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火竜の海渡り


「とりあえず、角や尻尾、指などに奇形は見られない……無事に生まれて良かった」


 そんな私の安堵をよそに、三匹の赤ちゃん竜は、生まれたばかりだというのに立ち上がろうとしては転ぶという動作を、何度も何度も繰り返している。

 余りにも懸命な小さな命の行動を優しく見守りたい気持ちにかられながらも、私は考えた……これは少し、急がせた方がいかもしれない、と。


「ユーステッド殿下! 今すぐ兵士の人に伝えてもらえますか!? 最初に話した通り(・・・・・・・・)、指定した位置で最終準備をするようにと!」

「……っ! 承知した!」


 殿下は急いで近くにいた監視役の女兵士さんに何かを命じる。

 それを見届けた私は、地面に降ろしていた画板とペンを再び手に持ち、生まれてきたばかりのハシリワタリカリュウの子供の様子をつぶさに観察しながら、知りえた情報の全てを紙に書き込み始めた。


「凄い……! 流石ドラゴン……生まれて数分と経たずに、もうここまで……!」

「アメリア、こちらから指示は出し終えた。今私の馬に伝令役を乗せて、お前が初日に(・・・)指定した場所へと向かわせた」

「ありがとうございます、じゃあ殿下は今の内に、新しい馬を連れてきてもらっていいですか? 私と殿下、二人乗りが出来るのを」


 私はドラゴンたちから目を離さず、ペンを動かす手を止めないまま、後ろにいる殿下に対して指示を出す。

 皇族相手に不敬であるのは理解しているけど、正直今はそんなことを気にしていられない。孵化から矢継ぎ早に続く、この決定的な瞬間を少しでも多く記録するために。


「しかし、本当なのか? 生まれて一時間以内で、ドラゴンの群れが移動を開始する可能性があるというのは」


 未だに信じられない様子で問いかけてくる殿下に、私は手短に「はい」と答えた。


「動物は人間とは違い、生まれれば早々に自力で移動できる能力が求められています。人間にも馴染みが深い馬とかでも、生まれて来て数時間で歩き始めるでしょう? それはドラゴンも同じなわけですけど……その早さは、馬などとは比較にならない」


 私はかつて、翼を羽ばたかせて空を飛ぶ翼竜科のドラゴンが孵化する瞬間に立ち会えたことがある。

 その時も、生まれてきたばかりのドラゴンはヨタヨタと頼りない足取りで、その頼りない翼では飛べそうになく、鳥の雛のように時間をかけて成長し、やがて飛ぶ練習を経て大空を舞うようになるのだろうと、最初は思っていた。


「でも違った。そのドラゴンは、生まれて来て一時間も経たない内に空を飛び始めたんです」


 一部の虫や魚など、孵化してからすぐに食事や移動を開始する生物もいるけど、恒温動物が自立する能力としては、なかなか例が無いと思う。

 魔力食という、食物連鎖の輪から逸脱したかのような食性もそうだけど、それだけドラゴンが生存能力に長けた生物なのだと実感せざるを得ない。


「現に今、たった数分前に生まれたばかりのドラゴンは、立っているだけなら安定していて、不安定ながらもすでに歩き始めています。走り始めるのも時間の問題でしょう」


 そしてその時こそが、ハシリワタリカリュウたちは停留を止め、自分たちの本来の暮らしである移動を開始する。そうなる前に、こちらも準備を終わらせなければならない。

 すなわち、ハシリワタリカリュウの群れがアルバラン帝国領の奥へではなく、巨竜半島へ向かうための準備を。


「だから私は、調査開始の前日……ウォークライ領に来た日の夜に、ガドレス樹海を迂回して巨竜半島へ続く道を作るよう、閣下にお願いしたんですから」


 ハシリワタリカリュウが孵化してからすぐに走り始めることは予想出来ていた。だから今回は、さして慌てることなく事を進めることが出来たのだ。

 本来、生まれてきたばかりの子供を抱えた、翼を持たない走竜科のドラゴンの群れが通るのを嫌がるであろう、巨竜半島へ唯一続く陸路でありながら、魔物の巣窟であるガドレス樹海を迂回して、半島へ向かうことが出来る、第二の道の建造に。


   =====


 そして私は、その瞬間(・・・・)が訪れるまで群れに密着して、その様子を見守りながら一心不乱に目の前の出来事を書き殴る。

 殿下の方も、私たちが移動するための馬を用意してくれていて、後は準備してくれている人たちを信じて、ただ待ち続ける時間が過ぎていった。

 

「グォオオオオオオオオオオオオンッ!」


 それから大体、数十分くらい経った頃だろうか……三匹の子ドラゴンたちが走り回り始めたのを確認したとばかりに、母竜が天にまで響くような号令の咆哮を上げたのだ。

 呼応するように、他のハシリワタリカリュウたちも短い鳴き声を上げ始め、それを見た私が「遂に移動が始まるのだ」と確信すると、ハシリワタリカリュウの群れがガドレス樹海とは別の方向に向かって走り始めた。


「アメリア、乗れ! 例の場所へ向かう!」

「はい! よろしくお願いしま……うおっ!?」


 ジークを肩に乗せた私はユーステッド殿下の手を掴むと、思ったよりもずっと強い力で引っ張り上げられ、そのまま馬に乗せられた。


「殿下って、ヒョロそ……線が細いように見えて、意外と筋肉あるんですね」

「未熟とはいえ軍閥の人間だ。有事に備え鍛えてるのは当然だろう。それよりも余計なことは喋るな、舌を噛むぞっ」


 私を自身の前に座らせ、手綱を掴んだ両腕で私が落ちないようにすると、殿下は馬の腹を蹴る。

 すると走り出した馬は、そのままハシリワタリカリュウの群れと並走し、遂には少し追い抜き始めた。


「やっぱり……生まれたばかりの子供を抱えたままだと、移動速度は格段に落ちてる」


 ハシリワタリカリュウの走行速度は、馬よりも格段に上だ。にも拘らず、馬で彼らを追い抜くことが出来たのは、歩幅が小さく、成体と比べるとどうしても足が遅い幼体たちに、群れ全体が気遣ってスピードを落としているからだろう。

 ドラゴン……特に集団で暮らしている種族は、社会性が高い。知能が高く、感情を理解できる分、子供への愛情も強い傾向がある。

 だからこそ、彼らはガドレス樹海を通らない。これは私が、どれだけ餌で釣っても同じことだ。


「おーい、こっちこっち! あっちはね、敵がいっぱいいるから! こっちに来れば敵もいなくてご飯も美味しいよー!」

 

 ならば別の方向からアプローチを試みればいい。

 今回、私がハシリワタリカリュウの群れと交流を続けたのは、単純に彼らと仲良くなりたかったからだけじゃない。こうやって移動を開始した時、私の言葉を……アルバラン帝国方面に向かえば人間と敵対し、巨竜半島に向かえば平和に暮らせるという光景を強くイメージして私が送ってくる思念波を、信じてもらえるだけの信頼を得るためだ。


「見ろ……群れが我々に追走し始めたぞ!」

「よーし! このまま突っ走りましょう!」


 そんな私の狙い通り、ハシリワタリカリュウの群れは私たちが乗る馬を追いかけ始める。

 殿下はそれを確認すると、オーディス方面から逸れてポルトガ方面へと馬を走らせ始めた。

 ドドドドドドド……と、地鳴りのような足音を鳴らしながら付いてくるドラゴンの群れは、さながら恐竜映画から飛び出してきたかのような光景で、大抵の生物なら見かけただけで裸足で逃げ出すだろう。


「もうじき目的地点だ! 振り落とされるな!」


 しかし殿下は、背後から迫ってくる迫力に屈することなく、私の心配までしながら群れの誘導を成功させる。

 辿り着いた場所は、私がポルトガへの物々交換に行く際に中継地点として使っている砂浜。普段は聞き心地の良い波の音が響く、風光明媚で静かな場所だけど、今日ばかりは普段とは違った様相を見せていた。


「殿下! 準備は完了しております!」


 そこには大勢の兵士や魔法使いが私たちを出迎えていて、海には砂浜から巨竜半島まで続く、巨大な氷の橋が形成されていた。

 これこそが、私が提案した第二の道。辺境を守る軍人たちを総動員し、魔法で海面を凍らせ、その上に滑り止めの砂を満遍なく大量に撒いたのだ。

 つい先ほどまで、氷の橋を冷却し続け、舗装していたのだろう。近くまで来て見てみると、溶けた形跡も殆ど見られないし、体重の重たい生物が二十~三十頭通ったくらいでは割れなさそうなくらいに分厚い。


「このまま氷の橋を駆け抜けて半島まで群れを誘導してください! 私たちが彼らに先んじて通っていれば、群れも安心して通り始めます!」


 私がそう指示を出すと、殿下は迷うことなく馬で氷の橋を走り始め、その後ろに付いてきていたハシリワタリカリュウの群れも、次々と氷の上を走り始めた。

 氷の上を走っているとは思えない、想定していたよりも随分と安定して馬が走れている。後ろを振り返って見ると、群れのドラゴンたちは幼体も含めて、走り難そうにしているわけでもなさそうだ。


「これは砂が良い仕事してますね!」


 人が駆る馬に先導され、本来ならば泳ぐことも飛ぶことも出来ない火竜たちが、海上を駆け抜けていく。

 これは自然に任せているだけでは決して実現し得ない、まさに人間とドラゴンの意思によって初めて実現された、夢物語のような光景だろう。

 正直、この光景を少し離れた位置から第三者目線で観察したくもあったけど、当事者目線という貴重な体験が出来たのだから、今はこれで良しとしよう。

 後はこのまま、何事も無く巨竜半島まで誘導できればいい……そう思っていたのだけど。


「くっ……! やはり魔物が近付いてきたか……! しかもあれはクラーケンではないか!?」


 海を渡る私たち人間や馬、強い魔力を発するドラゴンたちを餌とでも認識したのか、大船のように大きいイカの化け物が、海面から巨大な触手を覗かせ、こちらに向かってきた。

 クラーケン……ポルトガの漁師たちも恐れていた、大船が粉々になるまで締め上げ、海底へ引きずり込む、海の悪魔とも称される魔物だったか。

 遊泳速度も速いし、未だ私たちは氷の橋の中間あたりを走っている。このまま橋を壊されれば、全員纏めて海へ投げ出されてしまうだろう。

 ……そう、このまま何もしなければ。


「……スサノオ!」


 私がそう叫ぶと同時に、肩に乗っていたジークの角を中心に辺り一帯の大気が震えると、私たちが通る氷の橋と襲い掛かってくるクラーケンの間に割り込むように、海中から水飛沫を上げながら一頭の水竜……スサノオが姿を現した。

 そしてスサノオは口を大きく開いたかと思いきや、口から凄まじい量と勢いの水のブレスを吐き出し……。

 

 ドッパアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ‼‼‼


 という耳をつんざくような轟音と共に、クラーケンの巨体を木っ端微塵にした。

 消防車の放水なんて可愛いものじゃない。まるで水を堰き止め続けたダムの堤防が一気に破れたかのような濁流を思わせる水のブレスは、その圧倒的な水圧によって海面が爆発したような巨大な水飛沫を上げ、直撃を受けたクラーケンのバラバラになった死骸は、ボチャボチャと音を立てて海へ落ちていった。


「……………」

「殿下、惚けてないでちゃんと前見てください」

「あ……あぁ。すまない」

 

 唖然とした表情で余所見をしていた殿下の気を取り直させ、無理矢理前に向かせる。

 余りの水流に氷の橋は大きく揺れたけど、何とか体勢を持ち直すことが出来た。スサノオは後で、とびっきり高純度の水の魔石をあげなくちゃ。

 そんなこんなで、スサノオのおかげで海を渡り、向こう岸である巨竜半島の海岸まで辿り着いた私たちは、道の脇に逸れて後続のハシリワタリカリュウの群れを出迎える。


「グォオオオオオオオオオオオオ!」


 すると、先頭を走っていた個体が鳴き声を上げながら私たちの前を横切って行き、後に続くドラゴンたちも同様に鳴き声を上げて、巨竜半島の雄大な自然の中へ去っていく。

 ドラゴンたちを帝国の他領に向かわせることなく、巨竜半島まで誘導できた……セドリック閣下からの依頼を無事に果たせたことに安堵の息を吐くと、すぐ後ろのユーステッド殿下がポツリと呟いた。


「……まるで、ドラゴンたちが礼を言っていたかのようだったな」

「奇遇ですね……私も同じようなことを思いました」


 ドラゴンと人間は言語でコミュニケーションをとることは出来ない。だからドラゴンたちのあの鳴き声に、どのような意味があったのか……それはまだ解き明かせていないけれど、彼らの知能の高さから察するに、案外殿下の言う通りなのかもね。


「……感謝する、アメリア。お前がいなければ、国内は大きな混乱に見舞われ、事態を防げなかった辺境伯家は責任を負わなければならないところだった」

「いや、私は閣下が報酬くれるからって言うのと……何よりドラゴン自体に興味があったから色々やってただけですし、そこまで改まってお礼言われると、反応に困るんですけど……」

「お前という奴は……こういう時くらい、素直に感謝の言葉を受け取るということが出来んのか?」


 呆れたように嘆息する殿下だけど、いまいちピンとこない。

 確かに殿下に頼まれたのが事の始まりだけど、結局は私は自分のやりたいようにやっていただけだったんだけど……。


「胸を張るがいい。己の為であろうと、他者の為であろうと、お前は為すべきことを為し、人とドラゴンを衝突の危機から救ったのだ」


 ……そう言われると、まぁ、悪い気はしない。

 きっとそれは、殿下の言葉がお世辞でも何でもなく、大真面目に本心から発した言葉だからだろう。少なくとも、殿下が嘘を言っているような気配は、私の耳と目は捉えなかった。


「……それはそれとして貴様、戻ったら本気で風呂に入ってもらうぞ。女性にこのような物言いをするのは憚られるが……ハッキリ言って獣臭い」

「あ、はい」


 若い男と密着しながら馬に相乗りするという、年頃の女なら憧れてそうなシチュエーションの中、何とも色気が無くて締まらない会話をしながら、私たちを乗せた馬は氷の橋を逆走し、協力してくれた多くの人たちが待つ向こう岸へと戻るのだった。




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― 新着の感想 ―
いいビジュアルだねぇ
天敵が多くて、食べ物にも困らなそうな種なのに、動くのが早いんですねぇ。 割と頻繁に産卵もしているようだし、それも一度に3個とは、少なくともハシリワタリカリュウに関しては、かなりの複数。 そうなると、意…
氷の橋、すごいです。辺境伯領の魔法使いの方々は優秀なんですね。 クラーケンとスサノオの衝突もすばらしい。映像が目に浮かびます。 素敵な節でした。
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