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正妃は味方(?)になった


「…………正直、驚かされました。今更私のことをそう呼ぶ人が出てくるなんて」


 リーヴス嬢……その呼ばれ方は、七年以上も前のものであって、巨竜半島に送られた時点で二度と耳にすることが無いと思っていた。

 それが昔の知り合いならいざ知らず、今日初めて会ったばかりの他国のお妃様にそう呼ばれるなんて、思いも寄らなかったのだ。


「という事は、認めるのね? 自分がリーヴス伯爵家出身のアメリアであり……王女の身代わりとして巨竜半島に島送りにされた張本人だという事を」

「はい。とは言っても、経緯が経緯だけに死んだことになってそうですから、今私がエルメニア王国でどういう風な扱いになってるのかは分かりませんけど」


 特に秘密にしておく理由もない。私は誤魔化すことなく答える。


「……では、やはり……」


 思わず驚きながら正妃様を見つめている私の隣で、ユーステッド殿下が驚いてはいるんだけど、それと同時に別の感情……納得したかような声を漏らす。

 薄々想像はしてたんだけど……この反応を見るに、セドリック閣下やユーステッド殿下も私の身元を調べて、ある程度の予想は立てていたんだろう。

 まぁ今更私の経歴なんて探られたところで、痛くも痒くもないから、そのこと自体はどうでもいいけど。


「七年前、エルメニア王国の第一王女、カーミラ殿下が起こした問題については知っているかしら?」

「……なんかそんな話をしていたような記憶がありますね。確か、この国のお姫様になんか失礼を働いたって話でしたよね?」


 とは言っても、全然詳しい内容は知らない。私も事の経緯は末端の騎士から聞いただけだし。


「その時に不思議に思わなかった? 一国の王女ともあろう者が、どうして巨竜半島に島送りにされるようになったのかと」

「あー、それは確かに思いました」


 曲がりなりにも王女が、世間では危険地帯と呼ばれている巨竜半島に送られるなんて相当だ。

 一体何やらかしたんだ、あの王女様……と、小舟に乗せられて巨竜半島に向かって海を漂っている時にそう思ったことはある。

 正妃様もその時の事でも思い出したのか、呆れたように軽く嘆息しながら口を開く。


「詳しい経緯は省いて端的に言うけれど、我が国の第四皇女、ティアーユに口論の末に暴行を加えたのよ」

「……マジですか?」


 王族が他国の皇族に物理攻撃。そんなことをすればどうなるかって事くらい、私にだって分かる。

 場合によっては国交断絶。最悪の場合は戦争突入だ。


「不幸中の幸いと言うべきか、娘に大きな怪我はなく、両国の経済的、産業的な繋がりもあって国交断絶は避ける方向で双方の方針は一致していたけれど、それでもカーミラ殿下への責任問題は免れず、エルメニア王国が古い蛮習とも言える、巨竜半島への島送りの刑に処したことで、アルバラン帝国側も一旦は矛を収めたわ」


 まぁ事実上の死刑だもんね。そこまでされたら、被害者側も怒りを鎮めるしかないだろうけど……。


「でもそれと同時期に、アメリアというリーヴス伯爵家の息女が突如病死したと発表され、それからしばらく経った後にカーミラ殿下が巨竜半島から奇跡の生還を果たした。前者だけ見ればそこまで不自然には思わなかったけれど、現実で起こる極めて考え難い後者の事象と合わせて見れば、確信に近い疑いを持つのは当然と言うものだけれど……やっぱり、エルメニア王国は帝国を欺いていたという訳ね」


 ゾッとするような低い声と冷たい目で、ここからずっと遠い場所を見据えるように呟く正妃様。

 うん、やってることは身代わり戦法だったしね。実際、巨竜半島に送られたのは王女じゃなくて私だし、潔く責任を取ったとかそういう次元の話じゃない。世間一般的に見れば、下種の所業に分類されると思う。


「それにしても、七年も前の古い出来事を良く調べられましたね」

「詳しくは言わないけれど、我が国は情報収集力の向上にも力を入れているわ。アメリア嬢がカーミラ殿下の身代わりとして巨竜半島に送られたという可能性にはすぐに思い至れたし、ウォークライ辺境伯からの報告書にあった人物の外見的特徴も合わせれば、当時の貴女を知る人間から話を聞くことは容易だった」


 正妃様が言うには、病気一つしてこなかった健康な私が突然病死したこと、馬車に乗ってどこか遠出していた私がそのまま戻ってこなかったことに違和感を持っていた人間が何人も見つかっていたらしい。

 いずれも確証とまではいかなくても、確信を持つには十分すぎて、今日ここに呼び出したのも、私本人という確証を得る為でもあったとか。


「結果的に、カーミラ殿下は神から罪の許しと寵愛を受けた聖女としてエルメニア王国では持て囃されるようになったわ……伝承にあるような、富と栄光を国に与える存在となったかは、甚だ疑問ではあるけれど」

「わぁ……そんなことになってたんですか」


 私の口から思わず、呆れとも感心ともつかない、何とも言えない声が漏れる。

 私を身代わりにして死ぬのを回避しつつ、名声だけはバッチリ頂くなんて、正直上手いことやったもんだと思う。これで私が死んでいれば(むしろそう望んでいた可能性大)、周りから偽聖女疑惑を持たれつつも確証がない状態が続いていただろうに。


「さて、その上で改めて聞きましょう。アメリア嬢、貴女はリーヴス伯爵家に……エルメニア王国に対する帰属意識は残っているのかしら?」

「帰属意識……? え? もしかして地元に帰れって話してます!? 絶対嫌ですよそんなの!」


 もしそうなら、私は断固として拒否する! 当たり前だ、私にはドラゴンの神秘を解き明かすっていう目標があるんだから!


「私はオーディスでの生活が気に入ってるんです! セドリック閣下やユーステッド殿下、それに兵士や街の人たちも良くしてくれて研究支援をしてくれるし、何よりも巨竜半島からもほど近いんです! もし帝国から出て行けっていうんだったら、私はそのまま巨竜半島に住み着いてやりますからね!」


 閣下たちからの支援が無くなったとしても、私が巨竜半島から離れることはあり得ない。それは正妃様に言われたって同じことだ。


「では復讐心は? 伯爵令嬢であった身から一転し、何一つ非を犯していないにも拘らず、巨竜半島という未開の地に送られ、過酷な日々を強要されることとなった……その原因を作った者たちへの憎悪くらいはあるでしょう?」

「え? あー、最初はまぁ思うところもありましたけど……正直今はどうでもいいです」


 そりゃあ最初は、あんのクソババァ、生きて戻ったら絶対にぶっ飛ばしてやる……みたいなことを考えていたけど、すぐにどうでもよくなった。

 だって送られた先には、雄々しく美しく、強さと神秘に溢れた、私が何よりも夢中になれる奇跡のような生命体が数多く生息していたのだ。

 人間が雄大な自然の景色を見て、小さな悩みがどうでもよくなるように、私もまたドラゴンたちと接していく内に価値観を変えられていった。


「私的にはドラゴンのことを良く知れる切っ掛けになったから結果オーライでしたし……向こうも生きるのに必死だったから私を身代わりにしてでも生き残ろうとして、当時の私にはそれに抵抗できるだけの力が無かった。ただそれだけだと思ってます」


 今だからこそ分かる。家族やエルメニア王家を始め、私を身代わりにしようとしたのは実に動物的で自然な事だったと。

 彼らは自分たちの群れを構築する一人であるカーミラ王女を守るため、奇しくも群れの外にいた私を食い物にすることを選び、私はそれに抗いきれなかった。これもまた、弱肉強食の一つの形だろう。


「だから今更昔のことを掘り返してどうこうって言う気はあんまり無いです。ドラゴン研究に使う時間が減る方が問題って言うか……まぁ向こうからまた何かやってこようって言うんなら、今度こそ好きにさせないように全力で抵抗するって感じですかね」


 私がそう締めくくると、正妃様はジッと私の目を覗き込むように見てきた。

 一体どうしたんだろう……私は疑問と共に怪訝な顔で見つめ返すと、正妃様はゆっくりと瞼を閉ざす。


「なるほど……貴女はそういう気質の人間なのね」


 そして何かが腑に落ちたように、或いは何かに納得したように呟き、再び目を開けて私を見る。


「では最後に確認するけれど、ドラゴンの研究の邪魔をしなければ、今ここにいるのは病死したアメリア・リーヴス伯爵令嬢ではなく、巨竜半島でドラゴンの生態研究をしていた、ただのアメリアという一帝国人という事にしてもいいし、研究支援をすれば帝国への帰属意識も持ってくれる……そう認識しても問題ないという事ね?」

「えぇ、まぁ……問題ないですね」


 私は自分の立場って言うのにはそこまで頓着していない。王国人だろうが帝国人だろうがどっちになっても構わないし、支援してくれるって言うんなら恩義を感じるし、その分支援者に還元する気概くらいはあるつもりだ。


「よろしい、では私もその様に動きましょう」


 そう答えると、正妃様は満足そうに頷く。


「報告書を見ただけでも、長期的に見ればドラゴンが生み出す帝国の利益は莫大であることは明白。その為には、この世界で誰よりもドラゴンに対する知見に優れ、ドラゴンが生息する巨竜半島を誰よりも知るあなたの協力が必要不可欠……第一皇子派の一人(・・・・・・・・)として、ドラゴン研究の支援を約束しましょう」


 第一皇子派の一人……正妃様がそう言った時、私の頭の中で直感が駆け巡った。

 この言い回しから察するに、正妃様ってもしかして私の事を囲い込もうとしてる? 私を第一皇子派に取り込んで、皇位を巡って対立している政敵には、自分の無許可では私に協力させない、新しく始まるドラゴン関連の事業に関わりたかったら第一皇子派の味方をしろよ……みたいな展開に持って行こうと。


「ユーステッド殿下も、彼女の事をくれぐれもよろしく頼みますよ」

「……は。承知いたしました」


 ほら、何かすっごい意味深そうなやり取りまでしてるし。

 まぁ私としては、ドラゴン研究の邪魔さえされなければ何でもいいんだけど。別に私にとって都合が悪い話って訳でもなさそうだし。


「今を生きる国民の為、帝国の未来の為、これからの貴女の活躍に期待しているわ……アメリア」


 正妃様の私の呼び方が元に戻る。

 これはきっと、今後私の事を、貴族の娘であるアメリア嬢ではなく、帝国出身の一個人のアメリアとして扱っていくという、正妃様なりのメッセージなんだろう。


「私からは以上です。今日は遠路はるばる話をしに来てくれてありがとう」

「あぁ、いえいえ」


 とりあえず、これで正妃様との会談は無事に済んだと思っていいのかな?

 無礼者とか言われて咎められたりしなくて良かったぁ。


「それから……貴方たちの都合さえ良ければ、ティアーユと話をしに行くのも良いでしょう。これから長期に渡って、共に過ごすことになる相手ですもの。アメリアの紹介も兼ねて、顔合わせをしておいた方が良いわ」


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― 新着の感想 ―
珍しく、ドラゴンの生態が出てこない節でした。 自分としては残念な部分もありますが、異世界の政治的なお話も大好きなので、やはり読んでいて楽しいです。
 意気投合して、発見当時の野生化アメリアみたいにならないといいけど…(笑)
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