彼方へ吹き飛ばされていった。

 ヘキソウウモウリュウは強靭な後ろ脚による蹴りや引っ搔き、強靭な顎で外敵を攻撃するのが主で、ブレスは直接的な破壊力は低いんだけど、それでも大木一本を根っこごと吹き飛ばす威力は余裕である。

 四頭中三頭が馬車に繋がれた状態でも、敵への対処は可能。だから護衛が殿下を始め、ウォークライ領から同行してきたヴィルマさんたちだけで十分だと判断されたのだ。


「いや、そうではなく……あの光景は中々刺激的だったからな、ティアーユに見せたら、体に障るやもしれん」

「あぁ、なるほど」


 確かに、風のブレスが地面に直撃した時、とんでもない轟音が鳴り響き、辺り一面に地鳴りが起こるほどの暴風が吹き荒れてクレーターが出来ていた。

 風は無色透明の力だから詳しくは分からなかったけど、最近学んだ魔力研究学の観点から察するに、ヘキソウウモウリュウは空気を圧縮した砲弾を口から吐き出しているのかもしれない。それが地面にぶつかることで、押し固められていた空気が炸裂して、あんな爆発したみたいな破壊痕が出来たのかも。


(ドラゴンのブレスにもまだまだ謎が多い。ウォークライ領に戻ったら色々と確かめてみよっと♪)


 また新しい研究対象を見つけ、気分を高揚させながら、私は動き出した馬車の横に付く形でシグルドを進ませる。

 途中、何人かの人間とすれ違ったけど、誰一人驚いたり怖がったりする様子はなく、皇族の紋章入りの馬車を見て即座に道の脇に避けていった。

 馬車で移動しないといけない分、街道沿いに走らないといけなかったし、人にドラゴンが見られたらどうしようかと思ってたけど、この分だと隠遁魔法は上手く働いているらしい。


「…………ん?」


 そんな時、ふと視線を感じた私は、視線をそちらに向けてみると、そこには馬車の窓ガラス越しにこちらを見ているティアーユ殿下の姿があった。

 見るからに恐怖や警戒の視線……という訳ではない。むしろどこか興味深そうな、そんな目だ。

 正直、無視しても良かったんだけど、シグルドがどこか落ち着かない様子を見せている。強い思念波がティアーユ殿下から送られている証拠だろう。


「ティアーユ殿下? そんなマジマジと見つめて、どうかしました?」

「あ……ご、ごめんなさいっ。ドラゴンは初めて見るものだったから……」


 近付いて声をかけてみると、ティアーユ殿下は窓を開けて申し訳なさそうに謝りながらも、それでもチラチラとシグルドや、私の肩に乗るジークに向ける視線を外せずにいる。

 あぁ、なるほど。何となく既視感を感じる目だと思っていたけど……この人も、ドラゴンに対する恐怖よりも関心が勝っていたのか。


「ドラゴンは恐ろしい、人を食べる怪物だと聞いていたのですが……こうして実際に見てみると、とても優美で美しい姿をしているのですね。それでいて雄々しくて力強くて……少し、憧れてしまいます」


 ほう……この人分かっているじゃないか。偏見ではなく、実際に目にした姿をありのままに評価するなんて。


「何だったら殿下、ちょっと撫でてみます? 窓から手を伸ばしてさ」

「え……!? でも……い、良いのでしょうか……?」

「ちょっとくらいなら大丈夫です。顎下とか撫でられるの好きですよ、ドラゴンは」


 そう私が保証すると、ティアーユ殿下はおずおずと手を伸ばして、シグルドの顎下を撫でると、シグルドはゴロロロロロと心地よさそうな音を喉で鳴らした。


「わぁ……! 思っていたよりも、ずっと柔らかくて暖かい、です」

「羽毛の生えたドラゴンですからね。触り心地は他のと比べたらフワフワしてますけど、鱗や甲殻が生えている種族の下顎も、フニフニしてて柔らかいんですよ」

「そうなのですか……?」


 ティアーユ殿下は目を少しだけ輝かせながら、興味深そうな表情を浮かべる。その目を見た私は、帝都に向かう途中にユーステッド殿下に言われたことを思い出した。

 偏見がなく、好奇心旺盛……なるほど、確かに私たちはその点がよく似ているのかもしれない。私自身、ドラゴンに興味を持ってくれるというなら、正直嬉しく思うしね。


「それじゃあティアーユ殿下、これは知ってます? ドラゴンの主食は魔力であり、消化する固形物が無いからフンをしないんですよ。その分肛門も退化して無くなっているみたいでしてね、水は飲むから排尿はするんですけど――――」

「おい貴様ぁっ! 人の妹に何という話をしているのだ!?」

「え? 生命の摂理とサイクルの話を、少々」

「汚物の話をそんな高尚な言葉に言い換えるんじゃないっ! 相手は皇女だぞ!?」


 道中暇だろうから、せっかくドラゴンについて色々教えようと思っていたのに、ティアーユ殿下の馬車の御者台に乗っていた、小うるさいユーステッド殿下が邪魔してくる。

 そのまま何時もみたいに口喧嘩をしていると、その様子に最初は呆気を取られていたティアーユ殿下は、少しだけ小さく笑うのだった。




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― 新着の感想 ―
ドラゴンを馬に偽装する、幻影魔法かっこいいですね。 ティアーユとアメリアは馬が合いそうですね。仲良くなりそうな二人です。
馬車だとドラゴンのパワーに負けて危ないなら馬車鉄道ならいけるかな?軌道で進路制限して乗り心地は客車の方でカバーするとかして今回は急ぎだからあれだけど兵員輸送の観点で開発できれば閣下が整備してくれるかも…
ティアーユ殿下、なんだか気が合いそう!(やったー!)
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