奇岩荒野に響く歌
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「……アメリア。今更になると思うのだが、本当に見合い話を断ってしまってよかったのか?」
意外な質問に、私は思わず目を瞠った。
「本当に今更な上に唐突ですね。どうしてそう思ったんです?」
「全ての人間に当て嵌まる考え方ではないとは思うが、結婚もまた幸せの形の一つであるというのが一般論だ。見合いを釣書を見ることもせず、決めてしまっても良かったのかと思ってな」
ユーステッド殿下の言葉には一理ある。
私は結婚とか言われてもイマイチ実感が湧かないけど、繁殖は生物の本能。もしかしたら私も将来的には結婚に幸せを感じたりする日が来るのかもしれないし、その機会をむざむざ見逃したように見えるんだろう。
「ティアーユは気に入らなかったようだが、あの釣書の中にも見所のある者が複数名いた。もし今からでも考え直したいというのであれば、断りの返事を待ってもらうように掛け合うことが出来るが……」
「いやいや、それは別にいいですよ」
変なお節介を焼こうとしているユーステッド殿下に、私は苦笑しながら手をヒラヒラと左右に振る。
「殿下の言う通り、結婚生活が私に充実感を与える可能性もあるのかもしれません。なにせ経験のない事ですから、私自身何とも言えないんです」
この世に完全な無意味は存在しない。結婚もまた私に大きな恩恵を与えるかもしれない……けれど、それが出来るかどうか、向いているかどうかは話が別。
他の人は大体上手くいってるケースが多いみたいだけど、私は前世を含めて家族関係で上手くいかなかった人間だ。
自分が結婚生活をどのように感じるのか……夫となる人や、生まれてくる子供の事をどう思うようになるのか、自分でも全く想像が出来ないのである。
「好奇心という面から見れば、結婚もありかもしれません……けどそれだけで他人の人生を縛るのは、ちょっとねぇ」
利益も愛も何もない、そんな曖昧過ぎる気持ちと動機で結婚とかしても、流石に相手に悪いような気がしてならない。
もし私が結婚に対して前向きに考える時があるとすれば……それはきっと、私がその人のことを本気に大切に思えるようになった時だけだろう。
「まぁ正直、今はドラゴンの研究の方が楽しくてそっちに集中したいっていうのが本音ですけどね! いずれ機会があれば結婚することも吝かじゃありませんけど、そもそも私と結婚したいっていう奇特な人間がいるかどうかが疑問です!」
「自覚があるなら多少は治す努力をしろ……風呂も着替えも掃除もせず、嬉々として虫を調理して食べている女性を娶ろうとする人間がいるかどうかは、世辞抜きで言わせてもらえば分からないが、もしいずれ結婚を視野に入れた時がくれば、苦労をするのがお前だぞ?」
「えぇ~、ダルっ」
私の私生活がだらしなくなるのには、ドラゴン研究の為の時間確保という正当な理由がある。
向こうには向こうの理想とか道理っていうのがあるんだろうけど、共生する以上は互いの相互理解ができなきゃ話にならない。
多分、結婚生活も同じだろう。互いの良いところも悪いところもを受け入れらる相手でも現れない限り、私の結婚は夢のまた夢かなぁ。
「とにかく、お前の主張は理解した。不躾な質問をして悪かったな」
「いえいえ、それは別にいいんですけど……もしかして前に私が見合いの話を断った時から微妙そうな顔をしてたのって、今殿下が話してたことが原因だったんですか?」
「び、微妙そうな顔……? そんな表情をしていたのか? 私は」
「自覚なかったんですか? 喜んでいるのか怒ってるのか困惑してるのか、イマイチ分からない凄い変な表情をしてましたよ。ここ最近、ずっと」
四六時中って訳じゃないけど、仕事以外の時……食事休憩中の時とか終業後とかになると、そういう表情を浮かべる時が増えた。
セドリック閣下も気付いていたし、ティア様も出立前に気にかけていたし、クラウディアに至っては『私何か変なことやっちゃいました?』って無駄に怯えてたくらいだ。
この人は元々目つきが悪かったけど、顔に傷痕が出来てからは更に人相が悪くなったから、ここ最近のユーステッド殿下は機嫌が悪い……なんて言われていたくらいである。
「その自覚はまるで無かったのだがな……周囲に気を掛けてしまっていたのなら、反省せねばなるまい」
「それは良いんですけど、どうかしたんですか? 何か悩みでも?」
「悩み…………悩み、ではないと思うのだが……」
何時になく悩ましい様子で両腕を組み、眉間に皺を寄せながら目を瞑る殿下。何だか珍しいものを見たかのような気分だ。
「お前に見合い話が届いたと聞いた時、形容しがたい不安感のようなものを味わってな。それ以降、ふとした瞬間に当時の事を思い出すことが多くなったように感じる」
「まぁインパクトだけはある話でしたからね」
私に見合いなんて、人生で一度も考えてこなかったことだ。
それは多分、他の人たちも同じだろう。普段の私を見ていて、結婚とか婚約なんて単語が結び付く人間なんて、まず居ないだろうし。
「しかし、それだけではないような気がしてな……そもそも婚姻とは本来目出度いことだ。その話が持ち上がったというのに、不安感を味わうというのも奇妙な話ではないか?」
それはそうだ。殿下の性格的にも、祝い事でネガティブな感情になる事なんてまずない。
「だがお前が婚約などは考えていないと聞いた時、胸の内に宿った不安感が少し和らいだのを感じた……それはつい先ほどの答弁を終えた時にも同様でな。私がなぜこのような思考に囚われたのか、理解できんのだ……」
「え……? 殿下、それって……」
誰も居ない二人っきりの空間、私とユーステッド殿下の視線が沈黙の中で絡み合う。
一体どれだけ見つめ合っていただろう……実際の数秒は十数秒にも感じる中、私は口を開いた。
「殿下の事ですから、単に私が結婚したとなったら、嫁いだ先の相手に迷惑かけないか心配になったとかじゃないんですか?」
「それだぁっ! 今のまま結婚話が進んでも、お前も先方も少なからず苦労することになる……だから私は婚約が流れて残念に思いながらも、準備時間が出来たことに安心感を覚えたということか!? なるほど、確かにそれなら全てに説明が付く!」
「ふふん、殿下の性格を考えれば、このくらいの予想は簡単ですよ」
心配性なユーステッド殿下の事だ。知人が結婚しても、ちゃんと夫婦生活を送れているか心配になったりするだろう。特に私の場合、常日頃から色々と心配されてるしね。
(そう言えば……私も最近、殿下の事を考えることが増えたような……?)
ユーステッド殿下みたいな不安感みたいなのを覚えたりすることは無いんだけど……時々ふと脳裏にこの人の顔が過ることがある。
仕事上の付き合いもあるし、別に殿下の事を考えるのは変なことじゃないんだけど……その頻度が不自然に上がってるような、別にそこまででもないような……。
「……おい、待て。何か聞こえてこないか?」
そんな時、ユーステッド殿下が怪訝そうな表情を浮かべて辺りを見渡す。
殿下の言う通り、私の耳にもその音が届く。奇岩地帯でよく耳にする、風が吹く付ける音や砂が流れる音とはまるで違う、とても自然現象とは思えないその音を、殿下は次のように評した。
「これは……歌声……?」
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