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NOT聖女です


 あの火災からしばらくの時が経ち、ようやく住民の混乱が収拾し、解凍された黒焦げの防風林の伐採、撤去が行われる中、私は私で面白いデータを収集することが出来た。

 ずばり、ドラゴンが恐怖を向けられた時に起こすリアクションである。仮説は色々考えていたけど、データが不足していて判然としないことが多く、ドラゴンは敵意を始めとした明確な害意を向けられると苛烈に反応するけど、恐怖に関してはどうなのだろうと長年思っていた。


(私の場合、ドラゴンのことは初めから大して怖くもなかったから、こういう実証実験は出来なかったし、やっぱり人数が増えると分かってくることが増えるな)


 不幸中の出来事ではあるけれど、今回の事態でケイリッドの住民たちがドラゴンを目撃し、明確な恐怖の感情を向けていたことは聞き込み調査で明らかになった。

 そうすることで、私の中でも最も有力視していた仮説に、一定の説得力が宿ったのである。


(ドラゴンは恐怖の感情に対しては無関心になる傾向が強いのかもしれない)


 火災が起きたあの時、住民たちは突如現れたドラゴンの群れに恐慌状態に陥ったという。ほぼ間違いなく、強烈な恐怖をドラゴンに対して向けていたはずだ。

 にも拘らず、ドラゴンたちの様子は身近で見ていても大きな変化はなかった。この事から私は、恐怖はドラゴンたちの生存本能を刺激しない可能性を高めたのである。

 

(多分、力の差があり過ぎるからこそ、ドラゴンにとって人間は敵意を向けなければ関心を寄せるほどの存在じゃないと、そう認識してるのかも)


 人間が足元を這うアリを見るのと同じだ。噛みつかれれば手で払うけど、逃げ惑うだけのアリをわざわざ踏み潰す理由が無い……あまりにも大きい力の差は、時として闘争の理由すら奪うっていう事かな?

 むしろドラゴン的には、恐怖を感じて別種族が逃げるなら、それは外敵になり得る存在が遠くへ行ったと安心する行動なのかも?


(そこら辺のことは、これからもっとドラゴンの行動を観察していかないと分からないけど……いずれにせよ、ドラゴンが人間社会に交わる為のハードルは下がったかな)


 この世界の人間がドラゴンに恐怖するのは当然の感情だけど、それで一々ドラゴンを刺激してしまえば、セドリック閣下たちが掲げたドラゴン関連の政策は全て水泡に帰すだろう。

 そういう意味では、恐怖の感情がドラゴンに与える影響が軽微である可能性が示唆されたのは、閣下たちにとっては僥倖かもしれない。

 そもそも、ドラゴンは肉食ですらないのだ。餌になり得ない生物に対して、何もないのに過剰な反応を示す方がおかしいと思う。


(敵意を向けなければ攻撃されることはなく、餌になる魔石で交渉を持ちかけることが出来る知的生命体……この事実が公になった時、発生しうる事態は色々考えられるけど)


 最もあり得そうなのは、食欲や自己防衛に基ずく害意ではなく、金銭や名誉に基ずく欲望を持ってドラゴンに接する人間が増加することだ。

 セドリック閣下がそうであったように、ドラゴンの力を利用しようとする人間は後を絶たないと思う。それ自体を悪と言う気は毛頭ないけど……純粋な生命維持の為の害意ではなく、人間にしか発し得ない欲望の感情を向けられた時、ドラゴンがどんな反応を示すのか、それに関しては本気で分からないというのが現状だ。


(私がドラゴンの生態を解き明かそうとするのも、言ってしまえば欲望の感情ではあるんだけど……ドラゴン側の匙加減って言うのがイマイチ分からないんだよねぇ)


 こういう時、高い知能と感情を読む能力と言うのは、考察と研究をするには非常に厄介だと思う。

 ドラゴンごとの個体差もあるだろうし……例えば、「ちょっと角や牙、爪や鱗を剥ぎ取るだけで殺しはしないから」と考える人間が近付いてきた時、私では色んな意味で越えられない一線を越える人間を前にした時、生存の為に必要な部位を奪われそうになったドラゴンはどんな反応を示すのか、私を含めた誰にも分からないのだ。


(とりあえず、ここまで分かったことと、起こりうる可能性の話を、セドリック閣下たちに報告しないと)


 ケイリッドの防風林が燃えていた時に折悪しく他領との境にある関所町に視察に向かっていた閣下は、知らせを受けると即座に視察を切り上げて大急ぎで戻り、三日前、ユーステッド殿下の指示の下で火災の後始末が終わって少し経った頃に到着した。

 今は火災発生によって発生した事務仕事に途中参加をしていて、ユーステッド殿下と一緒に執務室で励んでいるんだけど、それも一段落したから、改めて私の話を聞きたいと呼び出しを受けたのである。


(最近はケイリッドでの調査をしてたから、丁度タイミングが良かった)


 火災の鎮火後、無事に住民を落ち着かせることに成功したユーステッド殿下が、私の調査に協力するように色々と手配してくれたらしく、私はドラゴンの力で凍り付いた林や、村まで押し寄せてきたドラゴンに対して住民たちが抱いた感情についての調査を、存分にやることが出来たのである。

 

(正直、巨竜半島に調査に行ってたら、中々戻るタイミングが無かったし)


 巨竜半島は今なお、私のドラゴンに対する知的好奇心を刺激してやまない土地だ。そんなところに行ったら、私自身が観察と研究を切り上げるタイミングを逃し続ける自信があるし、そもそも呼び出しの兵士も来られなかっただろう。


(でもそっか……これから研究結果を人に報告する必要性が出てきた分、そこら辺のことも意識していかなきゃなのか)


 もう完全に趣味でやっていた時とは違う。今は受けた支援に対する研究結果を伝えないと筋が通らない。


(でも正直、そう言ったスケジュール管理みたいなのとは無縁だったから自信ないんだよねぇ……セドリック閣下、誰か研究助手みたいなのを私に付けたりしてくれないかな?)


 そんなことを考えながら、ケイリッドで閣下が寄こしてくれるという迎えの馬車が来るのを待っていると、ふと私に向けられた視線に気付く。

 視線をそちらに向けて見ると、いつの間にか私の隣に立っていた、十歳にも達していなさそうな茶髪の小さな女の子が、私の方をジッと見つめていた。


「えーっと、お嬢ちゃん? 私に何か用事があるのかな?」


 私は女の子の前でしゃがんで視線の高さを合わし、意識的に穏やかな声を出しながら問いかける。

 人間を含めた大抵の生物は、頭上から見下ろされるのが怖い。特に小さい子供となると尚更だろう。

 そんな私なりの気遣いが伝わったのか、女の子はおずおずと口を開いた。


「えっと……お姉さんに聞きたいことがあって……」

「うん、どうしたの?」


 女の子は顔を少し赤らめながら恥ずかしそうに両手の指を捏ね……しかしその眼差しにはキラキラとした光を宿しながら、私に問いかける。


「お姉さんが聖女様って……本当ですか……!?」

「…………はい?」


   =====


「巨竜半島と地続きになっているだけあってか、我がアルバラン帝国にはドラゴンを題材にした物語が多数存在する」


 ウォークライ辺境伯家の官邸。セドリック閣下たちに私が立てたドラゴンに関する仮説と、女の子から言われた突然の聖女様発言、その他諸々の事を報告すると、ユーステッド殿下が解説するようにそう切り出した。


「その中には、教会に伝わる神話もある。恐らく、件の少女が言っていたのは、畑を食い荒らして人々に迷惑をかけるドラゴンを、慈愛の心をもって説法することで改心させたという、神話の中の聖女、オニエスの事だろう」

「完全に人違いじゃないですか」


 私はそんな御大層な人間じゃない。ドラゴンとの関わり方だって、ドラゴンの生態を逆手にとって手懐けているだけだから、慈愛の説法とやらで従えてる聖女様とやらとは程遠いんだけど。


「そんなことは我々も理解している。しかし、改心させたことが切っ掛けで、ドラゴンが聖女オニエスに従うようになったという逸話は国内では有名だ。お前がドラゴンに乗り、吹雪を巻き起こして火事を鎮火した光景を見た人々が、お前と聖女オニエスを重ねて見るようになっても不自然ではない」

「えぇえ……そういうもんなんですか?」


 私は帝国のこと自体、あんまり詳しくないから、そういう神話があること自体知らなかったんだけど……。


「加えて言うなら、お前がケイリッドの住民たちの前でドラゴンの顔を撫で、餌として多くの人々が思い描いていた肉ではなく、魔石を与えて巨竜半島に帰らせていたことも大きい。そのような光景を見せられれば、お前の事を現世に現れた聖女オニエスなのではと疑うような者が現れるのも無理はない」

「いや、それは仕方なかったんですって! だってメッチャせっつかれてましたもん!」


 ジークを介して魔石を餌に氷竜の群れをケイリッドまで呼び寄せ、火を消させたのは良かったけど、おかげで私は合計で十一頭のドラゴンに寄って集って、「さっさと餌寄こせ、報酬払え」とばかりに頭で小突かれまくる羽目になったのだ。

 あれはあれで可愛かったし、私としては至福の一時ではあったんだけど……正直、あれ以上ドラゴンにお預けをするのは無理だったから、住民の前で魔石を与えることになっただけであって、断じて見せつけるような真似をしたかったわけじゃない。


「人は物語性のあるものを好む。領民たちが其方の行いに伝説上の人物の功績を重ねて見たというのなら、それだけ其方の為したことが大きかったという事。その証拠に、今のウォークライ領では《竜の聖女》が現れたと話題になっているな」

「勘弁してくださいよ閣下……私聖女なんてガラじゃないんですって!」


 オーディスやケイリッドを出歩いていると、何か視線が集中してるなって思ってたら、そう言う事だったのか。

 私は無神論者で、信仰心も何もない人間だ。そんな神聖視されてる存在と同一視されても、ただ恥ずかしいだけ……というか、率直に言ってキツい!

 この気持ちはもしかすると、普段は一切やらないコスプレでもさせられる時と似ているのかもしれない。こちとら、前世を含めても中二病が発症しなかったタイプの人間なのに、聖女なんて自称するどころか、他称されるだけでも勘弁してほしいんだけど!?


「でもおかしくないですか? 一般的には、ドラゴンには悪いイメージしかない筈ですよね? そのドラゴンを手懐けた人間ってことで、魔女呼ばわりされてもおかしくはないと思うんですけど? それがこぞって聖女扱いなんて…………はっ!?」


 そこまで言いかけて、猛烈な心当たりに思い至った私は、勢いよくユーステッド殿下の方に振り向く。

 殿下は最初、そんな私の事をキョトンとした顔で見つめ返してきていたけど、やがて何かに思い至ったのか、大真面目な顔で頷いた。


「無論、混乱を取り除くべく、事態の解決に至った経緯は領民たちに包み隠さず話させてもらった。火災の鎮火や平原に現れたハシリワタリカリュウの群れを巨竜半島に戻せたのは、ひとえにアメリアのおかげであると」

「犯人お前かぁっ!」


 一般人が権力者の意向に従うように、将来的にこの領を統治するユーステッド殿下が説明すれば、住民たちだってその内容をひとまず信じるだろう。

 大方、領民とも普段から公平で生真面目な態度を崩さずに接していただろうし、そんな殿下から経緯の説明を受ければ、「ユーステッド殿下に限って下らない嘘を吐くはずがない」と考える可能性が高い。

 そしてその話が人から人に捻じれながら伝わりまくって、今に至る……と。


「混乱を収めるにはそれしかなかったんでしょうけど……おかげで私は小恥ずかしい聖女呼ばわりされる羽目になったんですか……適当に自分の手柄にでもしてしまえば良かったものを……」

「臣民の功績の所在を明白なものとし、それを偽ることなく公にして、功績に見合った褒賞と評価を与えるのは、為政者として当然の事だろう。他者の手柄を掠め取ろうなど、もっての外だ」


 心外とばかりに、殿下は私の言葉を一刀両断する。

 あぁ、そうだった。この人ってこういう人だった……。


「いずれにせよ、これだけの事件が起こった後だ。其方のことが政敵に悟られぬよう情報封鎖をする手筈であったが、当初の想定通りには機能しなくなる可能性が高い。今の内に手を打つべく、正妃殿下には極秘裏に報告書を送ったが……人の口に鍵が掛けられぬ以上、それ以外の勢力にも其方のことが知れ渡るのも時間の問題であろうな」

「私のこと?」


 そう私が自分の顔を指差すと、セドリック閣下は重々しく頷く。


「すなわち、神話としてではなく、この世に実体を持って顕現した聖女オニエスが、巨竜半島のドラゴンを従え、災禍に見舞われたウォークライ領を救ったと……そのような話が」


 ……マジかよ……。私、本当に聖女とかそう言うのじゃないのに……。


「アメリア……その表情をどうにかした方が良い。正直、女性が人前で浮かべる表情としては、流石に……」

「……私今、どんな顔してます?」

「率直に言うのは憚られるが……顔のパーツが全て中央に寄ったかのような、非常に形容しがたい表情だ」

「それは……相当ブッサイクな顔になってるんでしょうね……」


 かくして私は、聖女と言う全く嬉しくない肩書を得て、それが世間に周知される羽目になるのだった。


   =====


 一方その頃、セドリックの推察が正解であったことを証明するかのように、ウォークライ領で起こった事件の顛末と、ドラゴンを手懐ける謎の少女の話は千里を駆け抜け、各地に点在する有力者の耳に届いていた。

 皇帝亡き今、アルバラン帝国で最大の権力を有する正妃を筆頭とした第一皇子派。

 その敵対勢力として暗闘を繰り広げる、第三以降の皇子を生んだ側妃たちの派閥。

 世界各地に情報網を張る豪商たちに教会関係者、近隣諸国の上層部。

 そして……エルメニア王家と、その忠臣であるリーヴス伯爵家。

 ドラゴンは最強にして最悪の狂暴な生物……そう根付いていた世界で今、これまでの認識を根底から大きく覆す若き学者の登場により、世間は静かに、しかし確実に大きく揺れ動こうとしていた。


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― 新着の感想 ―
ある程度意志疎通は出来るけど、言葉は通じない、良く有る通訳してくれる存在も居ないのが絶妙な面白さを作ってますね。
世界大戦でもおこしますか!面倒な連中を黒焦げにして(笑)
ギュッ
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