ドレスを焚火にくべて肉を焼いてた女
短編作品「婚約者に「愛することはない」と言って、真実の愛に溺れた二人の男の対比」も興味があれば読んでくれると幸いです
正直な話、私もユーステッド殿下と同意見である。
皇宮という場所に行ったことが無い私だけど、これでも七年前までは貴族だったのだ。国主が暮らしている城に上がるとなると、それなりの格好とか振る舞いって言うのが求められることくらいは憶えている。
(なのに私を皇宮に招待……?)
礼儀作法なんてとっくに忘却の彼方な上に、割と日常的に皇子と取っ組み合いの喧嘩をしている私を?
こないだなんて、沼に生息しているドラゴンを間近で見ようとして、全身泥だらけの状態で帰ってきたら、「そんな恰好で屋敷に入って来るな!」って、ユーステッド殿下に近くの川に放り込まれるような有様だったんだけど、そんな私でも行ってもいいんですか?
「お言葉ですが、無謀です叔父上。この者の普段の振る舞いはご存じでしょう。正妃殿下にどのような無礼を働くか……」
殿下の言葉は心底同意せざるを得ない。私だって、別にわざと失礼な態度を取るつもりとかは無いんだけど、如何せん振る舞いとか言葉遣いって言うのが身についていないから、我が事ながら皇宮で何かやらかす予感しかしていないくらいだ。
「それに……これは愚問だとは思うが、お前はドレスなどの正装は持っているのか?」
「それマジで愚問ですよ殿下。持ってるわけ無いじゃないですか」
ちなみに、巨竜半島に島送りされた時に着ていたドレスは、度重なる川での雑な水洗いに加えて、ドラゴンの爪で引き裂かれたり、野外活動中に転んだり落ちたり滑ったりしている内にあっという間にボロボロになり、とても着れる状態じゃなくなった。
それでも寝る時のマット代わりにしてた時期もあったけど、時間が経つにつれて虫食いで更にボロボロになっていって、最終的には穴だらけの布切れみたいになったから、焚火の燃料として活用したのである。
「その点に関しては、どうやら問題はないらしい」
しかし、そんな私と殿下の懸念点を、セドリック閣下はサラリと受け流す。
「正妃殿下には、アメリアが巨竜半島に遺棄された子供であると説明してある。それ故に、作法も言葉遣いも平民と同レベルであり、すぐさま矯正することは出来ないということは正妃殿下も理解されている」
まぁ確かに、事情を知っている殿下たちはなぁなぁで受け流してくれているけど、私に上流階級の人間と話せるだけの立ち振る舞いを求められても困るしね。
その事を理解した上で呼び出しておいて、私が口にする言葉尻を細かく捉えて「無礼だぞ!」と責められても、知らんがなとしか言いようが無いって言うか……。
「この手紙にも、アメリアの振る舞いにはある程度目を瞑るという旨が記されている。最低限敬語で話し、暴言さえ口にしなければ問題はないだろう」
「……あの自他ともに厳しい正妃殿下にしては、寛容な対応ですね」
「あの方に育てられた其方なら、そう考えても無理はないがな」
些か信じられないと言わんばかりのユーステッド殿下を見て、セドリック閣下はそう苦笑する。
……あれ? ユーステッド殿下って確か庶子って奴で、母親は正妃様とは違う人のはずだよね?
でもユーステッド殿下を育てたって言うのは正妃様。となると、生みの親の方はどうしたのかって考えると……。
(まぁ、予想だけは色々立てられるよね)
しかも、どれもロクなものじゃない予想ばかりが。
とは言っても、それを根掘り葉掘り聞く気はない。会ったことも無い人間にはそこまで興味ないし、何より殿下のプライベートに関わることだ。踏み込み過ぎるのもどうかと思う。
「いずれにせよ、今回の会談は公のものではなく、あくまでも私的な場だ。平民であるアメリアの細かな立ち振る舞いまで咎めるようなことはしないと、正妃殿下も仰せになっている」
「……となると、差し当たっての問題は身嗜みと言ったところですか」
そう言うと、二人は私の全身を上から下までなぞるように見る。
つられて私も自分の体を見下ろすと、着古し過ぎて薄汚れた、サイズが合っていないブカブカのローブを始めとした、ヨレヨレの衣服が目についた。
「……え? これじゃあダメなんですか?」
「ダメに決まっているだろう!」
正直な話、私は服なんて肌の露出をある程度抑えられれば、どれも同じだと思っている。見栄えの為だけにわざわざ金掛けるって言うのも普通に勿体ないし……。
「如何しますか、叔父上。正妃殿下から指定された日時的にも、ドレスを一から作っている暇はありませんし、ここは帝都のレンタルドレス店で……」
「いや、先ほども言った通り、今回の会談は私的なものだ。平民のアメリアが貴族令嬢が着るようなデザインのドレスを着て行っても、場違いとなるだろう。これも良い機会と捉え、アメリアには研究者の正装を買い与えた方が良いだろうな」
「……? 研究服に正装とかそう言うのがあるんですか?」
「あぁ。この国の学士たちは、白を基調としたローブコートを正装にしていてな。研究作業時は勿論のこと、貴族との会見でも普通に用いられている」
なるほど、前世で言うところの白衣みたいなものか。
「作業着でもある為、帝都の衣服店でも取り扱っている店が多い。アメリアは些か小柄すぎるが、それも既製品の丈を合わせるだけなら、それほど時間も掛からずに済むだろう」
「では会談の日程に間に合うように、アメリアを帝都入りさせれば良いのですね」
その言葉に、私は今更になってこの国の首都に出向くことになるんだと実感する。
巨竜半島で暮らすようになり、オーディスに移り住んでからも、私はウォークライ領以外の帝国領に行ったことってないからなぁ。まさかこんな形で帝都に行くことになるなんて夢にも…………うん?
「すみません、ちょっと気になったんですけど……ここから帝都までどのくらい掛かるんですか?」
「そうだな……駅馬車を使えば、片道十日から十五日といったところか」
ふむふむ、つまり私は往復で一か月くらいウォークライ領から離れる……ひいては、巨竜半島に行けないようになるってことか。で、私の服を用意する分も含めれば更に延びると……そっかそっか。
「やっぱ面倒臭いんで正妃様と会うのキャンセルで!」
「逃がすかぁっ!」
ほとぼりが冷めるまで巨竜半島に引き籠ろうと、踵を返してダッシュした私の襟首を、ユーステッド殿下が素早く掴み上げる。
チィイッ! 何て反応の早い奴なんだこの人は! しかも持ち上げられて足が地面から離れてるから、逃げようにも逃げられない!
「いぃいいいやぁあああああああああああっ! 放してください殿下っ! 私は巨竜半島に骨を埋めるって決めてるんです! 生涯かけてドラゴンの生態を解き明かすって決めてるんです! なのにそんな貴重な人生の時間を一か月以上も不意にフイにするなんて絶対に嫌です! お願いだから見逃してぇっ!」
「えぇい! いずれは顔を合わせることになっていたのだ、遅かれ早かれ帝都に行くことになっていたのだから観念せんか!」
「だからって一か月は長いです! 大体、用事があるなら向こうから来るって言うのが筋でしょ!? 正妃様をウォークライ領まで呼び出してくださいよ!」
「そんな事できるかぁっ! 正妃殿下は国内外問わずの公務で非常に多忙なのだ! 貴様は幾らでも時間の融通が利く立場なのだから、貴様の方が大人になって妥協を……あ、コラ! 服を脱いで逃げようとするんじゃない!」
掴まれた服を脱ぎ捨てて逃げようとする私の肩を、殿下がガッシリと強く握る。
相手が正妃様だろうが王様だろうが知ったことか! 私には人生を捧げると決めた目標があるのだ、神様にだって邪魔させたりしない!
「まぁ落ち着くがいい」
互いの譲れない主張を巡り、私と殿下が攻防を繰り広げていると、セドリック閣下が仲裁に入ってきた。
「要するに、帝都への移動中でもドラゴンと触れ合い、その生態を知ることが出来ればよいのだろう?」
「……えぇ、まぁ」
それが出来るなら私としても、そこまで文句はないけど……。
「であれば丁度良い。ウォークライ辺境伯として、ドラゴンの研究者であるアメリアに正式に依頼する。ウォークライ領から帝都まで、ヘキソウウモウリュウの騎乗試験をし、一個小隊がドラゴンに騎乗する際の利点と問題点を洗い出したデータを提供せよ」
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