風竜の王
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渦巻く巨大な気流の中、どこまでも澄んでいて、どこまでも高く響き渡る音。
歌詞もメロディもないけれど、美しいとすら感じるその音は、確かに歌声という表現がピッタリだと思うけれど、答えは当然違う。
「普段生息している中心部からはまだ遠いですけど……今日はこの辺りまで移動してきてるみたいですね」
私は焚火を水魔法で消してからシグルドの背中に飛び乗る。
移動を開始しようとする私を見ていた殿下も覚悟を決めたのか、焼いた小鳥と芋虫を一気に口に放り込んでから、私に続くようにヘキソウウモウリュウに飛び乗った。
そしてその直後に、二頭のドラゴンが強靭な後ろ脚で地面を蹴り、さながらジェットコースターのように猛スピードで立ち並ぶ奇岩を縫うように移動を開始する。
(これなら、音が止むまでに到着するかな)
お互いに騎装具無しでも乗れるようになったおかげで、多少無茶な騎乗も出来るようになったおかげだ。
奇岩地帯全体に響き渡る歌声のような音を耳にしながら、私たちの後に付いてくる殿下。その表情は、この地帯の中心地に進むにつれて険しさを増していった。
「……これは私の気のせいではないな? 進むにつれて、他のドラゴンと比べても尋常ではない魔力を感じる。巨竜半島では滅多にない事だ」
ユーステッド殿下の言う通り、巨竜半島では魔力感知を当てにして特定の個体を位置を探ることは割と難しかったりする。
ドラゴンというのは常に巨大な魔力を発しているからね。そんな似たり寄ったりな魔力反応があちこちで感じられる巨竜半島では、大陸では当たり前のように使われる魔力感知は十全に役目を果たさない。
「そんな中でも、この強烈な魔力がハッキリと感じられる……まさかこれが、巨竜半島に生息する六頭の主の一体なのか?」
「えぇ。風のドラゴンたちの頂点に君臨している、リンドヴルムという個体名を付けたドラゴンで、今奇岩地帯中で鳴り響いている歌……鳴き声を発しているのもそいつです」
この奇岩地帯を支配するドラゴン、リンドヴルムは、私たちが今乗っているヘキソウウモウリュウたちと同じく、【風竜目】に属している。
これについてはユーステッド殿下も予想していたことで大して驚きはしなかったけど、その表情からは怪訝さは抜け切らなかった。
「離れた場所にまで届く大きな鳴き声もそうだが、嵐を退けているのもそのリンドヴルムとやらなのだろう? 一体どんな種族なのだ?」
「それはさっきから殿下も見てますよ、ほら」
そう言って私は明後日の方向に視線を向ける。その先には、緑色の甲殻で全身を覆い、後ろに向かって伸びる長い二本の角の間から、頭髪のような長くて黒い鬣を生やす【翼竜科】の大型ドラゴンが二頭、少し長めの首を重ね合うようにしながら奇岩の上で寝そべっていた。
夫婦か何かなのか……見ている分には癒されそうなその姿に、殿下は意外そうな声を上げる。
「あれは、この奇岩地帯に訪れてから頻繁に見かけていたドラゴンではないか?」
「えぇ。クロカミリョクリュウっていう、この奇岩地帯に数多く生息しているドラゴンです。ほら、あの鬣が人間の長い黒髪みたいに見えるでしょ?」
「それと体の色が合わさって、クロカミリョクリュウという訳か……なるほど」
クロカミリョクリュウは、この奇岩地帯を中心に群れを形成するドラゴンの一種だ。
その一点だけを見れば、以前ウォークライ領を騒がせたハシリワタリカリュウと同じではあるけど、彼らとの違いがあるとすればその大きさと、それに比例する強さ。
「どんなに小さい個体でも中型相当……大体が大型ドラゴンくらいあって、個体としての強さは勿論のこと、群れの規模もハシリワタリカリュウより遥かに上です」
群れを形成する、夫婦で行動し続けるといった、集団行動を取るドラゴンは沢山いるけど、クロカミリョクリュウはその中でも最大級の規模を誇る種だ。
統計学的な観点からの考察は出来ていないけど、目算では数百頭は下らない。生まれて間もなく、体が小さくて奇岩の陰に簡単に隠れる幼体を含めれば、下手をすれば四桁にも届くかも。
「そしてそんなクロカミリョクリュウたちを統べるのが、リンドヴルムという訳です」
そう言い終わると同時に、私たちを乗せたヘキソウウモウリュウたちが大きな奇岩の上に登った。
この地帯を見渡すことが出来る高所へ辿り着き、周囲を見渡してみると……かのドラゴンの姿は、すぐに見つけることが出来た。
「これはまた……随分と大きいな……!」
ユーステッド殿下が圧倒されたように呟くのも無理はない。
これまで私と一緒に色んなドラゴンを目にし、時には大型竜が戦う姿も間近で眺めてきた殿下だけど、自分が停まっているちょっとした小山のような大きさの奇岩とも遜色のない、全長にして数十メートルは下らない巨大な翼竜なんて、見たことがないだろうから。
「あれがクロカミリョクリュウの群れを統治し、【風竜目】のドラゴンたちの頂点に立つ個体、リンドヴルムです。今は閉じられている翼を広げれば、もっと大きく見えますよ」
体の大きさだけなら、リヴァイアサンの方が上だろう。しかし【翼竜科】の中では間違いなく最大クラスであるその個体は、奇岩の上で翼を閉じ、空に向かって澄んだ鳴き声を上げ続けていた。
そしてそんなリンドヴルムを中心にし、無数のクロカミリョクリュウたちが渦を巻くようにして旋回をし、竜巻のような渦を作り出している。
その様はどこか、リンドヴルムの歌に合わせて、ドラゴンたちが空を舞い踊っている、神秘的な光景のようにも見えた。
「主の歌に合わせて無数のドラゴンが空を舞う……実に壮観極まりない光景だが、なぜ彼らはあのような行動を? それにあのリンドヴルムの鬣だけ真っ白なのは何故なんだ?」
殿下の言う通り、他のクロカミリョクリュウと違い、リンドヴルムだけは種族名に反して真っ白な鬣をしていた。
しかし、リヴァイアサン以外の個体が見当たらないキョッコウトウカリュウと違い、クロカミリョクリュウは数が多いから研究が捗っている。
あの白い鬣こそがクロカミリョクリュウという群れを形成するドラゴン、そのリーダーの証に他ならない。
「あれはシルバーバックっていう、人間が老化と共に髪が白くなるのと同じ現象です。クロカミリョクリュウも同じで、年を取れば取るほど鬣が白くなり、そして体格と知能と魔力と膂力が増していく」
ドラゴンは年を取れば取るほど強くなる傾向があるけど、それがより顕著なのがクロカミリョクリュウだ。
これらの特徴は、前世で言うところのゴリラにも見られる生態である。クロカミリョクリュウたちにとって、最年長である個体こそが自分たちが従うに値するリーダーであり、その地位に就いているのがリンドヴルムって訳だ。
「で、リンドヴルムたちクロカミリョクリュウのあの行動……アレには大まかに二つの理由があると思ってまして、一つは群れに対する餌の分配。この奇岩地帯に存在する魔力の噴出孔から噴き出る魔力を、自分たちなりの基準を設けながら風で運び、広大な縄張りの至るところにいる仲間たちに届けているんじゃないかっていうのが一つ」
実際、風属性の魔力が風の流れに沿って渦を巻くように奇岩地帯を巡っていることは、最新の調査用魔道具を駆使することで判明した。
群れの長であるリンドヴルムが、群れの存続の為に食料の分配を行っている可能性は十分にあると思う。
「そしてあの歌のような鳴き声は、クロカミリョクリュウなりのコミュニケーション能力の一つだと思うんですよね」
ドラゴンは角を媒介にして意思疎通を行う。それはクロカミリョクリュウも同じではあるんだけど、思念波が届く範囲には限度がある。
奇岩地帯という広大な縄張り全体に生息する、優に三桁に達するであろう群れに命令を下すには、角を媒介にした思念波だけでは足りないのだ。
「だからクロカミリョクリュウたちは、音を介して仲間たちにメッセージを届ける能力を身に付けたんじゃないかと考えています。奇岩地帯全域に吹き巻く風は、その音を遠くまで届ける為のものですね」
そしてそれこそが、ウォークライ領の港町で噂になっている海鳴りの正体ではないかと、私は予想している。
リンドヴルムの鳴き声が遠くまで響き渡るのは、声量そのものが大きいからではない。自身が巻き起こした風に乗って、遠くまで運ばれるからだ。
そしてその鳴き声が海まで届き、遮蔽物のない海面を通って港町まで届いているのではないかと、私は仮説を立てている。
「そう言った種の存続の為の行動が、嵐すら寄せ付けない気流を生み出し、特殊な環境の地帯を作り出してしまうあたり、とんでもないと思いますけどね」
私はそう言いながら、調査の為に持ってきた録音魔道具を懐から取り出して、石で固定しながら地面に置いて、リンドヴルムの鳴き声を録音。
その間に風属性の魔石を生み出し、交渉を持ち掛けることにした。
「十分な個体数が生息していて、人や荷物を乗せて空を飛ぶことが出来る、社交性があって温厚なドラゴン……クロカミリョクリュウは、セドリック閣下が求めている軍用ドラゴンとしての条件を満たしています。これを機に、彼らが人間の領域で活動する余地があるのか調べてみるべきでしょう」
「確かに、あれだけ巨大なドラゴンたちが我々辺境伯軍に力を貸してくれれば、向かうところ敵無しではあるが……出来そうか?」
「さて、それについては何とも」
これまで他のドラゴンたちには同様の交渉をし、上手く行ってきたけど、クロカミリョクリュウにはやったことのない試みだ。そもそも群れの個体を連れ去るような真似をして、それをリンドヴルムが許すかどうか……。
しかし、何事もやって見なくては分からない。そう判断した私は、迷うことなく彼らの元に足を進めるのだった。
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