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マジで遠慮が無い悪友


 私に聖女疑惑……という言葉が正しいかどうかは分からないけど、とにかくそのようなガラでもない肩書が付けられていることが判明してから幾ばくかの月日が流れ、私は辺境伯家のバックアップを受け、快適に巨竜半島でドラゴンの生態観察活動に勤しんでいた。

 食事の準備や洗濯などの日々の雑事に追われる必要が無くなったのもそうだけど、そこにはやっぱり、魔道具の存在が大きかったと思う。


(照明魔道具とか携帯テントとかコンロとか、この世界の魔道具も小型化してきてるんだなぁ)


 物の大きさは利便性に直結している。前世では携帯電話がコンパクトで扱いやすい大きさに進化していったように、この世界では魔道具……特に、軍事活動に必要な野営道具の小型化が、ウォークライ領を中心に進められていたらしい。

 長期的な戦いには必須の品々であっても、かさ張るようでは不便だしね。今では人間一人が野営するだけなら、大きなリュックサック一つに、全ての道具が収まる時代らしい。


(閣下も約束通り、ドラゴン研究の為に私が求めていたものを一通り揃えてくれたし)


 小型化されたサバイバル道具を見ても分かる通り、この世界では魔道具が大きく発展していて、研究用の魔道具に関しても日進月歩の進化を遂げているそうだ。

 フラスコなどの複雑な形をしたガラス製品やピンセット、参考資料となる学術書は勿論だけど、物を拡大して見れる魔法が組み込まれた魔力式の顕微鏡に、腐る可能性がある生体部位を保存するための冷蔵庫にホルマリン液なんていうのまであって、それをウォークライ領まで届けてくれたのだ。


(流石に前世みたいなハイテクなデジタル機材なんてのはなかったみたいだけど)


 そこまで求めるのは高望みが過ぎるだろう。

 前世のように図鑑を読むだけではどういう理屈で動いているのか分からない機材も多かっただろうし、いずれはもっと生物を詳しく研究できる魔道具が開発されるのを期待するしかない。

 私的には、肉眼では捉えられない物を見ることが出来る顕微鏡が届いただけでも嬉しすぎるくらいだ。今日も早速、巨竜半島で採取した物を顕微鏡でじっくり覗き、その構造を確かめようと、デカいリュックサックを背負ってオーディスまで戻ってくると、色んな人から声を掛けられる。


「やぁアメリア博士。今日も巨竜半島に行ってたのかい? ほれ、お疲れ様」

「おっと……リンゴ、ありがとう。でも博士って呼ばれるほどじゃないから、その呼び方止めてってば」


 通りがかった食料品を売っている屋台のおっちゃんからリンゴを投げ渡されて、それをキャッチしながら博士呼びを軽く諫める。

 このおっちゃん、以前ハシリワタリカリュウの群れが平原に現れた時に、行商人がオーディスまで来れなくて商品が届かなくなったことがあるらしい。

 そういう経緯もあってか、私に時々果物を奢ってくれるんだけど、正式な学位を持っているわけでもないのに、博士呼ばわりされるのは流石に憚られる。


「聖女様、今日もお勤めご苦労様です」

「その呼び方マジで止めろ。私は聖女なんてガラの人間じゃないですから!」


 そうこうしていると、巡回中の兵士の人に敬礼されながら聖女呼ばわりされて、私は本気で諫めた。

 この人、ケイリッドの火災の時に避難誘導をしていて、私がユーステッド殿下と一緒に氷竜に乗って鎮火活動をしていたのを見ていたらしく、それ以降私の事を聖女なんて小恥ずかしい肩書で呼んでくるのだ。

 とまぁこの様に、今このウォークライ領では私の評価と呼び方は、「聖女」か「博士」で二分化されている。これまでの経緯が経緯なだけに、ある程度評価されるのは分かるけれど……。


(だからって、どっちの肩書も私には荷が重いんだよなぁ。一応、これでも最初に比べればマシにはなったけど)


 信心深いこの世界の人たちは、聖女オニエスとやらが現実に現れたという評判を聞いて、こぞって私を聖女扱いなんてしてくれやがった訳だけど、セドリック閣下やユーステッド殿下が率先して噂を訂正するために私の実態を広めてくれたから、過度に私を崇めようなんて人も居なくなり、オーディスでも割と気楽に過ごせている。

 それでも聖女呼ばわりしてくる人間は一定数残ってはいるし、領外で私のことがどんな風に伝わっているのかは分からないけど、人の噂も七十五日と言うし、放っておいたら聖女認定なんて立ち消えるだろう。


(オーディスでの暮らしも馴染んだし、研究の環境作りもしっかりしてきた……正直、七年前は生活はどうなるものかと不安にもなったけど、上手く落ち着いたというか)


 ケイリッドの件のお礼に、セドリック閣下も研究支援を更に融通してくれると誓ってくれたし、万々歳とはまさにこのことだと思う。

 そんな風にこれまでの事を振り返りながら、辺境伯邸の前まで戻ってくると、丁度そのタイミングで馬車が正門前までやってきて、中から人が降りてきた。


「アメリア、戻ってきていたのか」

「あぁ、殿下。数日ぶりです」


 やはりと言うべきか、馬車から出てきたのはユーステッド殿下だった。

 馬車を使って辺境伯邸前まで乗り付けてくる人間なんて限られているし、セドリック閣下かのどちらかだろうと思っていたけど……何でこの人は私を見るなり、顔を顰めてくるんだろう?

 

「今回は数日間に渡る巨竜半島への調査とは聞いていたが、その薄汚れた出で立ちとだらしのない頭……やはりまともに風呂にも入らず、髪も梳かしていなかったか……!」

「失敬な。石鹸使って水浴びくらいはしてましたよ」


 というか、家屋なんて一つもない巨竜半島でどうやって風呂になんて入るんだ。

 

「それは分かっている。野外活動中なのだから、それも仕方ないと理解している……だがつい数日前までは、屋敷で規則正しい生活を送っていて、幾分かマシだったと思うとな」

「まぁ……どこぞの誰かさんが私の生活に色々口出ししてましたしね」


 その誰かさんと言うのは、言うまでもなく殿下である。

 どうも殿下にとって、私の生活習慣全体が許容できないくらいだらしなく見えていたみたいで、朝起きたらやれ顔洗えとか、髪を梳かせとか、夜になったら風呂に入れとか、それはもう全力で私の生活を矯正しようとしていた。


「大変ですねぇ、殿下も。人間ちょっと汚れたくらいじゃ死にはしないって言うのに、多忙な日々の合間を縫って私を風呂に突っ込もうなんて……」

「そう思うのなら、是非とも自発的に身嗜みを整えてほしいものなのだがな……!」

「だから、私だってお風呂が嫌いって訳じゃないんですってば」


 今にも顔に血管が浮かび上がりそうなくらいに、静かに怒りのボルテージを上げ始める殿下。これでも平時では風呂は欠かしていないんだけどなぁ。


(……あくまで平時の時だけだけど)


 ドラゴン研究には、どうしても手が離せない時間というものがあるから、私の風呂キャンセルは正当なものだ。

 髪だって、いちいちセットなんてしてられないし、洗顔なんて朝に目を擦れば一発である。なのにこの人、クソ真面目な潔癖症だから……。


「……言っておくが、全ての研究者が貴様のような不潔な生活を送っていると思ったら大間違いだぞ」


 心を読まれた?


「とにかく、一度風呂に入って来い。そのような薄汚れた姿で館を歩き回られたら堪ったもではない」

「え? 嫌です」


 何言っちゃってるんでしょうね、この人は? 私が巨竜半島で研究資料を大量に持ち帰ってきたばかりだというのを知らないのかな?


「私はこれから、顕微鏡の楽しい楽しい観察タイムなんです。今回の出征では普段滅多なことでは剥がれないドラゴンの爪とか鱗とかまで手に入りましてね、これの構造を調べてレポートにまとめるのが最優先。風呂は後回しになって仕方が無いんです」

「何が仕方ないだ、この愚か者がっ! こっちに来い! 今すぐ浴槽に放り込んでくれるっ!」

「ぐぇええっ!? ちょ、人の襟首掴んで持ち上げないでくださいよ!」


 ユーステッド殿下は、大荷物を背負っている私を片手で持ち上げて風呂場まで運び始める。

 気分的にはネコにでもなった気分だ。こうなったらもう逃げられないと悟った私は、抵抗を止めて大人しくすることにした。

 元々、顕微鏡調査は急ぎの案件でもないし、風呂にもその内入るつもりだったから。何より殿下は一度こうなると聞かないし。


「それにしても……この館に居候し始めてから、こういうシチュエーションは何度もありましたし、私が言う事じゃないでしょうけど、殿下が一々風呂場まで連行しなくても良いのでは?」

「本当に貴様が言えたことではないが……貴様は現状、客人という扱いなのだ。侍女や兵士などと言った階級の人間では、客人を乱暴に扱えないだろう。だから私自らこうしているのだ。このような下らない事に、叔父上の手を煩わせる訳にもいかないしな」


 ……うん、確かににそれはその通りなんだろうし、殿下の言葉に嘘は無いんだろうけど……。


「でも殿下って、女の人が苦手ですよね?」


 私がそう言うと、殿下は立ち止まり、啞然とした表情を私に向ける。


「……気付いていたのか?」

「これでも生物学者の端くれですからね。観察眼にはちょっと自信ありです」


 思い返せば、初めて殿下と顔を合わせた時の反応も過剰だったし、その時点で少し不自然に思っていた。

 それ以降も、侍女の人とは極力接点を持とうとしなかったり、女兵士さんからはさりげなく距離を取ったり、女性に対して一線を引く反応を示している姿を見かけて予想を口にしたんだけど、この様子だと当たりだったらしい。


「大方、相手に失礼の無いように普段の振る舞いには気を付けていたんでしょうけど、人間って無意識下の行動までは制御しきれないもんですからね」

「……私は、そんなにも分かりやすかっただろうか?」

「さて、それは相手の受け取り方にもよりますから何とも。少なくとも、私の目には大した問題にはなってないように映りましたけど」


 もし何か問題があるのなら、セドリック閣下がどうにか矯正していただろう。

 人間なんて全体の約半分が女なんだから、女嫌いだからって目に見えて態度を変えてたんじゃあ、領主になんてなれっこないし。


「アメリア……私は――――」

「あぁ、無理して説明とかしてくれなくても良いですよ」


 何かを言いかけた殿下の言葉を私は遮る。

 正直に言って、興味が無いのだ。この人の過去がどうであったとか、経歴がどうであったとか、肩書がどうであるとか、そんなもんで私は人との接し方を変えようなんて思ったことはない。

 そりゃあ、身分制度ってのがあるから言葉遣いくらいは気を付けるけど……それはそれ、これはこれだ。


「私にとって重要なのは、今ここにいる殿下と、これからの殿下ですから」

 

 時間を巻き戻すことは誰にも出来ない。だから限られた時の中を必死に生きる命は尊い。それはドラゴンも人間も同じ、あらゆる生命が放つ輝きだ。

 人間は過去を思い返す生き物で、時にはそうすることだって必要だと思う。けれど最後には時間の流れと共に前を向いて進まないといけない。

 殿下がこの地で懸命に前を向いて生き抜こうとしているのなら、それを無理に邪魔をして後ろを向かせるつもりは毛頭ないのである。


「……すまない。助かる」

「どういたしまして」


 殿下が発した謝罪と感謝の言葉が意味するところも、私は大して興味が無い。

 それでも今は前を向いてひたむきに走り抜けていきたいと、殿下が言外に訴えていることだけは、何となく伝わってきた。


「でもその割には私に対しては遠慮が無いんですよね。初対面の頃はともかく、少し経った頃くらいから今みたいに首根っこ掴んだり、頬っぺた抓んだり……私が怒らせたからっていう自覚はありますけど、それだけじゃちょっと不自然といいますか……」


 この手の事柄は心因性によるところが大半だろう。一体私の何が殿下の警戒心をすり抜けたのか、ちょっとだけ興味がある。


「それはきっと……私にとってお前は特別だからだろう」


 すると殿下は、真っすぐに私を見つめながら、艶のある声で語り掛けてくる。


「他の女性と同じなどと、思えるものか。私にとって、お前は……」


 その姿はまるで、前世で同じ小児科病棟に入院していた女の子が持ち込んでいた、少女漫画の登場人物のようで……。



「どこでも好き勝手に生きている、風呂嫌いな野良の犬猫のようなものだからな。一緒にしては、他の女性に失礼というものだろう」

「うん、でしょうね」


 

 そんなこったろうと思った。

 要するに、女として認識されていないのである。生物学上は女と理解していても、他の女性と同列に扱うには、私は世間一般の女性像からかけ離れている……そんなところだろう。


「だがそれ以上に、お前のことは気の置けない人物であるとも思っている」


 そう言うと、殿下は私の目を見ながら薄く微笑んだ。


「親族を除けば、この様に思える人間など一人も居なかったが……叔父上が指摘された通り、出会った時から今日までの積み重ねの中で、お前のことを悪友のように感じていたのだろうな」


 私は思わず虚を突かれたような気持ちになる。女扱いされていないことや、何だったら動物扱いされていることは予想していたけど、まさかそんな風に思われていたなんて……。

 

「……それは、閣下も皇族と野生児相手に凄いことを言うもんですね」


 そして私は、気恥ずかしいと感じながらも、殿下の言葉を否定することが出来なかった。

 きっと私自身、殿下と似たような気持ちだったんだと思う。お小言が多くて説教臭い、私とは何かとソリが合わない人ではあるけど、前世を含めた人生の中で、こんなにも気安く接することが出来る人は初めてだったから。


(こういう時、普段から生真面目な人って得だよなぁ)


 小恥ずかしいことを素面で言ってのけるんだから。私なんて、胸の内がムズムズとする、なんて表現すればいいのか分からない気持ちになってるっていうのに。


「そういう事なら、私も容赦も遠慮もなく、閣下からの指示を果たせそうですね」


 そんな気持ちを何となく悟られたくなかった私は、一気に話を別の方向に持っていく。


「叔父上からの指示?」

「えぇ。巨竜半島からの帰りに、軍港でセドリック閣下と鉢合わせた時に言われたんですけど……ドラゴンの騎乗部隊、その候補者が編成し終わったそうです」


 ドラゴンの軍事転用の第一段階として、私はセドリック閣下から兵士複数人を連れて巨竜半島に渡り、騎兵用として乗ることが出来そうなドラゴンと対面させるように言われていた。

 いわゆる、騎馬ならぬ騎竜との対面、そのセッティングである。餌である魔石を部隊候補兵自らに生成させ、それでドラゴン相手に実際に交渉してもらい、ウォークライ領で騎竜として共に戦ってもらう……言い換えれば、新設される騎乗部隊の兵士たちが、それぞれのパートナーとなるドラゴンを探しに行くのを手伝えという訳だ。


「そしてその第一陣に、何度も巨竜半島を訪れた貴方が含まれてるんですよ、ユーステッド殿下」



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