巨竜の不安
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「お待ちください、博士。我々は閣下より、博士の身の安全を確保せよとの命令を受けています。どうしてもあのドラゴンに近付いて調査するというのでしたら、我々も同行いたします」
クラウディアが『やっぱりこの人頭おかしい』と言わんばかりの目で私を見ていると、その後ろからヴィルマさんたちを乗せたヘキソウウモウリュウたちが前に出てくる。
ヴィルマさんたちの主張は、至極当然だろう。この人たちは辺境伯軍の兵士で、そのトップであるセドリック閣下の命令を受けてここにいるんだ。ここで私に言われた通りに待機してたら、それこそ命令違反になりかねない。
「それならそれで別にいいですけど……それなら武器を置いて、私と徒歩で近付いてもらうことになりますけど、大丈夫そうですか?」
「それは、どういう事でしょうか?」
「見ての通り、あのドラゴンは積極的に暴れるほどでないにしろ、興奮状態にはあります。ちょっとした刺激で暴れ始めてもおかしくはない」
そう言いながら、私も竜爪のナイフを地面に降ろしたリュックサックの上に置く。
携帯した武器の存在は、どうしても人間の内側に害意の芽生えを促す。ドラゴンが害意に反応する以上、神経が過敏になっているあのソラバシリオオリュウに武器を持って近付くのは避けた方が良いのだ。
「シグルドたちヘキソウウモウリュウにしても同様。力の強い生物がこれ以上近付くのは、避けた方が良いでしょうね」
今はとにかく、刺激を与えないことが最優先……中型以上のドラゴンの接近は止めておいた方が良いと、私は判断する。
大型竜と中型竜の力の差はかなり大きいけど、それでも人間と比べて無視できるほどって訳じゃない。人間だって、アリが数匹近付いてくるのと、スズメバチ一匹が近付いてくるのとでは受ける刺激は段違いだし、ドラゴンにもこれが当て嵌まることは、巨竜半島で行ってきたこれまでの観察結果から経験的に知っている。
その事を包み隠さず伝えると、ヴィルマさんたちは互いに顔を見合わせ、最後には無言で頷いた。
「承知いたしました。それでは我々も武装を解除して、博士にお付き合いさせていただきます。いざという時は魔法を行使してお助けいたしますので、そこはご承知して頂きたく思います」
そう言って、ヴィルマさんたちはヘキソウウモウリュウの背中から降り、武器を地面に置く。
どうやら向こうも覚悟を決めたらしい。となると、後は精々最悪の事態にならないように立ち回るしかないかな。
「そんじゃあ、クラウディア。私がソラバシリオオリュウを近くで観察している間に、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「は、はいっ! なんでしょう?」
私は地面に置いた荷物の中から、ペンと画板と数枚の紙をクラウディアに手渡す。
「ちょっとシロに乗って、空からジェーダンの建物の被害状況と、ソラバシリオオリュウの行動を記録してくれない? 簡単な地図を作るみたいな感じで」
「わ、分かりましたっ」
白いドラゴンの背に乗って街全体を見下ろせる高度まで上昇していくクラウディアを見送り、私は改めてソラバシリオオリュウの方に向き直る。
ソラバシリオオリュウが何らかの目的でこの街にやって来て留まり続けているのなら、その行動を観察していれば何かが掴めるかもしれない。思い付く手は何でも試してみないとね。
「さて、それじゃあ行きましょうか。まずは私からコミュニケーションを図るので、後ろに付いて来てください」
「了解しました」
そう言って歩みを進める私の後ろに、ヴィルマさんたちが付いてくる。すると、ソラバシリオオリュウは素早く私たちの方に視線を向けると、頭を低くして尻尾を上げるという、【走竜科】のドラゴンによく見られる威嚇の姿勢を見せ始めた。
(この距離からもう威嚇行動を……やっぱり神経過敏になってるな)
立て続けに、少し口を開いてヘビのような鋭く長い二本の牙を剥き出しにしながら、グルルルル……という低い唸り声まで上げてくる。
恐らく、臭いによって私たちが近くまで来ていたことを察知していたんだろうけど、いざ近付いてきたら警戒も強くなるようだ。
少なくとも、平常時におけるソラバシリオオリュウよりずっと気が立っている。『これ以上近付けば攻撃するぞ』と言いたげなソラバシリオオリュウの姿勢を見て、私は片手を軽く上げてヴィルマさんたちに停止の合図を送り、思念波を送りつける。
「どーも、初めましてになるかな? 巨竜半島で会ったことがあるかもだけど、ちょっと見覚えのない特徴してるからさ」
これに関しては私の言葉は正しいと思う。
ドラゴンは同じ種族でも個体ごとに微妙に爪や牙の形、角の角度や長さ、鱗の模様、尻尾の曲がり方などが違うんだけど、私は一度接した個体の特徴は全て覚えている。記憶違いという訳でもなければ、目の前にいる個体は私が出会ったことがないドラゴンだ。
「そんなに気を立てなくても大丈夫。何もしないし、嫌ならこれ以上近寄らないからさ……ただこんなところで何してんのかなぁって思って」
餌場でもない場所に留まり続けて何してるのか……そんな思念波を送りつけた時、ソラバシリオオリュウが頭を少し上げて、空いていた口も少し閉じたのを、私は見逃さなかった。
人間とドラゴンは言葉でやり取りできないし、思念波でもやり取りも人間側からの一方通行である以上、今回のような一件が起こればまず第一にこちらから相手の事情を聞き、尊重する姿勢を見せるのが肝要となるのだ。
(人間のコミュニケーション能力でドラゴンの意図するところを理解するには根気がいるんだけど……思ったよりも、分かりやすい反応を示したな)
となると、何か目的があってジェーダンまでやってきたと考えるのが、ひとまずの基本方針になるかな。
まぁソラバシリオオリュウの方も、いきなり現れた私たちに警戒を解くほど信頼を寄せていないのは明白。つい最近まで人間から攻撃を受けていたって言うんなら尚更だ。むしろ威嚇だけで済ませているのがおかしいまである。
あのドラゴンからより明確なサインを示してもらうには、もっと日数を掛けて友好を示さないといけない……それは良いんだけど。
(やっぱり……健康状態が……)
無数の鱗で気付きにくいけど、あのドラゴンは体のあちこちに骨が浮き上がっているくらいに痩せ細ってしまっている。
やっぱり魔力濃度の低いジェーダンで長期間留まり続けるのはドラゴン……特に大量の栄養が必要な大型竜にとって負担でしかないんだろう。
「……よし。ここは人間の出番でしょ」
私は【雷竜目】に属するソラバシリオオリュウが好む、雷属性の魔石を生成する。
弱ったドラゴンへの栄養補給手段として、魔石を食べさせるというのはウォークライ領に滞在する以前から行ってきて、経験的にではあるけど有効であると判明している。拒食症にでもなっていない限り、栄養失調のドラゴンの回復に一役買うはずだ。
「お、反応を示しましたね。博士」
突然生成された高濃度の魔力塊。それは栄養が不足したドラゴンにとって、涎を垂らすほど魅惑的に映るのだろう。私たちを警戒しつつも、その視線は私の手にある魔石に釘付けだ。
「お腹空いたでしょ? ここに置いとくから、好きな時に食べなー」
私は雷の魔石を地面に置くと、そのままヴィルマさんたちと一緒に魔石から距離を取る。
その行動を見て罠ではないとでも判断したのか、ゆっくりと魔石に近付いてきたソラバシリオオリュウは長い舌を駆使して魔石を持ち上げ、そのまま口の中に……入れなかった。
「……何だって?」
腹を空かせているはずのソラバシリオオリュウは舌先で魔石を保持したまま、どこかへ歩き出す。その後ろを一定の距離感を保ちながら付いて行くと、やがて倒壊した建物の前まで辿り着くと、ソラバシリオオリュウはおもむろに瓦礫の隙間に魔石を放り込んだのだ。
一体何をしているんだろう……そんな疑問に駆られた私は、ソラバシリオオリュウが立ち去ったタイミングを見計らい、件の瓦礫の前までやってくると、暗がりの中を魔法で照らしながら覗き込んでみた。
「これは、壊れた魔道具…………いや、雷の魔石か! 餌になる魔石を集めているのか!」
そこには無数の壊れた魔道具……より正確に言えば、街灯の照明部分を始めとした、雷の魔石が組み込まれた数種類の魔道具の残骸が幾つも貯め込まれていたのだ。
食糧の貯蔵準備と考えるのが一番可能性が高いだろう。しかし、それは私が培ってきた研究成果からは考えられないことでもあった。
「餌を貯蔵している、という事でしょうか? クマのように冬眠などに備えて……」
「いや、それはちょっと考えにくいですね」
確かにドラゴンの中には、魔石を貯め込む種族もいる。しかしそれはシメアゲカエンリュウのように大気から魔力を摂取出来ない一部の種族の中の、その更に一部にのみ見られる行動。
生物が食料を貯め込む理由は餌が少ない季節を乗り越えるため、熟成のため、防衛のため、縄張りの主張のためなど多岐に渡るけど、ソラバシリオオリュウのように大気中の魔力を主食とする大半のドラゴンには、そもそも食糧を貯蔵する理由がないのだ。
「つまりこれは、何らかの目的のためにドラゴンの知能の高さが導き出した、本能から外れた行動です」
ジェーダンという魔力濃度が低い土地で生きるために、この様な行動を取り始めたのだろうか?
でもそれだと、あんなに痩せ細ってまで食料を貯め込み続ける理由が分からない。生命維持のために、多少は食べるはずだ。
少なくとも、あのソラバシリオオリュウは私の知識の埒外にある行動を取り続けている……一体どうしたのだろうと頭をグルグル回転させていると、不意にソラバシリオオリュウが上ずった甲高い鳴き声を上げ始めた。
「なんて寂しげな鳴き声……なんだか、実家で飼っている猟犬を思い出してしまいますね」
「その例え、間違ってませんよ」
普段は何かと低い鳴き声や咆哮を上げるドラゴンに似つかわしくない、上ずった甲高く寂しげな鳴き声。
これは人間の耳で理解できるドラゴンの数少ない感情表現の一つ……不安を表明する、SOSサインだ。
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