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不動の岩山(不動じゃない)

投稿期間が空いてしまい、申し訳ありません

詳しくはお話しできる段階ではありませんが、書籍化決定に伴い、色々と作業することが増えました。

正直、普段の投稿と両立して行うと執筆が上手く出来ないので、書籍化作業が終了するまでは投稿をお休みさせていただきたく存じます。

読者の皆様には申し訳なく思いますが、近日中には再開できるようにしますので、何卒お待ちいただければ幸いです


 アメリアに案内されて見て回る巨竜半島は、常に刺激と新発見に満ち溢れていた。

 全てを轢き潰す大型ドラゴンが居たと思えば、その力にも耐える驚異の防衛能力を持つ小さなドラゴンが居たのに始まり、一つの丘のような巨体を持ちながら空を飛ぶドラゴンに、岩に穴を開けて巣穴を作る小さなドラゴン……そう言った多種多様な竜たちが作り出す様々な現象と光景を存分に楽しんだクラウディアたち。

 

「すっご……こんな瑞々しくして味が濃ゆい果物、初めて食べました」


 そして今、クラウディアは相棒のシロと共に、木漏れ日が差し込む森の地面から盛り上がっている巨大な木の根に腰掛け、現地調達された果実に舌鼓を打っていた。

 とても天然物とは思えない、渋みも酸味も少なくて甘みが強い果物には、クラウディアだけでなく美食に慣れたティアーユも、地面に横たわって休憩するゲオルギウスの背中に横向きで座りながら、ナイフで切り分けられた果物を口にして目を瞠っている。


「話は伺っていましたけど、マルタの力は確かに帝国の産業にも強い影響を与えうるかもしれません……これだけの品質なら、高級嗜好品として流通させることが可能だというのに、それを年中収穫できるなんて……!」


 皇族も絶賛する果実を生み出した、背中に巨大な木を背負った双頭竜……カジュオイカメモドキリュウのマルタは、ティアーユの称賛にも似た声に特に反応を示すことなく、呑気に欠伸をしている。

 ここは複数頭のカジュオイカメモドキリュウたちが集まって暮らす森の一角。木漏れ日を浴びて、背中に寄生する形で共生する植物を育てるドラゴンたちの棲み処であり、アメリアのサバイバル生活を支え続けた食糧庫である。


「実際、それだけの味を出せるようになるのにはそれなりに苦労しましたけどね」


 味覚が鋭い人間と、魔力食で相対的に味覚が鈍くなるように進化したドラゴンとでは、味の違いを感じることに関しては大きな隔たりがある。

 いくら魔石を交渉材料に多様な果物を生み出せるといっても、ドラゴン側が人間の味覚に合わせた食料を生み出すことには相応の苦労が重ねられたのだ。


「最初の方は酷かったですよ。すっごい渋かったり酸っぱかったり、水臭かったり甘すぎるのを作ることも多かったんです。終いには有毒成分まで含んだ果物まで出てきて、私も何度死にかけたことか!」

「いや、全然笑い事じゃないんですけど……」

「お姉様……お体は本当に大事にしてくださいね……?


 ケラケラと笑いながら当時の事を振り返るアメリアにクラウディアはドン引きし、ティアーユは心底心配そうな視線を向ける。

 命ある限り、いずれ必ず死ぬ……その真理に基づき、死んだら死んだでそれまでと割り切った死生観を持つアメリアの生き方は、二人にとっては心配の種でもあった。


「でも最近だと、辺境伯軍の携帯食にも使われるようになったおかげで、マルタ以外の個体にも人間用の果物を作り出せるようになってるんですよ。ほら、あんな感じに」


 アメリアがそう言って視線を向けた先には、騎装具が装着されたヘキソウウモウリュウを伴い、背中に大きな籠を背負ってカジュオイカメモドキリュウの背中に乗った一人の兵士が、木に生っていた実を収穫していた。

 辺境伯軍に所属する、騎兵部隊の兵士だ。彼は今、地属性を司る黄色い魔石をカジュオイカメモドキリュウに与え、軍の携帯食の原料となる果実を持ち帰ろうとしている。


「兵の方々にとって、夏場の軍事行動は過酷ですから。特に食料品は腐敗しないように味がしないビスケットや塩辛い乾物ばかりで、食事の時間が苦痛とまで言われることもあったのですが、ユーステッドお兄様とアメリアお姉様が共同で考案した甘味類のおかげで、その問題が大きく改善されたのですよ」

「へぇ……そうなんですか?」


 夏場になると、人間は食欲不振に陥りがちになる。それを改善する為に甘みの発生源となるエネルギーや植物由来の栄養素を手早く吸収でき、酸味による食欲増進効果が期待できる果物……ドライフルーツが新たな携帯食として候補に挙がったのだが、ウォークライ領には果物の農園が無く、高値を払って他領から購入するしかない状況だった。

 その問題を解決したのが、マルタたちカジュオイカメモドキリュウである。

 彼らに人間好みの果物を教え込むことで無料かつ安定的に食糧を供給できる生産地を作り出し、そこで収穫された果物を乾燥させてビスケットに混ぜた携帯食が辺境伯軍で正式採用され、今ではヘキソウウモウリュウに乗ることが出来る兵士たちが、食料品の確保をするためにマルタたちの元に定期的に訪れるようになったのだ。


「ところで、昼食を兼ねてこの場所まで見学に来ましたけど、果物だけで足りてます? 何だったら、そこら辺からご飯を調達してきますよ?」

「い、いえっ! お姉様にご足労をお掛けするわけにはいきませんから!」

「そ、そうそう! 博士も休める時にはしっかり休んでくださいって!」

「そう? だったら別にいいけど」


 そんな時、ふと思い立ったように聞いてくるアメリアに、二人は全力で愛想笑いを浮かべながら遠慮をする。

 厚意を無碍にするようで申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に先日耳に入ったことが気掛かりだったクラウディアたちは、アメリアが採ってくれた果物を皮ごと丸かじりしている。


(お姉様のお気持ちを無碍にするのは心苦しいですが……流石に虫を食べるのは、少し覚悟が……)

(ていうか、皇族の方に虫を食べさせる人なんて、あの人くらいですよ……不敬罪とかそういうの考えて無いんですかね?)

(いえ、そんなことはないのですが……)


 先日、アメリアに焼いた芋虫やグロテスクな小鳥を食べさせられたユーステッドの青い顔を思い出しながら、二人は小声で会話をする。

 一応、最低限の礼儀として目上の人間には敬語で話しているアメリアだが、相手がどのような身分の持ち主であっても遠慮をするような性格ではない。

 この大陸では全く馴染みのない昆虫食に躊躇が無いのもそう。野生の中で生き過ぎて、文明社会における感性から外れてしまったのではないかというのが、普段からアメリアに振り回されているユーステッドの言だ。


「思えば、ユーステッド殿下も凄いですよ。博士の助手をやってみて実感しましたけど、あの人の手綱を握るのって凄い大変ですもん。普段はそうでもないけど、いざ研究活動ってなったら誰の言う事も聞かなくなるし……皇族なのに博士の暴走に付き合ったり体を張って止めたり、色んな意味で尊敬します」

「……それでも、私はお兄様の事が少し羨ましく思います」

「……え? 本気ですか、ティアーユ殿下」


 どこか遠い目をしながらそう呟くクラウディアの表情が心底意外そうなモノを見るような顔に変わり、ティアーユは思わず苦笑する。

 あの生真面目で世話焼きな兄が、無茶なことばかりするアメリアの行動や、彼女のだらしのない生活習慣を正そうとを体を張っているのは、今ではすっかり見慣れた光景だ。

 それを見た大抵の人間は、とにかく大変そうで真似をしたくないというのが正直な感想だろう。実際、クラウディアはフィールドワークに同行する度に泣かされているし、ティアーユに同行してきた侍女たちも、アメリアの世話をする自信が無いと物笑いの種にしていた。

 忌憚なく正直に言わせてもらえば、皇族という極めて高貴な身分の人間が付き合うには、色んな意味で不適切な人物というのが、クラウディアの感想である。


「意外と思われるかもしれませんが、お姉様と過ごすのはとても楽しいんです。やることなすことが滅茶苦茶だけど刺激に満ちていて、関わっていると些細なことはどうでも良くなってしまう……そんな奔放な振舞いの陰で、いつも誰かを救っているあの方と同じ時を過ごすのは」


 アメリアがドラゴンの知識と共にこの帝国に帰化してから、多くの人の運命が変わった。その中で最も大きな影響を受けたのが、他の誰でもないティアーユだ。

 

「生まれた時から病に蝕まれ、未来に希望も夢も感じられないのが当たり前になっていたけれど、そんな私の人生に嵐のようにやってきたお姉様は、私の人生観を一瞬で塗り替えていきました。だって皇族に虫を食べさせたり、取っ組み合いの喧嘩をしたり、あまつさえ病床の姫を怒鳴りつけるなど、あの人が初めてでしたから」

「はいっ!? あの人ってティアーユ殿下にまでそんなことしてたんですか!?」

「えぇ。『いつまでもメソメソ泣いてて辛気臭い!』……と。それからすぐに、私をゲオルギウスに引き合わせてくれたんですよ」


 その言葉と行動によって、多くの人間の足を引っ張りながら生きていると自嘲していたティアーユは、今では精力的に活動できるようにまでなり、人とドラゴンの架け橋としての大任まで与えられるようになった。

 本人は『全部自分の都合の為』とでも言い張りそうだが、その自分勝手な行動によってティアーユが大きく救われたのは、揺るぎない事実だ。


「……でも確かに、アメリア博士はそう言うところありますよね。私がジルニール殿下との婚約から逃れられたのも、あの人のおかげですし」


 当人はただレオンハルトに頼まれたことがドラゴンの研究だったから嬉々としてやっていただけで、クラウディアが望まない結婚や貴族生活から逃れられたのも結果論だが、それでクラウディアが救われたことに何ら変わりは無い。

 クラウディアやティアーユだけではない。ケイリッドを襲った火災も、オズウェル領で起こった大事件も、アメリアが好き勝手した結果、解決に導いている。


「何て言うか、色んな意味で得してる人ですよね。本人は自分がやりたいようにやってるだけなのに、結果的に周りが助かってるって言うか……帝国がドラゴンの事業利用に踏み切れるようになったのも、あの人が好き勝手やってきた結果ですし」

「えぇ。真似しようと思って出来ることではありませんし、実際に真似しようとも思いませんが……それでもお姉様の自由闊達な在り方は、私の憧れそのものなんです」


 知的好奇心と欲望全開で一般常識を捨て去ってるような人間なのに、結果としてそれが周囲を幸せにする奔放な少女。

 その落差が良い意味でギャップとなり、ティアーユはアメリアの在り方に惹かれるものを感じ、救われた恩義も相まって強い敬慕を示すようになった。

 

「……それだけに、最近はクラウディアさんにも失礼な態度を取ってしまいましたね」

「あ……もしかして、最近ぎこちなかったのって、やっぱりそういう……?」


 実を言うと、ティアーユとクラウディアの相性は決して悪くない。

 ジルニールとの婚約解消に伴い、正妃の離宮でクラウディアが保護され、アメリアがオズウェル領に調査に出向いている間、ティアーユはクラウディアと共に離宮に残ったドラゴンたちの観察記録を付けたり、実験を行っていたりしていたのだ。

 少し年が離れているが、同じドラゴンに関心を持つ者同士、仲良くならない方がおかしい。実際、離宮にいる間は身分差こそあったものの、良好な関係を築きつつあった。


「はい……お姉様と長く共に行動が出来る貴女が羨ましくて、どの様に接すればいいのか分からなくなってしまったんです」

 

 しかし、ウォークライ領に戻って来てからと言うもの、同じ平民同士という事であっという間にアメリアと距離を詰めたクラウディアを見て、ティアーユは胸の中で言い表しようのない不安に駆られるようになり、以前のように普通に接することが出来なくなっていた。

 端的に言うと、嫉妬してしまったのである。自分が皇女という事でアメリアも最低限適切な距離感を保っているのに、クラウディアとはいつも気安い態度で接し、その上危険だからと中々同行させてもらえないフィールドワークにも、毎日のように連れて行ってもらえるクラウディアに。


「ごめんなさい、クラウディアさん……貴女は何一つ悪くないのに、私が狭量であったばかりに不快な思いをさせてしまいました」

「いえいえ、どうかお気になさらずに! 殿下が感じられたお気持ちは、平民の間でも偶にあることですから!」


 自分の方が先に仲良くなった友達なのに、その友達が後から知り合った子と自分以上に仲良くなったら、もう友達じゃなくなってしまうかのような寂しい気持ちになってしまう、大抵の人間が子供時代に一度は体感する心理状況である。

 ましてやティアーユは、生まれた時から病弱で友人の一人すらいなかったのだ。後から知り合った人間がアメリアと急激に距離を詰めているのを見たら、寂しさを覚えるのは当然だろう。


「でもよかった……嫌われちゃったんじゃないかって、ちょっと不安だったんです」

「嫌いなんて、そんな……! むしろ私の方こそ嫌われてしまったのではないかと思っていたくらいです……!」


 慌てて首を左右に振り、不安そうに指を捏ねるティアーユを見て、クラウディアは少し微笑ましさを覚える。

 初めて顔を合わせた時には王女として毅然と振舞おうとしている姿ばかりを見せるようになっていたが、恐らく今垣間見た姿こそが素なのだろう。

 気弱だけど心優しい、遠慮しがちな年下の少女らしい姿だ。


「えっと、それじゃ今回の事はこれで解決ってことでどうですか? 私もアメリア博士とティアーユ殿下の仲を邪魔する気とか全然ありませんし、何時までも気まずい雰囲気なのは嫌だなぁって……」

「は、はいっ。クラウディアさんさえ良ければ、そうしてくれるとありがたいです……」


 恥じ入るように小さくなりながら答えるティアーユに、クラウディアは照れくさそうに笑いながら頭の後ろを掻く。

 そんな二人を遠巻きから眺めていたアメリアは、どこか安心したように微笑むのだった。


   =====


 最近、ちょっとぎこちない雰囲気だったティア様とクラウディアが明るい雰囲気で何か話している。

 その会話内容は聞こえなかったし、そもそもどうしてギクシャクしてたのかは敢えて聞かなかったけど……辛気臭いオーラを出しているよりかは全然マシ。解決したらしい事を混ぜっ返す気にもなれないから、私はそのまま二人を森林地帯中央へ案内することにした。


「さて、到着っと」


 マルタたちが居た場所からゆっくりと低空飛行し続ける事、約十分。

 岩山の前までやってくると、私はゲオルギウスの背中から、薄茶色の岩肌を指出す。


「さぁて、お待たせしました。あれが今日のお目当てのドラゴンである、森林地帯の主です」

「…………え? どれが?」

「あの、お姉様? 私の目には、岩肌しか見えないのですが……?」


 頭に疑問符を浮かべる二人の視線が、私の指先にあるものに向けられる。

 そこにはどこまでも物静かな、視界一杯に広がる不動の岩山しか存在していない……ように見える事だろう。


「もしかして、目に見えないくらいに小さいドラゴンが居るとか……? いや、でもリヴァイアサンより大きなドラゴンって言ってたし……」

「うん、だから居るじゃん。目の前に、リヴァイアサンより大きいドラゴンが」

「……いや、だからどこに!?」


 如何にも『もしかして、からかわれてる?』と言いたげな困惑顔を見せるクラウディア。

 言っておくけど、私は冗談を言っている訳でもない。私が指し示す先に、巨竜半島で最大サイズのドラゴンが確かに存在しているのだ。


「もしかして、リヴァイアサンのように透明なドラゴンとか……? だから私たちの目には映らないとか、そういう……?」

「いやいや、違いますって」


 確かに、ドラゴンの中には透明化する種が幾つが存在する。しかし、今目の前にいるドラゴンにそのような力は確認されていない。

 ……と言うか、やる必要が無いのだ。生物の透明化は外敵から身を守る為の能力……わざわざ身を隠さなくても、このドラゴンに喧嘩を売るような生命体は、何処にも存在しないんだから。


「私が言っているのはこの岩山そのもの……これが森林地帯の主、ヨルムンガンドです」


 私がそう言った、まさにその瞬間……私の言葉を肯定するかのように、目の前に鎮座する不動であるはずの岩山が、ゴゴゴゴゴゴと重い音を立てながら、確かに動いた。



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― 新着の感想 ―
ティアーユとクラウディア、お二人の心情が細かく表現されていて素敵でした。人間の様子もまた良いですね。 最後に出てきた大きなドラゴンはいったいどんな生態なのか、楽しみです。
 蛇の形じゃないなら、『ヨルムンガンド(世界蛇)』の名は違うのでは…あ、とぐろ巻いた状態とか?
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