思いがけない言葉
「メッチャ大きい街ですね。人の波に流されそうなんですけど」
帝都ヘルザイム。そう呼ばれる帝国中央の都市は、首都の名に恥じない大規模な街だった。
人口の多さに比例するかのように、家屋や店舗などの建物がズラリと並び、広々とした大通りを行き交う人の数は、言っちゃなんだけど、オーディスとは比較にならないほど多い。
(なんとなく、前世を思い出すな)
前世の私は新幹線駅がある都市部のマンションに住んでいて、入院後も同じ街の大きな病院に入院してたりしてた。
だからこういう人通りが多い街って言うのは懐かしいのだ。今世では、エルメニア王国の首都を馬車の窓越しに見てそれっきりだったし。
「ヘルザイムは帝国の人材が集中する一大都市だ。皇宮だけでなく、帝国政府省庁を始め、各分野の研究所と工房、帝国正規軍の駐屯所に国立学院など、帝国にとっても重要な数多くの施設を有しており、そこで働く者たちとその家族が、この街に国中から集まっていると言って過言ではないだろう」
「へぇ」
それだけ色んな重要な職場がこの街に集中してたら、それは人も多くなるだろう。
しかもそこに目を付けて商人たちが店を開くことで利便性が上がるだろうし、さらにそこに目を付けた国民が移り住んでと……とにかく人口が増加する下地があるって感じか。
「とは言っても、人口が多い分、よからぬ輩が紛れ込んでいる街でもある。特に中央から最も離れた街壁付近は治安が悪く、反社会的組織が帝国政府を差し置いて自治権のようなものを主張していたりと、帝都民からも危険視されている」
「どこにでもありそうな話ですね、それは」
治安が良いとされる日本ですら、そういう場所は点在していたと聞く。
いくら法律という理性からなる統治能力で、国という群れを従えようとしても、そこからあぶれる奴が出てくるあたり、人間の群れは他の動物の群れと比べると、ある意味無駄が多いのかもしれない。
アリの群れに紛れる怠けアリですら、働きアリが疲れた時には交代したりするのに、人間の場合ははみ出し者になったら、滅多なことでは群れに従わないんだから。
(まぁそれは私も一緒か)
一応悪さはしていないし、犯罪で稼いでる連中と比べたらマシだと思うけど、人里から離れて巨竜半島で暮らしていた私も大概だ。
「いいか? まかり間違っても、一人で街外れに行くようなことはするなよ?」
「分かってますよ。私だって、危険だと分かってる場所に無策で飛び込むほど馬鹿じゃないです」
特に人間の場合は知恵が働く分、何してくるか分からない。
普段は護衛してくれているジークが、帝都の外の平原でヴィルマさんやシグルドたちと待機している今、治安の悪い場所に踏み込むつもりなんて毛頭ないのだ。
「それより、ヴィルマさんたちは上手くやってますかね?」
現状、ドラゴンが帝都の近くで発見されれば大騒ぎになるのは目に見えている。
姿を隠す隠遁魔法っていうのを使ってるから大丈夫だとは思うけど……。
「辺境伯軍で採用されている隠遁魔法は、視覚情報だけでなく、魔物の嗅覚や魔力感知すら欺くほどの精度だ。街道を通る商人はおろか、正規軍の魔法使いですら見破るのは困難だろう」
「んー……じゃあ大丈夫ですかね」
ヘキソウウモウリュウたちも、待機するように思念を送れば、大人しくその場に身を屈めてくれていた。
あの様子だと、動かずに時が来るまで待つという指示にも従うようだ。その分、魔石を与え続けないと、ある程度時間が経ったら、勝手にどこかに行ってしまう可能性もありそうだけど。
「ところで、さっきから聞きたかったんですけど……その眼鏡どうしたんですか?」
帝都に入ってからと言うもの、ユーステッド殿下は突然眼鏡をかけ始めた。
最初の内は「何だこの人?」と思いながらスルーしてたんだけど、こうも話しながら歩いていたら、スルーし続けるのもちょっと限界になってきたのである。
「殿下って目が悪かったんですか? ずっと眉間に皺寄せてますし」
「眉間の皺は元からだ。私自身、そこまで目が悪いわけではない」
「じゃあ何で?」
「これは変装用だ」
変装用……そんな単語が頭の中で変換されるまで、少し時間が掛かった。
「それこそ何で? そんな自分が有名人みたいに……まさか殿下にそんなナルシストな一面があるとは……」
「違うわ馬鹿者っ! 貴様、私が曲がりなりにも第二皇子であることを忘れていないか!?」
あ、そう言えばそうだった。私自身も殿下って呼んでるのに、その事だけが綺麗に頭からすっぽ抜けてたとは不覚だ。
でも普段が普段だから、私的にはあんまり皇子様って言うイメージが定着しないんだよね。
「私も元々、帝都で暮らしていたからな。顔を知っている人間もそれなりに多いのだが……庶子とはいえ、皇族という身分だと様々な理由で接触してくる人間が後を絶たんのだ」
あー……殿下の言いたいことは、何となく分かった。
人は自分以外の人間を見定める時、他の動物ほどフェロモンや体臭には頼らず、顔や肩書なんていうのを見て、どう接するかを判断する。
私が殿下や閣下みたいな肩書のある人間、一目で年長者と分かる人に敬語で話すとの一緒だ。大抵の人間は上下関係を気にしているだけで他意は無いけど、中には欲望をもって接してくる人間もいるだろう。
「そっか。じゃあ仕方ないですね。……それじゃあ、服の採寸が終わりましたし、この後は出来上がったのを着て正妃様に会いに行くだけですけど、それまでどうします?」
自分から話題を振っといてなんだけど、大して興味が惹かれない話だったので、私は早々に話題を変えた。
殿下の様子から察するに、話していてあんまり楽しい話題でもなさそうだ。別に聞かなきゃどうにかなるって訳でもないし、こういう話はスルーに限る。私自身、そこまで興味が惹かれないしね。
「私はこの後、皇宮や各省庁に出向き、ウォークライ領に関する報告や申請手続きなどを行う予定だが、正妃殿下との会談までの間は基本的には自由時間となるだろう。お前も街外れ以外の場所であれば、好きに出歩くなり、テントに戻って過ごすなり、好きにするが良い」
「よっしゃー! じゃあテントに戻ろーっと!」
私にとっての優先順位は帝都観光よりも、ヘキソウウモウリュウの様子を観察する方が遥かに上だ。
私たちが服屋に行っている間に、ヴィルマさんたちがヘキソウウモウリュウを停めているすぐ傍でテントを張ってくれているはずだし、会談の日までそこで過ごそうっと。
「ついでだし、ヴィルマさんたちにご飯でも買っていきましょうかね。殿下、お金出してください」
「あぁ、そうしてやるといい」
遠慮なく食事代を求める私に、殿下は素直に財布を懐から出す。
私自身、セドリック閣下に雇われているから給料は貰っているけど、今回の遠征にかかる食費を含めた支出は全て経費だ。その財布を預かっているのが、殿下という訳である。
「何が良いですかね? 王都って色々料理店があるみたいですし……」
「なら、肉料理はどうだ? ウォークライ領と違い、海から離れた領地では豚を始めとした、食肉用家畜を育てる畜産業者が数多くいて、ウォークライ領では中々味わえないだろう」
海が近く、主食が海鮮が主体のウォークライ領では、肉と言えば基本的に、老いて卵を産まなくなった鶏や、乳を出さなくなった牛であるケースが多い。
領主みたいな金持ちともなると、他領から上質な肉を取り寄せたりもするんだけど、一般人の口には滅多に入らないだろう。地元民であるヴィルマさんたちも喜びそうだ。
「それじゃあ、それにしましょうかね。すみませーん、この串焼き盛り合わせで買いたいんですけどー」
私は早速、丁度近くて屋台を開いていた肉の串焼き店の店主に話しかけると、店主は愛想良く笑って対応してくれた。
「へいらっしゃいっ! お二人さん、カップルかい? 兄ちゃんの方は偉い色男だねぇ。今なら十本買うとおまけで一本付いてくるからお得だよー」
カップル……そう呼ばれた私と殿下は、思わず互いの顔を見合わせる。
私と殿下が恋人同士? 傍から見ると、そういう風に見られたってこと?
正直に言って、私は前世でも今世でも恋人なんて言うのとは無縁の生活だったからいまいちピンとこないんだけど……言えることが、一つだけある。
「えぇえ~~~~~!? やぁだ~、こんな小うるさいのが彼氏とかぁ」
「その言葉、訂正してもらおう! このような身嗜みの「み」の字も無いような者と婚約を結ぶつもりは全くない!」
私自身、好みの男のタイプなんて言うのは考えたことが無いからよく分からないけど、少なくとも殿下はご免被る。殿下は殿下で理由が違うみたいだけど、お互いの意見は一致していた。
「あ、あぁ……そりゃ悪いこと言っちまったかね? じゃあ兄妹かい? 仲良いね」
兄妹……その言葉に、私たちは再び顔を見合わせると――――。
「えぇえ~~~~~!? やぁだ~、こんな何かにつけて人のことを湯船に放り込む弟とかぁ」
「訂正せよ店主! 私の妹は断じて、こんな心身共にだらしのない人間ではない!」
「「……って、誰が弟なのだ!?」」
全くもって心外なことを言ってくれる店主に、二人掛かりで文句を言っていると、店主は「……その割には息ピッタリなんだけどなぁ」などと、適当な言葉を口から零すのだった。
=====
それから数日後、衣服店から私の身長に合わせて調整された白いローブコートが届き、それを羽織って帝都中央に建てられた大きな城……ノードレット宮殿までやってきた私は、殿下と共に宮殿の応接室で待ち人を待っていた。
国内外の有力者を招くための場所なだけあって、室内は豪華でありながら下品ではない、程よく華美な内装だ。普通なら、一般人が足を踏み入ることすら許されなかった場所だろう。
(なんかローブコートのついでに他の服も全部着替えさせられたし、髪の毛もめっちゃ丁寧に撫でつけられた上にリボンで束ねられたり……なんか落ち着かないな)
もう七年以上も新品の服なんて着たことなかったから、こういうちゃんとした格好をしている自分って言うのが、どうにも不自然な気がしてならない。
そんな事を考えながら応接間で私たちを呼び出した張本人を待っていると、しばらくして、その当人が応接間に入ってきた。
「よく参りましたね、ユーステッド殿下」
その人は、見るからに高級そうなドレスを自然に着こなす、私と違って手入れの行き届いた長い金髪と、切れ長の青い瞳が特徴的な女性で、その姿を見た瞬間に、私はこの人から圧力というか威厳と言うか……とにかく、圧倒されそうなオーラを感じ取った。
何て言うのが適切かは分からないけど、とにかく雰囲気があるというか。身長も決して高い方じゃないのに、セドリック閣下にも共通する何かが、この女性からは発せられていた。
「ご無沙汰しております、正妃殿下」
そう言って胸に手を当てながら頭を垂れるユーステッド殿下。私もその動作を真似するように頭を深く下げた。
やっぱりこの人が正妃様だったか……それにしては若く見えるな。聞いた話だと、四十超えてるらしいんだけど。
セドリック閣下にも共通してたけど、この世界の王侯貴族って言うのは政略結婚の条件に容姿も盛り込んであるって聞いたことあるし、年齢以上に若々しい外見なのは、ある種の品種改良みたいなものなのかな?
「最後に会ったのは、貴方がウォークライ領に向かう前に挨拶に来た時以来でしょうか? しばらく見ない内に、また一段と立派になられたようですね」
「恐縮です。これも全ては、正妃殿下のご指導ご鞭撻あってこそでしょう」
「……そしてそちらが、ウォークライ辺境伯からの報告にあったという」
そう言うと、正妃様は私に視線を向ける。
「アメリアさん、で良かったかしら? 初めまして、亡き皇帝陛下が正妃、フィオナ・グレイ・アルバランよ。貴方の活躍に関する報告には目を通させてもらったわ。我が国の皇子の命を救い、そしてケイリッドで起こった火災事件を解決したこと、皇族として、この国に生きる一人として、深く感謝します」
「どうも初めまして、アメリアです」
前口上とかよく分からないから、とりあえず改めて頭を下げながら、私は名乗り返す。
細かい作法とかは気にしなくても良いって閣下も言ってたし、こんな感じで大丈夫だよね……?
「さて……それはそれとして早速だけれど、私は長々とした前振りは好みません」
そんな私の中の不安を知ってか知らずか、正妃様は私に鋭い視線を投げかけながら口を開き……。
「エルメニア王国の伯爵家息女、アメリア・リーヴス嬢……単刀直入に、貴女に聞きたいことがあります」
そんな思いも寄らなかった言葉が、正妃様から飛び出すのだった。
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