地竜の王
お待たせしました、今日から投稿を再開……したいところなのですが、大変申し訳ありません。
実は出版社様から書籍化作業の追加を言い渡されまして、そちらに集中することになり、登校がまたしばらく中断させていただきたく思います。
楽しみにしてくださった読者の皆様には大変申し訳ありませんが、その分、書籍版は満足感のある一冊にし上がるよう、誠心誠意を込めて作業に当たらせていただきますので、何卒ご理解していただければ幸いです
あれはまだ、私がドラゴンの食性について理解が及んでいなかった時の事。
当時ドラゴンたちが何を食べて生命活動を維持しているのが不思議でならなかった私は、巨竜半島中を駆け巡ってはある物を探し続けていた。
『無い……無い……! どこにもない……!』
ドラゴンたちが生きる上で絶対にあるはず……当時はそう思い込んでいた私は、見つかるはずのないそれを探し求めては、見つからないことに絶望し、探索に訪れた岩山と思っていたモノの上で両膝を付け、固く握った両手を地面に打ち付けて叫んだ。
『ウンコはどこだぁあああああああああああああああああああっ!?』
そう、排泄物である。
今でこそドラゴンが魔力食で、他の生物たちとは排便事情が大きく異なっていると判明しているけど、当時は固形物を食べることもせず、排泄物を全然残さなかったドラゴンたちの生態が不思議で不思議で仕方がなかった。生物学的にあり得ないだろって感じで。
そんななぞを解明する活動の一環として、私は一時期ドラゴンたちの排泄物を探し求めるという無謀な探索をくり広げていたのである。
『これだけの数のドラゴンたちが居て、固形の排泄物が一切見つからないってどういうことなの……!? まさか私のドラゴン研究が、こんな形で早々に暗礁に乗り上げるなんて……!』
どれだけ排泄物を探して追いかけても辿り着けない。あの時の私にとっての排泄物とは、光すら届かない遥か彼方の星と同じだった。
自分の力と知識不足、前世で培ってきた常識を覆される事態に絶望すら覚えた私は、岩山の崖際で打ちひしがれていたんだけど……そんな私が発した強い思念に反応したんだと、当時を振り返って見て思う。
『え? ちょ、何これ? 地面が傾いて…………あぁああああああああああっ!?』
私が単なる岩山だと思っていた地面……その正体である生物が『一体何事か』と言わんばかりに、地鳴りのような音と一緒に無数の土や岩を落としながら鎌首をもたげて、私は森に向かってコロコロと転がり落ちる羽目になった。
これが、私が巨竜半島に生息する六頭の主の存在を知ることになった最初の切っ掛けである。
=====
「あ、あの……! 今、確かに動きましたよね……? この岩山……!」
「は、はい……見間違えでなければ……」
目の前で確かに起こった事象に驚愕を隠せない二人。
見間違いでなければ……なんて疑惑は抜け切っていないけど、それもそうだろう。山が動くなんて言うのは、科学万能だった前世ではもちろんのこと、魔法という科学では説明が効かない文明が発達したこの異世界でもまずあり得ない。
ましてやそれが一個の生物なんて言われたんだ。魔法か何かで幻覚でも見たんだと言われた方がまだ信じられると思う。
「まぁ気持ちは分かりますけどね。でも上空からこの岩山全体を見下ろしてみれば、印象変わりますよ」
「そうなのですか……?」
「そうなのです。論より証拠、まずは上空から見下ろしてみましょう」
私がそう言うと、ティア様とクラウディアは半信半疑ながらも、それぞれが駆るドラゴンに思念波を送り、上空へと浮上する。
岩山の大きさ的に、かなりの高度まで上がらないと全体像を見渡すことは出来ないけれど、飛行能力を持ったドラゴンであればそれも容易だ。
そうして周辺の木々が米粒のように小さく見える高度まで上昇し、改めて岩山を見下ろしてみると、二人の表情は再び驚愕に染まった。
「あっ!? 本当です! 今まで気付かなかったけれど、高い所から見下ろしたら大きいドラゴンみたいな形してる!」
上空から見ろした岩山……その姿は自然物と呼ぶには不自然なくらい、トカゲやワニのような四足歩行の爬虫類に似た、生物としての形を成しているのだ。
ただこれだけなら偶然でも片付けられる。奇岩地帯の岩々然り、自然物には到底見えない自然物なんて世の中にはゴロゴロあるからね。
でも……そんな疑いも岩山の先端、尻尾の方を見れば速攻で払拭されるだろう。
「見てください……! 尾の部分が、明らかに揺れ動いていますっ」
大きすぎるから近くで見たら気付きにくいけど、上空という遠目から見れハッキリと分かる。岩山の先端……この森林地帯の主の尻尾がユラユラと動き、その辺りの木々を薙ぎ倒して緑の樹海の中に茶色いスペースを作り出してしまっていると。
「どうです? 私の言った通り、リヴァイアサンよりも明らかに大きいでしょ?」
「確かにその通りですけど……まさかこんなに大きいなんて思いませんでしたよ……! これ、何メートルくらいあるんですか!?」
「さて……正確な長さはまだ測れていないけど、何メートルあるかというより、何キロメートルあるかって言った方がいいかもね」
少なくとも、数百メートルなんてものじゃない。明らかに数キロメートル……下手すれば十キロにも達してるんじゃないかってくらいレベルの、生物としての常識を遥かに逸脱した全長だ。
「私自身、最初はアレがただの岩山だって思ってたよ。一個の生物だとは思わず排泄物探しに登った時とか、急に動かれたもんだから森に落ちる羽目になってさぁ」
「それは大丈夫だったのですかお姉様!?」
「うん、見ての通り五体満足です」
その時は怪我こそしたけど、森の木々がクッションになって命は助かった。地面に落ちてたら、私は今頃微生物たちの餌になってたね。
「でも後になって調べ直してみたら、岩山の正体を示唆していたドラゴンたちもいたんですよ。ほら、あれ」
私が岩山の側面を指で指し示すと、ゲオルギウスとシロの二頭が私たちを乗せたまま降下する。
そうして私が指差した場所に向かうと、そこには数頭の生物が岩肌に張り付いていた。
「何ですかあれ? 大きいヤモリ……?」
「ううん、見た目こそ巨大ヤモリだけど、一応あれもドラゴン。思念波の感知器官である角が生えてるし、体温を確認してみたら、変温動物じゃなくて恒温動物だったし」
種族によって体温は異なるけど、ドラゴンは見た目に反して恒温動物だ。
あの一本の角を生やした、全長二メートル越えの巨大ヤモリのような姿をした生物も同様。あくまで私が決めた定義ではあるけど、ドラゴンと爬虫類は体温調整能力と感知器官の有無によって分けられる。
「ヤマハダヤモリモドキリュウっていう、【地竜目四脚竜科】のドラゴン。四肢に生えている微細な毛を凹凸に食い込ませることで、この森林地帯の主に張り付き、その体から溢れ出ている魔力を吸収する寄生種です」
これは地球におけるヤモリと同じ原理だ。
彼らは四肢に生えている微細な毛によって壁の僅かな凹凸に触れることで、ファンデルワールス力という分子間の引力を発生させ、それを利用して壁に張り付いていると思われる。
あの巨体が張り付くにはそれだけじゃ足りないだろうから、固有の魔法で引力を増大化させている可能性が高いけど、それでも爪や吸盤、粘着力を使わずに壁に張り付いているのは確かだ。実際、足の裏に触れてみたら僅かに毛の感触がしたし。
「寄生……ドラゴンの中にも、そういう種族が居るんですね」
「現状はそう判断してるってだけですけどね」
もしかしたら鮫などの大型魚に張り付き、寄生虫などを食べるコバンザメのように、主にとって有益な働きをしている共生生物かもしれない。
けれども現状では、ヤマハダヤモリモドキリュウが主から溢れ出る魔力を一方的に吸収しているところしか確認できていないので、現状では寄生生物として仮の定義付けをしている。
「初めてあのドラゴンを見た時は、なんでずっと岩肌に張り付いてるんだろうって疑問ではありましたよ。意味もなくあんなことをしているとは思ってなかったからね」
普通、生物が崖などの不安定な場所に定住する理由は天敵から逃れるためだ。
多くの捕食者は切り立った崖を登るのは困難。その肉食獣から逃れるために鳥類の多くは高所に営巣するし、中にはシロイワヤギなど、開閉可能な特殊な構造の蹄によって岩を掴み、崖を上り下りして肉食獣から逃れる哺乳類も存在する。
「でもここは巨竜半島、ドラゴンを積極的に襲う生物など滅多に居ません。となると崖に張り付く理由は他にあるんじゃないかと思って調査したんですけど、感知魔法を習得したことによって、ヤマハダヤモリモドキリュウたちが、岩山から魔力を吸収していることが分かったんです」
そう説明しながら、私たちは岩山の先端。すなわち、頭部の方へ移動する。
そのまま岩肌を添うように移動していくと、そこには人間よりもずっと大きいゲオルギウスと比べても、更に巨大な眼球が私たちを見下ろしていた。
「その吸収源となった岩山の正体……それこそが、巨竜半島に存在する全ドラゴン最大サイズを誇る森林地帯の主。【地竜目四脚竜科】のオオイワヤマリュウ。個体名、ヨルムンガンドです」
岩山に浮かぶ巨大な眼球……それを見たことで、ティア様たちも現実を直視せざるを得なかったらしい。
二人して唖然とした様子で、ヨルムンガンドと見つめ合っている。
「まさか……こんな大きな生物が、本当に実在しているなんて……」
「私も最初は信じられませんでしたよ。一見すると、本当にただの岩山ですし。なんでこんな大きさをしているのかとか、全身を岩で覆い隠しているのか、何もかもが謎の状態ですからね」
全身を岩で覆い隠すこの超巨大ドラゴンは、七年間観察を続けてきた私の目から見ても理解不能な生態をしている。
何しろ、既存の知識内にある生物学が殆ど通用しないのだ。他のドラゴンたちの生態は、地球に生息した生き物たちの生態からヒントを得て仮説を立てることが出来るんだけど、ヨルムンガンドを含めた主たちは、前世で溜め込んだ知識がまるで通用しないことが多い。
だからこそ研究のし甲斐があるから、私としては調べれば調べるほど楽しくて仕方ないんだけど、解明の糸口が掴めない生物たちであるというのは確かだと思う。
「ただ仮説として、ヨルムンガンドは地形を操る力があるんじゃないかって考えてるんだよね」
「はいっ!? このドラゴン、そんなことまでするんですか!?」
「うん。というのも、この森林地帯は地下水脈が不自然なくらいに密集してるんだよ」
地下水脈があることで安定した水分補給、ミネラルなどの豊富な栄養素が確保できることで、地球でも地下水脈の上は植物が育ちやすい。
そこに噴出孔から噴き出る膨大な魔力が加わることで植物が異常成長を遂げ、この地帯は巨竜半島において最も緑豊かな場所になっているんだけど、その一因となっているのがヨルムンガンドなんじゃないかって考えている。
「ほれ、見てみ。ヨルムンガンドの顔の前に、大きな湖があるでしょ?」
私が指差した先に、クラウディアたちは視線を向ける。
そこには青々とした水で満たされ、無数の川となって巨竜半島の各地へ流されている、広大な湖があった。
「ドラゴンも生きるのに水は必須。あの湖はヨルムンガンドの飲み水になってるんだけど、閣下に取り寄せてもらった専用の調査魔道具で水底や地下水脈の流れを調べてみたら無数の水脈が繋がって出来ているのが分かったの」
それだけだったら別に変には思わない。地下水脈が一か所に集中し、湖を作り出すのは別に珍しい事じゃないから。
けれど巨竜半島を地中探査用の魔道具で調べてみたところ、大半の地下水脈がヨルムンガンドの前にある湖に集中していて、その流れを辿ってみると、不自然な形で地下水脈の跡とも思われる地下空洞が存在しているのが分かった。
まるで人為的に地下水脈を埋め立てながら、それとは別に新しい水の通り道を作って水脈を一か所に集中するように仕向けたかのように。
「それが原因かは分からないけど、荒野地帯みたいな生物が原因になって荒れているのとは別に、膨大な魔力で満ち溢れているはずのこの半島には不自然に緑が少ない場所が点在している」
奇岩地帯とかが正にそれだ。あの場所も魔力で満ち溢れているはずなのに植物の異常成長などが見られず、地下水脈の跡と思われる空洞が幾つか確認されている。
「確かなことは地質学者の先生とかを呼んで調査してもらわないと分からないけど、ヨルムンガンドが鉱物に干渉して形状を操る固有の魔法が使えるのは事実。体を覆っている岩が剝がれると、それを定期的に補修してるしね」
巨竜半島では大岩を砕くドラゴンというのは珍しくない。岩の下に隠れている本体が脆弱で貝類のように身を守る為に岩を纏っているからか、はたまた別の理由があるのか、ヨルムンガンドは自分から岩が剥がれることを嫌うというのは確かだと思う。
「お姉様の仮説が事実だとすれば、生物という枠組みから外れているとしか思えない力ですね……今は巨竜半島の中に納まっていますが、もしこのドラゴンが大陸に進出すれば環境に絶大な変化をもたらすのでは……」
「そうですね。実際にそうなる可能性はともかく、半島から出たら周囲の環境を激変させる力を持ってるのは事実です」
ティア様の懸念も当然の事だと思う。
ヨルムンガンドも、リンドヴルムも、リヴァイアサンも、巨竜半島の中にいるから人間社会に影響を出してないだけで、もし近年増加している餌場を求めて巨竜半島の外に進出するドラゴンたちと同様に大移動を開始すれば、人間社会への影響は計り知れない。それがドラゴンたちの主が持つ力だ。
「まぁそれでも、これまで案内した三頭はまだ可愛いものですよ。他の三頭は、近寄るだけでも危険が伴いますからね」
何しろ地・水・風の力を持つドラゴンたちは人間に災害をもたらす一方、恵みをもたらす側面もある。付き合い方次第では、上手く共存できる可能性だってあるだろう。
しかし残りの三体の主……炎・氷・雷を司る彼らに関しては、人間との共存は不可能かもしれないのである。
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