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新時代の移動手段


 セドリック閣下の提案は、正妃様からの要求と私の本望、その両方を上手く満たせる絶妙なものだった。

 元々、ヘキソウウモウリュウが馬に代わる新しい移動手段になり得るのか、それをテストするために彼らをウォークライ領に連れてくる予定で話が進んでいたんだけど、そのテストに帝都までの往復を組み込むというのは、上手いやり方だと思う。

 咄嗟のアイデアにしては私と正妃様、両方の望みを的確に叶えている。これには私も思わずニッコリだ。


「あれだけ帝都行きを拒否していたというのに、ドラゴンの研究を止めなくても良いと分かった途端に承諾するとは……お前は本当に調子の良い奴だな」

「まぁその分、帝都での宿泊はテントで野営になることが決定しましたけどね」


 流石にドラゴンに乗って帝都に直接乗り込むわけにはいかないし、普段一緒に過ごしているジークを連れていくことも出来ない。

 だから城壁で囲まれた帝都の外側で、乗ってきたドラゴンを見ながら過ごす必要がある。帝都の周辺には広い平原が広がっていて、城壁の門へ続く街道から外れれば、中型のドラゴンが身を隠すための場所もあるし、周囲の光景に溶け込む隠遁魔法っていうのを使えば人目に付くことも無いから、ドラゴンでの移動もそこまで問題ない。むしろ移動時間が大幅短縮されてラッキーってところか。


「会談の内容によっては、正妃殿下を始めとした第一皇子派の面々がドラゴンを直に見ようと考えるかもしれん。そういう意味では、叔父上の提案は色々な意味で絶妙と言えるだろう。それを咄嗟に提案するところを見せられると、流石としか言いようがないな」


 殿下は大真面目な顔で「私も見習わなければ」と頷きながら、手綱を握り、鞍と鐙を付けてゆっくりと歩くヘキソウウモウリュウに乗って、ウォークライ領の平原をグルグルと回っていた。


「どうです? ドラゴン用の鞍の乗り心地は?」

「……悪くないな。二本足で移動するので安定感はどうかと思ったが、体幹を維持する力も強いからか、鐙と手綱があれば乗っていて振り落とされそうになるという感覚はあまりない」


 ……私の帝都行きが決まってから幾日かが経過し、会談が予定されている日時が迫る中、私たちはとうとう巨竜半島から船を経由して、シグルドを含めたヘキソウウモウリュウ四頭をオーディスに移動させ、こうして騎乗試験を実施するに至っていた。

 

「巨竜半島からの移動をしても興奮している様子は軽微でしたし、やはりドラゴンは環境の変化にも強いのかもしれませんね」


 マルタが属しているカジュオイカメモドキリュウのように、殆ど動かないドラゴンが居る一方で、ハシリワタリカリュウのように日常的に長距離移動をしている、広範囲の生息域を持つドラゴンが居たりと、いわゆる環境の変化にドラゴンがどれだけ適応できるかは、私にとって興味深い検証だった。

 しかし、この点に関してはジークやスサノオ、ケイリッドの火災の時に力を貸してくれた氷竜たちの様子から見れば、ドラゴンが生息地の変化にも強いというのは大体予想が付いていたのだ。

 だからヘキソウウモウリュウも同じじゃないかなって思っていたんだけど、その予想はひとまず当たった。


「人間に対しても、敵意さえ向けなければ基本的には無関心みたいですし、今のところは順調と考えてもいいんでしょう」 


 もちろん、今後も様子見と記録を繰り返して変化の兆しを見逃さないようにするのは重要だけど、この調子が続くなら巨竜半島からもう何頭かのドラゴンを連れてくることも可能だろうというのが、今の私の判断だ。


「騎装具の装着に関しても、ドラゴンのストレスにならないかとちょっと不安でしたけどね。特に頭絡(とうらく)をどうするかについては」

「あぁ、辺境伯軍の騎装具技師たちも頭を抱えていたが、最終的には解決したことは僥倖だろう」


 騎装具というのは、鞍を始めとした騎乗する動物の身に付ける装備全般を指す言葉なんだけど、その中には頭絡と呼ばれる物がある。

 想像しやすい物で例えるなら、馬の頭に装着し、騎手が馬の動きを制御するためのハーネスみたいな奴だ。

 手綱とも連結している、騎乗においては非常に重要な騎装具だけど、これをドラゴンに装着するには大きな課題があった。


「特にハミ……ドラゴンは鉄製のでも食い千切っちゃってましたからね」


 そんな頭絡の中でも、ハミと呼ばれるパーツがある。

 馬の口に咥えさせることで、頭絡自体が外れてしまうのを防ぐ役割を担っている重要な物なんだけど、これをドラゴンに付けさせるのには不都合が多かった。

 口の中に食べれもしない物を咥え続けるのが単純にストレスになっているみたいなのである。


 馬の場合、前歯と奥歯の間に歯が生えない部分があって、その位置にハミが当たるようにすればストレスにならないんだけど、ドラゴンの場合は鋭い牙がぎっしり並んでいる。

 そんなドラゴンにハミを噛ませてみると、やたらと嫌そうに頭を振ったり、中には鉄製のハミを噛み砕いてしまう個体もいた。

 これには殿下や騎装具技師たちも頭を抱えた。頭絡は騎乗する動物に指示を出すのに使う重要な物。これが無くてはドラゴンに指示を出すことが出来ない。

 そう嘆く皆の話を聞いて、私は思わずキョトンとした。


 だってドラゴンに指示を出すのに、手綱なんて本来必要ないからだ。


 繰り返して言うけど、ドラゴンは人間の思念をキャッチして意思疎通を図ることが出来る生物だ。手綱で引っ張ったりして指示なんて出さなくても、思念波を送ってやればその通りに動くだけの知能がある。

 でもドラゴンと関わりを持たずに生きてきた人たちにとっては、その視点が抜けていて、馴染みのある馬を基準に考えていたらしい。

 その事を私が指摘すると、技師の人たちは目が覚めたように専用の騎装具を突貫で制作したのだ。


「この手綱と一体化した鞍と言うのも、最初は驚かされたが……慣れてみると使い勝手もいい。頭絡が無い分、装着も楽だしな」


 そうして完成したのが、今殿下が乗っているヘキソウウモウリュウに装着された、手綱と鐙が一体化したドラゴン用の鞍である。

 使い心地は殿下の言う通りで、荷物を括り付けてぶら下げる為の穴もあったりと、中々多機能な仕上がりになっているんだけど、この鞍を付けるだけなら、ヘキソウウモウリュウも不快な様子を見せずに人を乗せて走ることに成功したのだ。


「ドラゴンも頭を自由に動かせて快適みたいですしね。やっぱり頭絡は外して正解でしたよ」


 種族にもよるけど、ドラゴンは馬よりも首が長い場合が多く、周囲を見渡して敵や魔石などを視覚でも感知するために、キョロキョロと頭を動かすことが多い。

 それはヘキソウウモウリュウにもよく見られる行動だ。こういう習性も、彼らが頭絡を嫌がる理由に繋がったんだと思う。


「……確認するが、ヘキソウウモウリュウの走行速度は、ハシリワタリカリュウと同等であると考えても良いのだな?」

「えぇ。正確な速度を測るには数学者とかの力が必要ですけど」


 少なくとも、長年乗り続けた私の体感的には、大体同じくらいだと思う。


「そうか……であれば、会談の日時には十分に間に合いそうだな」


 そう安心したように軽く息を吐く殿下。今回の帝都までの遠征に間に合うかどうかは、騎装具技師たちの頑張りによるところが大きかったんだけど……。


(殿下自身も、頑張ってドラゴンを手懐けたからって言うのも大きいと思うんだよね)


 最初の方こそ、契約書まで持ち出してヘキソウウモウリュウに協力を迫っていたユーステッド殿下だけど、正妃様への謁見の手続きとなると、ウォークライ領から離れられない閣下に代わって、この人が同行していないといけない。

 それは殿下自身も最初から分かっていたんだろう。ドラゴンに乗って帝都まで行くとなった時に、真っ先に巨竜半島に向かってヘキソウウモウリュウとコミュニケーションを図り、騎乗できるところまでこぎ着けてみせた。


(そこまで頑張ったのは多分、私の為でもあるんだよなぁ)


 普段のこの人の様子から察するに、指摘しても認めようとしないだろうけど、馬でも行けるのに無理してドラゴンに乗っていくと決めたのは、長期間離れるドラゴンの研究が出来ない私への配慮が多少はあったんだろうと思う。

 もちろん、セドリック閣下の決定に従ったって言うのが一番大きい理由だろうけど……私が言い出したことを切っ掛けに、巨竜半島で野営をしてまで苦手分野を克服し、ヘキソウウモウリュウを懐かせたって言うのは感心するし、正直ありがたいと思ってる。


(正妃様との顔合わせ……精々、殿下の顔に泥を塗らないようにしないとなぁ)


 正妃様がどんな人か分からないし、正直自信ないけど……せめて穏便で落ち着いた会話は心がけてみよう……真剣な表情で騎乗の練習をする殿下を見て、私はそう思うのだった。


   =====


 それから更に日数が経ち、帝都への出立当日。シグルドを始めとした、騎装具が装着された四頭のヘキソウウモウリュウに、それぞれ私と殿下、護衛としてヴィルマさんと男の兵士一人が乗って、オーディスの城門前でセドリック閣下に見送られようとしていた。


「それでは叔父上。行ってまいります」

「うむ。正妃殿下にもよくよく伝えてくれ。アメリアも、道中でのデータ採集、よろしく頼むぞ」

「当然。ドラゴンたちの挙動一つ見逃さずに記録してみせますよ」


 そんな事務的な挨拶をすると、ユーステッド殿下が手を掲げて私を含む同行者に合図を出すと、ヘキソウウモウリュウたちは一斉に同じ方角に向き直り……一歩目から、地面が凹むほどの踏み込みによる、爆発的な加速を披露した。


「ぐ、おぉぉ……っ!」


 遮蔽物の少ない広大な平原を流星のように駆け抜けることで、その光景があっという間に後ろに向かって流されていく。

 さながらロケットを彷彿とさせる速度に思わず後ろに吹き飛ばされそうになりながらも、私たちは手綱を掴んで体勢をキープすることが出来ていた。


「こういう騎装具付けてドラゴンに乗るのは私にとって新鮮ですけど、やっぱり鐙とか手綱があると全然違いますね!」

「それはそうだろう! むしろ今まで騎装具も無しに乗り回していた方がおかしい! よく今まで死ななかったな貴様!」


 まるで怒鳴り合うように話す私と殿下だったけど、お互いに馬とは比較にならない猛スピードで走るドラゴンに乗っているから、前方に広がる大気の引き裂き方も凄い。このくらいの声量じゃないと、隣にいる人の声が聞き取れないのだ。

 しかも、これだけのスピードを出しているにも拘らず、ヘキソウウモウリュウたちはまだ本気を出していない。未だ熟練と呼べるレベルに達していない騎手達が振り落とされないよう、ある程度セーブして走ってくれているのである。


(移動速度に加え、自己防衛どころか攻撃までできる戦闘能力を有しているドラゴンへの騎乗だけど……人間側の課題は、思ったより多いかも)


 既存の騎乗技術では扱え切れないドラゴンに、それでも意地で乗り続けること、約数時間。私たちは疲労回復の為に一度休憩を挟むことにした。

 ドラゴンの疲労回復の為じゃない。騎手である私たち人間側の疲労回復の為だ。猛スピードで走り続けたヘキソウウモウリュウたちは、息切れ一つ起こさずにケロッとしている。

 乗馬では体幹維持のために、普段使わないインナーマッスルを酷使するという。走竜科のドラゴンに乗る時にも、どうやらそれと同じ筋肉を私たち人間が使っているらしい。


「改めて思うが、凄まじい速度だな……本来は駅馬車で七日は掛かるこの地点まで、たった数時間で……多少余裕を持って出発したが、この調子なら今日中にでも帝都まで辿り着きそうだ」

「へぇ、それは良い事聞きましたね」


 閣下によると、どうやら私は第一皇子派にとって重要なポジションに据えられようとしているらしい。そのこと自体は興味が無いし、どうでもいいんだけど、今後色んな場所に呼び出される可能性は否定できないのだとか。

 そんな時でも、ドラゴンの移動速度なら帝国の辺境から中央まで一日あれば移動できるとなれば、呼び出しが増えてもあんまり困らなさそうだ。


「しかしこれだけの速度で走る生物となると、馬車などを引くのに向いているかは些か疑問だな。帰りはティアーユと同行する形でと思っていたが、先にアメリアたちをドラゴンに乗せてウォークライ領に戻らせ、その後から馬車に乗って帰還した方が良いか……?」

「馬車引くくらい、速度を落として移動して貰えれば、ヘキソウウモウリュウでもできると思いますけど……ティアーユって?」

「そう言えば話したことが無かったか。正妃殿下がお産みになられた、この国の第四皇女で、私の腹違いの妹に当たるのだが……此度の正妃殿下からの手紙には、ティアーユを自然豊かなウォークライ領まで療養のために連れ帰ってほしいという旨も記されていたのだ」

「……何か、病気なんですか?」


 私がそう聞くと、殿下は無言で頷く。


「妹は生まれつき、少々厄介な病気を患っていてな。体が弱く、公務にもあまり出られないので、離宮で安静に暮らしていたのだが……ここのところ、ティアーユが暮らしている離宮に、何者かの侵入が多発しているらしい」


 それはまた随分と穏やかじゃない話だ。それなら病弱な皇女様が引っ越すのも無理はないけど……。


「それってもしかしなくても、皇位継承権争いに関係したりしてます?」

「あぁ、その通りだ。幸い、侵入者はいずれも撃退し、ティアーユの身は無事だったのだが、激化する政治闘争が身に危険が及ぶような事態にまで発展しているのは事実……そしてこれはまだ伝えていなかったことだが、先の船の爆破事故やケイリッドの火災に、人為的な力が働いていた痕跡も、後の調査で判明している」


 あぁ、やっぱりそういう事だったのか……と、私はすんなりと納得した。

 爆破事故にしても、火災にしても、単なる事故にしてはおかしな点が多く見られたし、動機にしても第一皇子派であるユーステッド殿下の排除や、ウォークライ領の経済へダメージを与えるためだとか、色々理由は想像できる。


「正妃殿下も、政敵を相手にしながら、病弱なティアーユを守るのに難儀しておられるのだろう。だからこそ、屈強な軍に囲まれ、先の事件を受けて警備の更なる厳重化を図っているオーディスに匿ってほしいとのことだ」


 確かに、政敵もこの国の人間である以上、どこに潜んでいるのか分からない。療養するにしても、よほど警備が手厚い場所でもないと安心できないだろう。

 だからこそ、隣国や魔物の巣窟であるガドレス樹海と隣接しているという悪条件を考慮してでも、空気が澄んでいて警備が厳重なオーディスが療養地として選ばれたってことか。


「……そしてこれは、個人的な頼みであるのだが」


 そう前置きをして、殿下は私に軽く頭を下げる。


「無理のない範囲で構わない。時折、ティアーユの話し相手になってやってはくれないだろうか? 妹もきっと、歳の近い話し相手が居れば、心穏やかに過ごせると思う」

「まぁ……私は別にいいですけど」


 真剣に妹さんを思って頭を下げる殿下の頼みに、私は頷く。

 無理のない範囲で良いって言ってるし、ユーステッド殿下には色々お世話になってるから、そのくらいの頼みを聞くのも吝かじゃない。


「でも深窓のお姫様と、私の話が合うとは到底思えないんですけど? 帝都で流行りの服とか劇とか、そういう話全然できませんよ?」

「いや、それでも問題ないだろう」


 私の懸念に対し、殿下は迷いなく答える。


「妹も中々好奇心が旺盛でな。性格は似ても似つかないが、その点に関してはお前と馬が合うだろう」


 ……そんな会話をしながら十分休憩を取り、再びドラゴンの背中に乗って走り続け……数時間後。

 ユーステッド殿下が言った通り、私たちはウォークライ領から帝都までの長距離を、一日以内に走破するのだった。



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え?車と同じくらい速いんですか??風圧が凄そうですね。 乗ってみたいですね、ヘキソウウモウリュウ。私の筋力では乗れなそうですけど。 読んでいてとても楽しいです。 もっとドラゴンの生態が知りたい。
駅馬車(時速6〜11km)で10〜15日の距離を1日で走破… 休憩や夜営準備、宿場町の門限もあるから陽が出てるうちに走れるのは7時間くらい? 間を取って、時速8.5km×7時間×12.5日=743km…
 落馬…落竜? しても大丈夫なように衝撃吸収機能を備えた防具とかあったら安全。  むしろ軸や車輪を強化した戦車(チャリオット)とか牽かせたら某征服王レベルの脅威では?
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