思わぬ形で叶う
書籍化します。詳しくは活動報告をチェック
「ぎゃああああああああああああっ!?」
「あらら、怒らせちゃった」
「って凄い呑気ですね!?」
怒ったドラゴン、それを実際に生で見たクラウディアが悲鳴を上げる中、ソラバシリオオリュウは【走竜科】特有の強靭な後ろ脚で大きく跳躍。たった一歩で五十メートル近く先から、私たちの前に着地する。
地鳴りと共に着地し、地面に大きなヒビを入れながら周囲の瓦礫を一瞬だけ浮かび上がらせたソラバシリオオリュウの姿に、周囲の人間の間に強い緊張が走ったのが見て取れた。
「はいはい。シグルドにシロ、他の皆も、ちょっと落ち着いてねー」
そんな中、私が真っ先に心配したのは私たちと同行していたシグルドを筆頭としたドラゴンたちだった。
ソラバシリオオリュウが放つ怒りの思念波に当てられて、彼らも一斉に動向を鋭くさせながら威嚇行動を取り始めたけど、今ここで本格的に戦い始めれば、ジェーダンの環境は調査不可能なレベルまで滅茶苦茶にされる。
応戦の意思を見せようとした彼らに対して強い思念波を送り、鎮静化を図っていると、ヴィルマさんが慌てた様子で口を開いた。
「そんな悠長なことを言っている場合では……! お逃げください博士!」
「……いや、大丈夫でしょう。狙いは私たちじゃないみたいだ」
そう、こうして私たちの目の前まで現れたソラバシリオオリュウだけど、即座に攻撃する行動を見せなかった。
大抵の動物にとっての飛び掛かりは攻撃動作だ。スピードの乗った状態で獲物に突撃して押し倒し、牙や爪を突き立てるための行動。これはドラゴンが外敵を排除する時にも用いられる、特に珍しくない行動なんだけど……。
(怒って突撃してきた割には、そのまま攻撃に移行しなかった……?)
正直な話、ソラバシリオオリュウが怒って向かってきた時には何人か死人が出るなって思ってた。
全員が着地地点から急いで飛び退いたから踏み潰されることはなかったけど、【走竜科】のドラゴンたちは飛び掛かりを避けられても後ろ脚をクッションにして着地の衝撃を受け流し、即座に追撃に出るという、強靭かつしなやかな後ろ脚を活かした二段構えの攻撃を仕掛けることが多々ある。
相手も生物である以上、こうなったら必ずこうする……といった決まった行動を取る訳ではないけど、確実に怒りを露わにしながらも、今なお攻撃を仕掛けてくる気配がないのは妙だ。
(まるで途中で冷静になって、必死に自制しているみたい)
あの一度怒ったら手が付けられないドラゴンが? まさか人間を殺すことに罪悪感を覚えた訳でもないでしょ。
やはりこの場所に何かあるのか……そんなことを考えていると、舌をベロベロと伸ばしていたソラバシリオオリュウが、ふと視線をある一点に固定する。
「……ひ……っ!?」
その視線の先には、実母たちエルメニア王国から送られてきた連中がいた。
「ちょ、不味くないですかアレ!?」
その事にクラウディアも嫌な予感を感じ取ったのか、警告するように私に声をかけてくる。
野生動物の調査現場に踏み込むというのは命懸けだ。怪我する覚悟も死ぬ覚悟もなくそこに踏み込んできた以上、どうなったって自己責任だと思うけど、まぁ確かに人道的観点から見れば助けた方が良いというのは分かる。
(でもそれ以上に、ソラバシリオオリュウは私たちに反応せず、実母たちに反応した……その違いは何だ?)
昨日から私たちは、ソラバシリオオリュウの傍でウロウロしてたけど、これと言った反応は示してこなかった。
気もそぞろ……と言うべきか。害を加えてこないと理解された途端、明らかに興味の対象から外れていたのに、つい先ほど到着したばかりの実母たちに対してはこの過敏な反応。
未検証のまま見殺しにするのは、あまりに勿体ない。しかし、助けようとした場合でもソラバシリオオリュウが執拗に追いかけてくる可能性も高い。無策で動けばこっちもタダでは済まない訳だけど……。
「よし、ヴィルマさん。お手数かけてすみませんけど、海まで回収しに行くの手伝ってもらって大丈夫ですか? クラウディアとシロもね」
「は? 今何と……」
私は返事を聞くより先にシグルドに思念波を送り、実母たちの元へとにじり寄っているソラバシリオオリュウの元へ駆け出す。
(この別荘、海が近くて良かった)
恐らく景観を楽しめるようにした立地なんだろう。この別荘跡地は海沿いの小高い土地にあって、砂浜も徒歩ですぐに着くところにある。これなら上手いこと逃がせるだろう。
実母たちを挟む形でシグルドの口を海に向けると同時に、ソラバシリオオリュウには当てないようにシグルドに風のブレスを吐き出させた。
「――――――ッ!?」
体内で圧縮された空気の塊が実母たちの正面の地面にぶつかると同時に広がる爆発的な風圧によって、実母やそれに同行していたエルメニアの兵士たちが、声にならない悲鳴を上げながら一斉に海へと吹き飛ばされる。
それを見ていたクラウディアやヴィルマさんたち、そして今にも襲い掛かりそうにしていたソラバシリオオリュウは、どこか唖然とした様子で星となって海へと落ちていく実母たちを眺めていた。
「ふぅ……一件落着。ごめんねー、なんか変なのを連れて来ちゃったみたいで、この通り、全部追っ払ってあげたからさ。不安だったみたいだけど、これで許してくんないかな」
「いやいやいや! 何も解決してなくないですか!?」
私がソラバシリオオリュウに思念波を送りながら宥めていると、クラウディアが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ちょっとうるさい。あんまり興奮するとドラゴンがビックリするじゃん」
「あ、すみません。でもそれとこれとは話が別ですって! 他国の兵士を吹っ飛ばすのはヤバいですよ! しかも聞いたところによると、あのターニャ・リーヴスって侍女の人、貴族夫人ですよね!? しかも宰相夫人!」
「まぁそうだね」
多分この世界的には前代未聞の事態だとは思う。貴族……それも宰相という高い地位に就いた人物の妻が海に吹き飛ばされるなんて。
私自身、こんな日が来るなんて思わなかったわ。あの何時もすました顔をした実母が声にならない悲鳴を上げるとは、世の中何が起こるか分からないものである。
「でもこのくらいしないと、ソラバシリオオリュウとの戦闘になってたよ。そうなってたら絶対死人が出てたし、私たちも無事じゃすまなかったかも」
「確かに手荒な手段でしたが、あの状況では正解でしたね。ソラバシリオオリュウも、気が立った原因と思しき人物たちが居なくなったことで落ち着いたようですし」
まだフーッ、フーッと鼻息を荒くしているソラバシリオオリュウだけど、先ほどよりかは明らかに落ち着いた様子を見せている。
というか、困惑しているのかもしれない。自分が倒そうとしていた外敵と同じ種族の人間が、その同族を力ずくで追い払ってしまったことに、知能の高いドラゴンはかえって混乱しているのかも。
「そうそう。そもそもいくらソラバシリオオリュウが落ち着いてるからって、ふとした拍子で襲われる危険性も十分あったのに不用意にこんなところまで踏み込んできた連中に責任があるんだし、こっちはむしろ命の危険から逃してあげたんだから、褒められることはあっても責められる謂れは無いって」
大方、私からの報告を拡大解釈して襲われる心配はないなんて思ったんだろうけど、浅慮としか言いようがない。
しかし、他の商人たちも書類とか商品を何とか回収できないかと思いつつも危険性を考慮してジェーダンに来ていないのに……エルメニアは何をそんなに焦っていたんだろう?
機密事項の保全は確かに大切かもしれないけど、本当にそれだけが目的だったのかな?
「……とりあえず、早く海から引き上げに行かないとね。連中には聞きたいことが山ほどあるんだ」
とりあえず優先事項の順番を並べ替え、私は瓦礫の撤去を一時中断してヴィルマさんやクラウディアたちに手伝ってもらいながら、海へ落ちた実母たちの救助に向かうことに。
結構な距離まで吹き飛ばし、沖の近くまで行っちゃってるから、シロに海を凍らせて氷の道を作ってもらって、そこに実母たちを引き上げようかな……なんて頭の中で算段を立てていると、私はふと昔の事を思い出す。
(そういえば、実母は次にあったら絶対にぶっ飛ばす……なんて思ったことあったっけ?)
すっかり忘れていた昔の恨みを思わぬ形で叶えたけど、私はこれと言った感慨も湧かなかった。
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