媚びない女と急変の竜
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(あー……こんな顔だったっけ?)
七年以上ぶりに見た実母の顔に対して、私はそんな呑気な感想が頭に浮かんだ。
朧げな記憶の中の母よりかは老けただろうか? 皺とかが目立つ外見になった実母は、どことなく睨むような眼差しを私に向けてくる。
「失礼ですが、ハーウッド博士に何か御用でしょうか?」
そんな実母からの視線を遮るように、ヴィルマさんたち護衛の兵士たちが私とクラウディアの前に出た。
ヴィルマさんを始め、私の護衛として選出された、辺境伯軍でも特に口の堅い兵士たちは、セドリック閣下から私の本当の経歴っていうのを聞かされているという。
普段は話題に上がるような内容ではないけど、エルメニアが絡んでくる事態になったら気を付けろと言い含められるのか、口調こそ平静ではあるけれど、表情はどことなく険しいように見える。
「……突然の来訪、失礼いたしますわ。この度は、ハーウッド博士にどうしても通達しなくてはならないことがございまして」
そんなヴィルマさんたちの態度に実母も似たような表情を浮かべる。
表面上は平静を装っているけど、どことなく気が立っている……まるで表情が変化しない動物が、人知れず威嚇しているかのような、そんな雰囲気だ。
「ハーウッド博士は我が国において非常に重要な立場にある方です。博士との会談には帝国政府からの正式な許可が必要となっておりますが、許可証はお持ちでしょうか?」
え? 私と話すのって最早許可制になってるの?
知らない内に私の周辺環境が凄い事になってることに密かに驚いていると、実母は目を細めながら静かに口を開いた。
「……私共はこの度、王太子殿下、並びに第一王女殿下からの勅命を受けて動いております。是非ともハーウッド博士にお取次ぎいただきたい」
「へ……!? お、王太子殿下に王女殿下……?」
そんな話をBGM代わりにしながら作業を進める私の隣で、不安そうな表情を浮かべていたクラウディアが、素っ頓狂な声を上げる。
兵士をゾロゾロ引き連れてきた時点で思った通りと言うべきか、政治の世界では大物の名前が出てきたように思う。大抵の人間なら王族……それも国王に次ぐ地位の人間を引き合いに出されれば、怯むなりなんなりするだろう。
「……申し訳ありませんが、お断りします」
しかし、何事にも例外がある。
自分たちにとってより馴染みがある強いリーダーを持つ動物の群れ……アルバラン帝国の辺境伯軍直属の兵士たちには、エルメニア王家の威光も十分に働かないらしい。
「今この地における全権を、王太子殿下は国王陛下から任されております。王太子殿下のお言葉は王国政府からの正式な要請と同義ですが、それでも?」
「例え王国政府からの正式な要請であっても、我々に対する命令権はセドリック・グレイ・ウォークライ辺境伯閣下のみが有しております。閣下からの正式な指令がない以上、我々は事前に与えられた任務を遂行するのみです。どうしても博士にお伝えしたいことがあるのであれば、帝国政府からの認可を得ていただきたく思います。伝言であれば我々がお伝えすることも可能ですが……」
キッパリと断るヴィルマさんに、実母はしばらく黙り込む。
それから少し考えて結論に至ったのか、『では』という短い前置きをしてから、実母は言い放った。
「単刀直入に用件だけをお伝えします……ジェーダンに存在する王家の別荘に、しばらくの間立ち入らないでいただきたいのです」
「え?」
その言葉に、私は思わず作業していた手を止めて実母の顔を見る。そんな私の顔を見て、実母は一瞬だけ目を瞠ると、僅かに口角を上げたのが見えた。
興味なさそうにしていた私の関心を、思わぬ形で引いたとでも思ったんだろう。それもそのはず、今まさに王家の別荘跡地を調査しようとしてたのに、そこへの立ち入りをするなって言われて納得できるわけがない。
「あの別荘には、流出が固く禁じられている機密情報が記された資料が数多く存在しているのですが、ドラゴン襲撃の混乱により、処分することも回収することも出来なかったのです。しかし、現時点ではドラゴンも落ち着いた様子であると耳にし、王太子殿下が我々に資料の回収を命じられ、こうして参った次第です」
あの別荘では、王太子が大勢の文官を引き連れて、ソラバシリオオリュウがやってくる直前まで仕事をしていたというし、機密情報が書かれた資料なりなんなりがあっても別におかしい事ではない。後ろの物々しい格好をした兵士たちは、瓦礫から資料を回収する人員兼、もしもの時の戦闘要員ってところだろう。
しかし、王女付きの侍女である実母がここにいる理由がない。その細腕と服装じゃあ、明らかに作業の邪魔にしかならなさそうだし。
「我が国の機密を他国の方の目に入れるわけには参りません。資料を回収次第、我々もすぐに撤退いたしますので、どうか立ち入りはお待ちいただけませんか?」
でもそんな疑問に対する答えは、相変わらず物静かな口調のまま、視線に明確な圧を込めて私に語り掛けてくる実母の姿を見て、何となく察しがついた。
もしかしたらこの人、実の母親が言えば実子の私が言うことを聞くとでも思っているんじゃなかろうか? 今思い返してみれば、会う度に高圧的に色々と命令してきて、私も下手に逆らったら面倒な立場だったから、適当に引き受けてたんだっけ。その結果、最終的には巨竜半島送りにされた訳だけど、この人にとっては自分の子供は何でも言う事聞くのが当たり前なのかもしれない。
(本当、家族仲とはとことん縁が無いなぁ……私も)
この人にとっての私は、親の言うことを何でも聞く幼い子供でしかないんだろう。
世間一般では、そういうのを毒親と呼ぶのを思い出した。前世でも今世でも、そういうのにとことん嫌気が差していたっけなぁ。
……まぁ、それはそれとして。
「私に調査の手を止めろ? 嫌です」
機密情報だの、王家からの勅命だの、色々言っていた実母からの要請を一蹴すると、辺りに変な沈黙が流れた。
実母やその後ろに控えている兵士たちは思考が止まったかのように硬直してるし、隣にいるクラウディアは『何言ってんのこの人……?』とちょっと引いたような表情を浮かべ、ヴィルマさんたちも『え? ここは取り合えず調査を止める場面じゃないの?』とでも言いたげな顔をしている。
「理由をお聞きしても……?」
「だって、おたくの事情とか私に関係あります? 資料とかを回収するのは止めはしませんけど、だからって私が調査を止める理由とか無いですし……こちとらソラバシリオオリュウの行動の謎を解くヒントが得られるかもと思ってすっごい興に乗ってたのに、それに水を差すとかマジ勘弁です」
これが帝国側の事情であったなら、私も少しは待ってやってた。
私と帝国政府は持ちつ持たれつの関係で、色々と支援して貰ってるし、その分帝国側への見返りとか配慮とかもある程度はしてやるつもりだ。
でも王国政府に対してそこまでしてやる義理があるのかって言われると、別にない。なのに私の研究を止めようだなんて、そんなの納得出来るわけがないのである。
「先ほども言ったように、機密情報を外部に漏らすわけにはいかないのですが?」
「大丈夫です、そんなの欠片も興味ないですから」
何だったらエルメニア王国にも、王族にも、実母にも現時点でそこまで興味がない。だからこそ、私はさっきまでロクに話を聞かずに荷物を纏めて出発の準備をしてたわけだし。
「そういう問題ではなく、他国の方の目に入れるわけにはいかないという意味で……」
「大丈夫です、見つけた紙は見ないようにするんで。ほら、クラウディアも出発するよ」
「え? え!? でも、大丈夫なんですか? まずは教会跡地から調査するっていう手も……」
「いんや、まずは別荘跡地から調査したい。だってソラバシリオオリュウが居座る頻度は、別荘跡の方が高いんでしょ?」
クラウディアの調査報告書によれば、ソラバシリオオリュウは主に別荘跡地をウロウロしているようだ。
教会と別荘を行ったり来たりしている理由は分からないけど、移動頻度や滞在時間を考慮すれば、ジェーダンから離れようとしない原因が別荘跡地にあると考えるのは妥当……だったらまずはそこから調査するのが合理的だ。
「まぁ、大丈夫大丈夫。ドラゴン研究は全てにおいて優先されるから」
「全く大丈夫ではありませんが!? ちょっと、待ちなさいっ!」
やんわりと止めようとしてくる実母を適当にあしらい、私は思考を切り替えながらシグルドの背中に飛び乗る。
王族の別荘跡地と教会跡地。この二か所にソラバシリオオリュウを引き付ける何かがあるのだと思うと、今からワクワクしてきて仕方がない。今の私を止めることは、たとえ神様だって出来ないだろう。
「そんじゃあ、資料回収したかったら勝手にやってもらって大丈夫なんで。私たちの事は気にせず、適当に済ませといてくださーい」
「あ、ちょっ!? アメリア博士!? お待ちくださいっ! 我々も護衛として向かいますっ!」
「あーもうっ! そう言えばあの人ってこういう人だった!」
待ても言われてもう十分待った私は制止を振り切って、知的好奇心の赴くままシグルドに乗って別荘跡地に急行する。
すでに瓦礫の山と化した跡地では、ソラバシリオオリュウが長い舌を出したり引っ込めたりしながらウロウロしていて、鼻先で瓦礫を退かしたり、甲高い鳴き声を上げたり、相変わらず理由が判然としない行動を繰り返していた。
「は、博士ーっ! 待ってくださーい!」
そこに少し遅れて、ドラゴンに乗ったクラウディアたちが追い付いて来る。
そんな彼女たちを見て、ソラバシリオオリュウは若干警戒したかのような仕草をしたけど、やがて瓦礫弄りを再開し始めた。
「ほ、本当に良かったんですか? 王国側からの要請を断っちゃったりして」
「まぁ大丈夫でしょ。いざって時はユーステッド殿下辺りに頑張ってもらうから」
「……殿下の気苦労が、今から伺えますね」
ユーステッド殿下に丸投げする発言にヴィルマさんが苦笑するけど、それは今に始まった話じゃない。
それに、私だって雇用主であるセドリック閣下や正妃様に言われて調査している身だ。その二人から、またはその二人の権限の一部を与えられて今回の任務に就いているユーステッド殿下に直接言われない限り、調査の手を止める理由がない。
それこそ、ヴィルマさんたちが言うように、ユーステッド殿下やセドリック閣下にでも掛け合ってから来いって話だ。
「それで、これからどうします?」
「そだね……まずは瓦礫を撤去してみるところから始めてみようかな。ソラバシリオオリュウが求めている何かが、この瓦礫の下に眠っているかもだし」
観察だけで分からない場合、手を加えてみるというのもまた、生物学に必要なプロセスだ。
前世では観察用のガラスケージなんて物もあったけど、アリの巣だって昔は掘り返してみなければ分からないことだらけだったというし、今回は私も観察という手段から、直接手を出すという手段に切り替える時が来たんだと考えている。
「とりあえず、紙とか本とかが出てきたら内容は出来る限り見ないようにして、隅っこに置いておこう。後ついでに服とか装飾品とか、屋敷を使ってた人の所持品みたいなのも一緒に」
「あ、やっぱり意地でも調査する気なんですね」
「流石は博士……権力者の事情も一切考慮しない」
そう呆れながらも、とりあえずクラウディアたちも協力はしてくれるらしい。
正直、ヴィルマさんたちが協力してくれるっていうのは有難い。この人たち、災害救助も仕事の一つなだけあってか、瓦礫の撤去も得意分野だし、瓦礫が崩れて下敷きにならないように指示してくれると、調査と瓦礫撤去がスムーズに進みそうだ。
「でも大丈夫なんでしょうか? ソラバシリオオリュウがこの場所に執着してるのは確かみたいですし、勝手に弄り回したら怒るんじゃ……?」
そう言って、クラウディアは近くにいるソラバシリオオリュウにチラリと視線を送る。
まぁクラウディアの懸念も理解はできる。しかし、現時点ではそれは杞憂に終わると、私は考えていた。
「その可能性は低いと思う。本当に瓦礫の撤去を嫌がるなら、とっくに威嚇するなり邪魔するなりしてくるだろうから」
試しに「今から瓦礫を退かす」という思念波を送ってみるけど、ソラバシリオオリュウは特に反応を示さなかった。彼にとって、瓦礫自体に関心がない証だろう。
「とりあえず、ソラバシリオオリュウの反応も確認しながら作業を進める。何か異変が起こったらすぐに知らせるから、ヴィルマさんたちも協力お願いします」
そんな訳で、ヴィルマさんたちの協力を得ながら瓦礫の撤去を進めることに。
身体強化魔法やドラゴンの力を駆使し、上の方から瓦礫を丁寧に取り除き続けてしばらく時間が経つと、見覚えのある一団がこちらに急いで向かってきた。
「お、お待ちください……! 調査は、しばらく待ってほしいと……!」
ドラゴンに乗って移動してきた私たちに、完全に置いてけぼりにされた実母たちが、ようやく別荘跡地に到着したのだ。
それに対して、ヴィルマさんたちは作業の手を止めて警戒体制に移るけど、私は瓦礫を撤去する手を止めることなく、実母に視線を送ることすらせずに返事をすることにした。
「大丈夫ですって。機密が書かれた紙とかは見ないんで。あ、何だったら一緒に瓦礫撤去します? そうしてくれたら私たちも助かりますし、そっちも人手が手に入る上に資料を見てないかどうかを監視出来て一石二鳥でしょ?」
「いえ、ですから……! 他国の方に立ち入りしてほしくないと何度言えば……!」
表面上は他国の人間に対する姿勢を崩さないけど、明らかに苛立った表情を私に向けてくる実母。
正直、ここまで邪魔してくると面倒だなぁ……なんて煩わしく思っていた、次の瞬間。
「ガァアアアアアアアアアアアアッ‼」
怒声なんて生易しい物じゃない、さっきまで大人しくしていたはずのソラバシリオオリュウが憤怒の咆哮を上げ、怒りで瞳孔を鋭くさせながら猛然とこちらに向かって走ってきたのが目に入った。
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