森林地帯の案内、開始
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今日は空を飛んでのんびりと移動する。何しろ森林地帯は無数の毒虫が生息し、毒草が生い茂る場所でもあるから。
更に言えば木々に隠れた地形の高低差も多く、移動するにはそれなりの体力が必要。時間をかけて危険を排除しつつ、ゆっくり探索するだけなら、普段フィールドワークに出ている学者先生たちでも行けると思うけど、まだまだ体力が低いティア様が探索するには向いていない。
(サファリツアーの目的はあくまでも、『病弱な皇女様』でも安全に通れるルートの確認だしね)
しかし、全部が全部そう言った危険な場所ではない。
そもそもの話、私がサバイバル生活の生活基盤にしていた拠点も森林地帯にある。危険な有毒生物や有毒植物、菌類も沢山あるけれど、そう言った毒性のある物が比較的少ない、或いは毒性があっても触れるだけなら問題ないのばっかりな場所も沢山あるのだ。
「今回は森林地帯中央地に続く道の中でも、特に安全だと思われるルートの入り口まで、ドラゴンに乗って低空飛行で移動しましょう」
私は続けて思念波を送り、ゲンチョウヒョウムリュウのシロを厩舎から呼び出す。
体力と時間の節約の為にドラゴンに乗って移動するけど、私おすすめの安全ルートの入り口からは実際に森の中に入って中央地へ移動する。
恐らく帝都からの研究者たちが最も熱心に研究するであろう森林地帯。そこをドラゴンに乗って樹上を移動しても、安全性の確認にならないからね。
地面に生えている毒草の有無についても……まぁ、実際に見てもらえば、安全かどうかは一目瞭然だろう。
「私としてはゲオルギウスの背中に乗ったまま移動し続けられるのは助かりますけれど、森の中を進むのですよね? この子に乗ったまま、そんなことが出来るのですか?」
「まぁ言わんとしてることは分かりますよ」
ティア様の懸念は尤もだと思う。
【蛇竜科】はドラゴンの中でも比較的大きな体を持つグループ。一応は中型に分類されるシメアゲカエンリュウだけど、その体の大きさは【走竜科】の中型ドラゴンと比較するとかなりの巨体だ。森の中を探索するには向いていないと考えるのも当然だろう。
「でも行けるんですよねぇ、これが。それは実際にその目で確認してみてくださいよ」
「……分かりました。お姉様がそこまで仰るのであれば、信じます」
「よっしゃ。それじゃあ早速準備しちゃいましょうか」
そう言って、私は厩舎の一角に収納された騎装具を持ってくると、ティア様は慣れた様子でゲオルギウスの背中に装着すると、それに倣うようにクラウディアもシロに騎装具を取り付ける。
ティア様はさらに続けて、ゲオルギウスに思念波を送って下顎が地面に付くくらい低い姿勢を取らせると、用意しておいた足場を登り、騎乗服のスカートを翻して鞍に座り、手綱を握った。
(気が付けば、この人の騎乗姿も様になってきたなぁ)
これだけの巨体だから、騎装具を付けるの手間だし、背中に乗るのも大変だったりする。
しかしそこは毎日のようにゲオルギウスに乗り続けていたティア様。最初の方こそは人に手伝ってもらいながらなんとかって感じだったけど、今では自分の力だけで巨大なドラゴンに乗り、他領へと遠出することが出来るようになったのだ。
ちなみに、そんな妹の成長を見てユーステッド殿下はまた泣いていた。私も身体強化魔法無しでよくやると、ちょっと感心させられたくらいである。
「そんじゃあ、相乗り失礼させてもらっても良いですかね?」
「えぇ、勿論です」
一言断りを入れてから、私はティア様の後ろに乗って彼女の体に両腕を回す。
その姿を見ていたクラウディアは、不思議そうに首を傾げた。
「そう言えば、アメリア博士って飛行できるドラゴンには乗らないんですか? 巨竜半島では色んなドラゴンに乗って暮らしてたって聞いてますけど……」
「そういうドラゴンも、いるっちゃあいるんだけどね」
私に協力的で個体名を与えたドラゴンたちの中には、私と共に空を飛ぶことが出来るのもいる。
けれど、私がそのドラゴンをウォークライ領まで連れてこないのには理由があった。
「活動範囲が局所的と言うか……自分が慣れしたしんだ環境から出たがらないんだよね。多分、気温が関係してると思うんだけど……」
件のドラゴンは、気温の変化に弱い種族ではないかと考えている。
だから気温や湿度が地帯ごとにガラッと変わる巨竜半島では、特定のエリアから出ようとしない。私が件のドラゴンの力を借りるのは、その竜の活動領域の調査の時だけだ。
「まぁどうせ近い内にあのドラゴンの力を借りることになるし、その時になったら紹介するよ」
そう言うと、二人はひとまず納得したのか、各々のドラゴンたちに思念波を送って飛行を開始する。
私たちを乗せ、辺境伯邸の屋根よりも高くまで上昇した二頭のドラゴンは、比較的低い高度を維持したまま、住民たちが私たちを見上げる中でオーディスの街を抜け、平原と海原を瞬く間に超えていくと、巨竜半島を雄大な自然を俯瞰できるところまで辿り着いた。
「森林地帯の中央……もしかして、あの岩山がそうですか?」
「そうそう。かなり目立ってて分かりやすいでしょ?」
クラウディアが指差した先には、広大な樹海に囲まれた岩山が鎮座していた。
山脈と呼べるような規模ではないけれど、砂浜付近からでも視認できるくらいには巨大な禿山で、露出した岩肌からは所々樹木が生えている。
「あの森林地帯は、巨竜半島の中では最大規模を誇るエリアなんだけど、年中温暖な気候を維持し続けていて緑豊か……生物にとって非常に過ごしやすい環境でね。ドラゴンの他にも、色んな動物や虫が冬眠もせずに生活し続けてるんだよ」
あの森林地帯では冬が存在せず、どんなに涼しい日でも秋くらいの気温だ。
凍死の心配も無いからこそ、私はあの森林地帯に拠点を築くことを選んだわけだけど、それは他の動物たちも同じだったのか、寒くなると屋内に入り込んでくるカメムシのように森林地帯に集まり、巨竜半島で最大の生態系を築くに至った。
「そのような環境を生み出しているのが、あの地を支配する主という事ですか……?」
「正解です。自分が快適に過ごせるよう、環境を作り替えた結果ですね」
気温の変化に強い種も多いドラゴンだけど、特定の気候を好む傾向があるドラゴンも多くいる。
普通の生物なら寒さに対応するために冬眠するところを、あのドラゴンは気温自体を操作して環境を自分の為だけに変化させている……私が定義した、主と呼ばれるドラゴンの特徴と合致してるって訳だ。
「それにしても、凄い森……アインバッハ大森林より広そうですね。本当に猛獣とか魔物とかいません……?」
以前、故郷近くの大森林の中で魔物に襲われた経験があるクラウディアは、不安そうな顔で私に聞いてくる。
「魔物に関しては稀に巨竜半島の深部まで入り込んでくることはあるけど、大抵はドラゴンに駆逐されて終わるし、クマみたいな猛獣はこの七年間見かけたことがないね」
ていうか、ドラゴンの生態を考えれば、攻撃的な猛獣は巨竜半島では生き残れないと思う。
害意を向けた時点で猛然と排除しようとする傾向があるドラゴンと同じ土地で生きる以上、戦うか逃げるかの選択肢を迫られた時に戦う傾向が強い猛獣は、悉くドラゴンに駆逐されるだろうから、基本的にこの半島で生息するドラゴン以外の生物は、臆病な気質の種族が多い。
「毒蛇や毒虫を除いて人間に攻撃してきそうな生物が居るとしたら、シカやヤギみたいなちょっかい掛けなければ大人しい草食動物、大型の鳥類……あぁ、後はサルかな」
「サルですか? 確かに地方ではサルの被害があるとよく聞きますね」
「そうそう。あいつら臆病なくせに賢くて狡猾だから、相手が自分たちでもどうにかなるって学習したら、平気で襲ってきますからね」
圧倒的な強者であるドラゴンに手出しはしないし、見かければ即座に逃げ出すけど、大したことが無いと判断した相手……人間の小娘である私には、度々ちょっかいを掛けてきたものである。
「特に食料の奪い合いに関しては、私はサルたちと常に激戦を繰り広げてきました。近縁種なだけあって、食べる物も似てますからね。私が確保していた木の実や野鳥の卵を奪いにきたり、私が焚火で焼いてたカエルとか芋虫とかヘビとか小鳥を奪いにきたり……終いにはご馳走である海産物まで、何度奴らに食料を奪われては奪い返すのバトルをくり広げてきた事か」
「それは……大変苦労されたのですね、お姉様も……」
「ていうか、さり気にカエルとかヘビとか芋虫を食べてた事実にドン引きなんですけど……」
顔を引き攣らせながら信じられないものを見るような眼をしているクラウディアをスルーし、私はかつてのサバイバル生活に思いを馳せる。
当時の私にとって、この地の原生生物であるサルたちこそが宿敵だった。奴らが私が居ない隙を狙って私の食料を奪い、それに対抗するために罠を張ったり、時に直接殴り合う、互いの生存を賭けた殺し合いをしていたなぁ。
今では私もすっかりサルたちの行動原理を把握して的確に撃退できるようになり、立派なモンキーハンターに成長したものである。
「お、見えてきました。あれが私が言っていた、森林地帯中心部に続くルートです」
そう言って私が指差す先に、ゲオルギウスとシロが降下する。
そこには、木々が密集するように生い茂っていた樹海の中で不自然なくらいにポッカリと切り拓かれた、平らな地面が見える幅広い道が岩山まで続いていた。
「何ですか、これ? ここだけ植物が生えていない……アメリア博士が舗装した道ですか?」
「私一人でこんな長い道の舗装をするのは無茶があるかなぁ……これは獣道、野生動物が通って出来た天然の通路の事だよ」
野生動物が野山を移動する際、藪や木の枝を圧し折り、雑草を踏み潰すことで、人間も通れる道が出来上がる。
これはその凄い版みたいなもんだ。
「これは大型ドラゴンが通ったことで出来た獣道です。これだけの広さがあれば、ゲオルギウスも悠々と通れるでしょ?」
「あ、本当です。アメリアお姉様が仰っていたのは、こういう事だったのですね」
まるでコンクリ無しで舗装された、土を踏み固めて出来た道路を連想とさせる獣道の横幅は、十メートルに届きそうなくらいに広い。
そんな自然物とは考えにくい獣道を低空飛行しながら私たちは森林地帯の中心部に向かう。乗り物に乗って左右を大自然に挟まれた道路を進む様は、本物のサファリパークにでもやってきたかのようだった。
「あの……この獣道がドラゴンが作ったのは分かりましたけど、一体どんなドラゴンによるものなんですか? 獣道っていう割には、足跡みたいなのも全然見当たりませんし……地面がこんな真っ平になるなんて、どう考えても不自然ですよね?」
クラウディアはとても良い質問をしてきた。
彼女の言う通り、この獣道は普通に脚で移動する生物が通って出来たには不自然すぎるのだ。最初に勘違いした通り、人間が手を加えて舗装したのではないかというくらいに、地面が綺麗に均されているから。
実際、私もこの獣道を始めて見つけた時、人工物だと勘違いした……けれど、これは間違いなく自然界に生息するドラゴンが生み出した産物だ。
「……? あの、何か聞こえてきませんか? まるで地鳴りのような音が……」
ティア様の言葉を聞いて、私とクラウディアは同時に耳を澄ませる。
すると確かに地鳴りのような音が遠くから聞こえてきて……その音の発生源が、私たちがいる方に向かって、強い振動を地面伝いに発しながら近付いてくるのが分かった。
「え? え!? 何これ!? 何これ!?」
突然の事態にクラウディアが狼狽えたのも束の間……次の瞬間には、私たちの進行方向から、バチバチと電流を纏った、棘みたいなのが無数に生えた巨大な球体が、高速回転しながら真っ直ぐに迫ってきているのが見えた。
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