潰れない生命
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「ぎゃあああああああっ!? な、何じゃありゃああああああああっ!?」
地面を抉りながら転がってくる巨大物体を目にし、クラウディアが平民訛りの悲鳴を上げる。
ティア様の方も、悲鳴こそ上げていないけど凄いビックリしてるのか、声も上げることも出来ずに顔を青くしながら硬直していた。
「はいはい、通行の邪魔になるからよけようねー」
そんな二人とは対照的に、私の心は凪いでいた。
硬直する二人の代わりに思念波を飛ばし、ゲオルギウスとシロを上空へと退避させた十秒後くらいに、私たちの丁度真下を棘付きの巨大な物体が電流を纏いながら高速で転がりながら駆け抜けていく。
「今日も元気だなぁ……あのドラゴンは」
木々を数本巻き込み、無惨に圧し折りながら地平線の彼方へと消えていく巨大物……ドラゴンの姿を眺めながら、私は呟く。
しかし、我ながら呑気なことを言っている私とは打って変わって、ティア様は生きた心地がしなかったとばかりに深々とした溜息を吐き、クラウディアは半泣きの状態で恨めしそうな視線を向けてくる。
「安全って言ったのにっ! 安全って言ったのにぃっ!」
「あれだって十分安全だよ。少なくとも草木に隠れて噛みついてくる毒蛇とかと比べたら全然安全」
「あれがっ!? 一体どこをどう見たらそんな評価を!? 進行方向上にあるもの全部粉々にしていったんですけど!?」
確かに、あのドラゴンが通って行った地面は抉れて道が形成されているし、途中にあった岩とか樹木は粉々に砕かれている。人間が轢かれたら、間違いなく同じような末路を辿るだろう。
「でもデカくて目立つから、近付いてきたらすぐに分かるじゃん。あんなんちょっと避けてやれば、無傷でやり過ごせるよ」
前世で例えるなら、近付いてくる車と同じだ。
信号も何もない、歩行者と車が同じ場所を通るような通路では、車が近付いてきたら歩行者は脇に逸れて道を譲るのと同じ……唯一の違いがあるとすれば、あのドラゴンは人間が居てもお構いなしで、減速なんてしないってことかな?
「クラウディアだって、町中で馬車が来たら道の脇に避けるでしょ? それと大して変わんないって」
「アレと馬車を同列で語られても困るんですけど!?」
そうだろうか? 下手にぶつかったら死ぬところも、避けるのが簡単なところも似てると思うんだけど。
「ですが、結局のところアレは一体何だったのでしょうか? ドラゴンであることは想像できましたけど……」
「【雷竜目四脚竜科】に属する、モリアラシリュウですね。ああやって転がり回って森を荒らすから、そう名付けました」
ちなみにこれは、木や枝を食べつくして山の緑を枯らしてしまうヤマアラシからとったもの。
ただヤマアラシと違い、生態自体はハリネズミやアルマジロに似ているから、どんな名前を付けるかは悩んだけど。
「背部の甲殻全体に発電能力が宿る無数の棘を生やしていて、外敵に襲われたらああやって丸まることで防御姿勢を取るんですよ。そうじゃない平時の姿は、大体こんな感じ」
そう言って、私は懐から取り出したメモ帳にモリアラシリュウの姿を書き込んで二人に見せる。
モリアラシリュウは本来、白亜紀に生息していたという恐竜アンキロサウルスによく似た姿をしたドラゴンだけど、アンキロサウルスの復元予想図よりも四肢が短く、アルマジロのように体を丸めてボールのような姿になるのに適した骨格をしている。
その為、四肢を使った移動速度は遅く、ああやって転がってる時の方がよっぽど速いという、奇妙な生態の持ち主だ。
「大型竜に相応しいだけの巨体からは想像も出来ないですけど、ドラゴンにしては珍しい臆病な性格をしてましてね。他のドラゴンとか魔物に攻撃されると思ったら、すぐに体を丸めてああやって逃げるんですよ」
「そうなんですか……? 私の目には、完全に暴れてるようにしか見えなかったんですけど……」
「まぁこればっかりは、実際に外敵から逃げる瞬間を見ないと分かりにくいしね」
ヒュウ……という、どこか物悲しい風が吹く、獣道と呼ぶにはあまりに殺風景な光景を見れば、この景色を生み出したドラゴンがただ逃げ回っていただけなんて言われても、イマイチ想像し難いのかもしれない。
でも生存闘争というのは得てしてこんなものだ。自然破壊だとか周辺への被害だのは、命の危機にさらされた当事者には関係のない話。生き残る為なら、何を犠牲にしてでも逃げ切るのが生ある者の性って奴である。
「それに、生存戦略って意味ならこのドラゴンも凄いですよ」
そう言って私はゲオルギウスの背中から飛び降り、モリアラシリュウが通って出来た道に降り立つと、ある一か所を指差す。
私の人差し指の先には、転がり去っていったモリアラシリュウに無惨にも潰されて地面に全身が埋まっている、一抱えくらいの大きさの小型竜が居た。
「うわっ!? ドラゴンが潰れちゃってる!?」
「先ほどのドラゴンの移動に巻き込まれてしまったのでしょうか……?」
「えぇ。モリアラシリュウは中型ドラゴンすら圧死させることがあるんですけど……」
大きな生物が小さな生物を踏み潰す……そのこと自体は、特に珍しい事じゃない。人間社会でも、アリが人間によく踏み潰されるしね。
しかし、全ての生物が黙って死ぬわけじゃない。私は地面を掘り、埋まっていたドラゴンを持ち上げると……件のドラゴンは私の手の中で首や尻尾を動かし、呑気に欠伸までしていた。
「嘘っ!? 生きてる!?」
「この子は先ほど、確かに押し潰されたはずですよね……? なのにどうして……」
これには二人も驚きを隠せないらしい。
それはそうだ。こんなドラゴンの中でも特に弱そうなのが、あんな大型ドラゴンに潰されて生きてるなんて、常識的に考えられないだろう。
しかし、それはあくまで人間の常識。世界には、それが通用しない生物が多数存在するのだ。
「このドラゴンは【地竜目蛇竜科】に属する、テツヘビコリュウという種で、この小さい見た目の割にはドラゴンの中でも屈指の頑強さを誇るんですよ」
今私が抱えているテツヘビコリュウの見た目は、二本の角が生えたツチノコって感じで、胴体の大部分が平べったくなっている。
これは威嚇の為に肋骨を広げるコブラと同じような骨格をしているからなんだけど、特に特筆すべきは高速で転がる大型竜に踏み潰されてもケロッとしている耐久力だ。
「テツヘビコリュウは空を飛ぶことも出来なければ木登りも苦手、穴を掘る能力も無いという弱点多いドラゴンですけど、その弱点を埋めるために非常に強固な甲殻を持つようになりましてね。熱や電気、冷気に刃物に強いのは勿論のこと、先ほどのような巨大なドラゴンに潰されても、パズルのように噛み合う特殊な構造をしている甲殻によって、どんな圧力や衝撃にも耐えるんです」
前世にも、コブゴミムシダマシ……別名、アイアンクラッドビートルという、小さな昆虫が存在する。
鋼鉄で武装した昆虫という意味合いで別名を付けられたこの虫も、外骨格の繋ぎ目に凹凸があり、それがパズルのように組み合うことで、圧力に対して非常に強い甲殻を持っている。
その耐久力は、車に潰されても耐えるほど。翅が退化した代わりに、守りに特化した進化を遂げた昆虫で、このテツヘビコリュウはそれの凄い版みたいなドラゴンだ。
「こんな小さなドラゴンに、そんな力が……」
「どんな生き物も、生きるために色んな進化をしてきましたからね。人っていうのは外見に惑わされがちですけど、実は凄い能力を持つ小動物っていうのは沢山いるんです」
私はテツヘビコリュウを地面に降ろし、ゆっくりと草むらへ消えていく姿を見送る。
「進化の成功は、生存し続けることで初めて認められる。もしいつか、この世界の環境を一変させるような天変地異が起きた時……生き残るのは賢しらな人間でも、強大な大型ドラゴンでもなく、先ほどのテツヘビコリュウや奇岩地帯にいるカミンコリュウみたいに、ただ生き抜くことだけに特化した小さな生物なのかもしれませんね」
しかし、少なくとも人間は迫る危機に無策のままでいるような種族ではないだろう。
実際、セドリック閣下やユーステッド殿下も、最近ではドラゴンの甲殻や鱗を参考にした新しい防具や防壁、結界魔法を開発できないかって、私が書き溜めた資料を参考にして色々やっているみたいだ。
今でも燃え続けている国内外の火種が熾す業火が大陸中を呑み込むのが現実味を帯びてきた今、私の研究がどのように実を結ぶのか、それはまだ分からないけど……。
(少なくとも、皆には生き残ってほしいもんだね)
生物は死ぬ時は死ぬけど、私個人の情はまた別の話。
思い返してみれば、私もオーディスに移り住んでから色々な人と出会い、利益とか関係なく、迫る危機を放っておくことが出来なくなっていた。
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