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人間の歪んだ母性

書籍第一巻の発売日が決まりました! 詳しくは活動報告をチェック!


 アルフォンスとターニャが話していた同日、フォルゲンの王族用の屋敷に自分用にと宛がわれた部屋から出ることもなく、暗い表情を浮かべるカーミラは静かに過ごしていた。

 王女を迎えるに当たって、急ごしらえながらも相応の調度品が揃えられた一室にあるベッドの上で、枕を抱えて息を殺すように過ごしているカーミラの姿は、見る人が見れば異様に映るだろう。


 それもそのはず、エルメニア王家第一王女のカーミラと言えば、良く言えば天真爛漫で通っている、明るく活動的な人物だ。

 お気に入りの侍女や護衛を引き連れて買い物や観劇に赴くのがとにかく好きで、グリムスタッド城を擁する王都では楽しそうに過ごしているその姿を見かけないという日の方が少ないくらいである。


 堅苦しい儀礼や国交の場よりも、自由の利く市井や華やかなパーティーを好む、ある意味で王女らしくない……まるで裕福で家族から甘やかされて育った平民の少女のような振る舞いが目立つカーミラは、当然ジェーダンでも自分の思うがままに楽しく過ごしていたのだが、ドラゴンの襲来によってフォルゲンに避難してきてからというもの、部屋に籠って外に出ようとしない……これはカーミラをよく知る者からすれば、極めて異例の事態である。


「ただ今戻りました、姫様」


 そんなどこか怯えたような振る舞いを見せるカーミラの元に、筆頭侍女であるターニャが戻ってきたことで、カーミラはようやく顔を上げると、彼女はベッドから飛び降りてターニャの元へ駆けつける。


「ターニャ、どうなったの? 別荘は調べられてないわよね?」

「はい、ご安心ください姫様。アメリア・ハーウッド博士の調査の手が入るより前に、王国政府から帝国への正式な通達が受理され、別荘跡地は一時的に封鎖されることとなりました」

「本当……? 良かった……」


 心底安心したかのように崩れ落ちそうになるカーミラの体を、ターニャは何食わぬ顔に優しい微笑みを重ねて、そっと支える。

 自分が遠回しに実の娘に圧をかけて調査の手を止めるという作戦が失敗に終わったことは、敢えて口にしない。そのようなことをすれば、この最愛の主君からの信頼を損なうだけだから。

 そんなターニャの心境などまるで察していないのか、カーミラは幼い頃から実の母である王妃よりも最も身近に接してきたターニャに縋るように問いかけてきた。


「ねぇターニャ、私は悪くないわよね? だってこんなことになるだなんて思っていなかったんだもの……お兄様だって司祭様だって、誰も教えてくれなかったわ。なのに『私が悪い』みたいな目で見てくる人が沢山居て……私怖くて……」

「あぁ、姫様……本当にお労しい。まさしく仰る通り、姫様は何も悪くありません。だというのに、姫様に非があるかのように宣う者たちは、栄えあるエルメニア王家の臣民失格なのです」

「そうよね……ターニャもやっぱりそう思うわよね? やっぱりターニャは私のことをよく分かっているわ」


 主語が抜けていて、傍から見れば何を話しているのかがイマイチ分からない会話をくり広げると、カーミラはターニャに甘えるように抱き着く。

 そんな主の仕草に、ターニャの胸は強い充足感と優越感で満たされていき、任務の失敗と実の娘の言動に荒んだ心が癒されていくのを感じ取った。


(そうよ……この天使のように愛くるしい姫様が最も頼りにしているのはこの私。マルコでもなければ、王太子殿下でも、ましてや王妃殿下ではない)


 王家の忠臣として有名なリーヴス伯爵家……そこに嫁いだターニャは、実は口で言うほど王家そのものへの忠誠心が高くない。

 曲がりなりにもリーヴス家の人間として、王家への忠誠心が高いかのように振舞っているが、彼女は元々リーヴス家とは無関係な他家の人間。政略結婚で嫁いできた、経済的に困窮していた子爵家出身の長女であり、支度金目当ての父が夫であるケインに売り込んだがゆえに、リーヴス家に輿入れした身だ。


 その際、王家への忠誠心が強いかのように振舞うように徹底的に仕込まれたからこそ、ケインの目に掛ったわけであるが……実際のところ、ターニャはごく普通の幸せな家庭を夢見ていた少女でしかなく、王家へ絶対服従を心から誓うほど忠誠心は厚くない。これはケインも知らないターニャの本心である。

 貴族として生まれたからには、愛のない結婚になることは予想していた。だからこそ、ケインとの婚約にも表立って文句は言わなかったし、男女の愛が無くても家族としての愛は育めるのではないかと、結婚してしばらくの間は期待もしていたのだ。


 ――――いいか、とにかく王家の利となる人間を生んで育てろ。それがお前を買い取った理由だ。

 ――――それこそが王家のため、そして我がリーヴス家の更なる躍進のためなのだ。


 しかし、そんなターニャの幻想は他の誰でもないケインの言動によって粉微塵に砕かれた。

 曲がりなりにも妻となった人間を「買い取った所有物」、「王家や自分の利となる道具を産むための道具」として扱われては、ターニャも夫とまともな家族関係を築くことは諦めざるを得なかったのだ。なんだったら、記念日を祝うことはおろか、命懸けの出産を終えた後でも労わりの言葉を掛けることもない夫に嫌悪感すら抱いていた。

 ならばせめて、子供とは穏やかな関係を……そう考えたこともなかったわけではないが、ターニャはケインとの間に生まれた子供たちを愛することは出来なかった。


 生まれてきた子供は二人揃って、髪色や目つきなど、父親の外見的特徴を色濃く受け継いでいたのだ。

 自分の子供ならきっと可愛いし、愛せるはず……そんな理想を抱いていたターニャからしてみれば、見る度に嫌悪する夫の姿が脳裏に過る子供の顔など、そう見たいものではない。

 しかも教育方針に関してもケインが多分に口出しし、王家や自分に絶対服従の駒するように仕向けてきたことで、長子のマルコも今となってはケインそっくりの息子に成長していた。

 当然、そんな子供を愛せるはずもない。アメリアにしても、マルコと同様に育つのではないかと思うと、親密な関係を築こうとは思えなかったのだ。


 本当ならそんな家庭など、捨てていけばよかったのかもしれない。貴族であることを捨て、市井に下って自由を手に入れることが出来れば、人生をやり直すことだって出来ただろう。

 しかし、誰もが今の生活を捨てて生きていけるとは限らないということも、ターニャは冷静に理解していた。

 生活水準を落とすというのは簡単なことではない。それが貴族として裕福な暮らしをしてきた者なら尚の事……アメリアのように、いきなり着の身着のまま未開の大地で生きていける豪胆さと柔軟さを、全ての人間が持ち合わせているわけではないのだ。


 少なくとも、ターニャにはその選択に踏み切ることは出来なかった。嫌悪しているはずの夫から見限られ、貧困な暮らしをするくらいならと、夫に合わせて王家への忠誠が厚い人物を演じることを選んだのである。

 そんな不満に包まれながらも自分を押し殺す日々を続け、アメリアを産んですぐに、王家から打診が届いた。第一王女、カーミラの乳母……ゆくゆくは、筆頭侍女として抜擢したいという通達だ。


 どうやらケインの働きが王家に認められ、その妻であるというのであればということで、ターニャに白羽の矢が立ったらしい。

 それを聞いた時は迷いもしたが、リーヴス家の屋敷で夫によく似た子供に囲まれるよりかはマシという程度の動機と、ケインから「王女の乳母となれば王家からの覚えも目出度くなる」という圧力を受ける事で、ターニャは引き受けた。

 こうして流されるがままに王宮に訪れることになったターニャだったが、そこでカーミラと初めて出会った時、ターニャは雷に打たれたかのような衝撃を感じた。


 生まれたばかりのカーミラは、ターニャが理想としていた自分の娘そのものの姿をしていたのだ。

 自分のように鋭くない丸くて円らな瞳に、自分と同じ色をしながらも艶やかな金髪。そして将来性を感じさせる愛くるしい表情……その全てが、ターニャが思い描きつつも諦めた、「可愛い自分の子供」の姿だった。

 正直乳母としてのモチベーションなどなかったターニャだったが、今から自分が仕えることになった小さな主を見て、俄然やる気を出してきた……それこそ、同年に生まれてきた実の娘を忘れるほどに。


 乳母として働くことになってから、ターニャはそれはもう献身的にカーミラに仕えた。

 二十四時間全てをカーミラのために使う事を厭わなかったし、その為なら実の子供のことは全て後回しにして、必要に迫られれば手紙を通じてリーヴス家の使用人に子育てをさせるように手配し、そうして捻出した時間をカーミラの為に使った。

 そんな働きぶりを見ていた周囲の人間は、「自分の事よりも王家を優先する臣下の鑑」……などと持て囃していたが、その実態は違う。


 ターニャは、カーミラに「自分の理想の子供」の姿を重ね合わせていたのだ。

 生まれて成長するにつれてケインに似た容姿をした淡白な性格になっていく娘よりも、我儘だが明るく、見目麗しく成長していく王女の方が世話をしていて楽しい……ターニャはカーミラに仕えることを通じて、かつて夢見ていた幸せな家庭を疑似体験していたのである。

 自分の子供もこんな風に愛くるしければ良かったのに……そんな風に考えながら毎日をカーミラに仕えることに費やしていく内に、ターニャの胸の内にある願望が芽生えるようになる。


(この方から最上の信頼を寄せてもらいたい……王妃様以上に、実の母親のように!)


 ターニャは何時しか、カーミラにとって最も信頼できる人間になりたいと考えるようになった。そうすることで初めて、満たされなかった自分の心が他人からの親愛によって満たされる……そう考えたからだ。それからのターニャは、もう手段を選ばなかった。

 憎々しい夫に同調して王族からの好感を得ることで侍女の役目を解任されるのを防ぐのも厭わなかったし、カーミラ本人からの信頼を得るために彼女の我儘は、婚約者や家族との時間を求める侍女や護衛騎士たち、御用商人や劇団の都合など無視して、「王家の意向に歯向かうのか」という殺し文句を多用してでも叶えることに躊躇いは無かった。

 そしてカーミラの身に危険が迫れば、実の娘ですら進んで生贄に使うくらいに、ターニャはなりふり構わなかった。


 その結果、今ではターニャはカーミラの筆頭侍女として絶大な信頼を寄せられるようになった。

 共にいる時間も多忙な王妃より遥かに多く、まさに実の母同然という立場を得ることが出来たのである。

 しかもカーミラが聖南創神会から聖女の称号を与えられ、多くの臣民から信仰に似た支持を得られたことで、ますます誇らしく感じられるようになっていた……だというのに。


(死んだと思ったのに今更現れて……私の姫様(むすめ)を悲しませるなんて、絶対に許せない……!)


 ターニャは悲しむカーミラを慰めるための紅茶を淹れながら、竜の聖女などと持て囃されている実の娘の姿を思い浮かべる。

 元はと言えば、王族の為の駒にするために産んだというのに、命懸けで出産した母親の言うことなどまるで聞こうともしなかった。その結果、カーミラがどのような気持ちになったのかを想像しようともしなかったであろうアメリアの姿を思い浮かべると、心底腹が立つ。


(私とは全然違う生き方で……どうしてあんなに……)


 まるで親の意向など知ったことではないとばかりに、自分とは正反対な自由闊達な在り方を示すようになったアメリアの姿を脳裏に浮かべ、ターニャは黒い感情を胸に湧き上がらせながら、懐に忍ばせている自衛用の短剣の感触を確かめるのだった




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― 新着の感想 ―
電子書籍版、買いました!イラストも良くて面白かったです!
ろくでもないな。結果、王女もまともに育たなかった。ターニャは貴族に向いてないんですね。
 きっとカーミラはターニャを愛してるワケじゃないぞぅ? 便利だから愛想を振り撒いてるだけで、いざとなれば切り捨てるのに躊躇わないだろ。
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