ドラゴンのミイラ
書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!
文字通り干物のようになったドラゴンを手に持って軽く掲げてユーステッド殿下に見せる。
どこからどう見ても完全に死んでいる状態だ。水がなくては生きていけないのはドラゴンも同じ……このドラゴンはそんな摂理に従い、こんな姿になったのだ。
「ところで殿下、この大きな溝って何だと思います?」
「……恐らく川ではないのか? 今は完全に干上がっているようだが」
「正解。以前まで、ここには川が流れていました」
その川がこの奇岩地帯における貴重な水源ではあったんだけど、殿下の言う通り今は完全に干上がっている。
「ここは水無川という、水源を持たない川です。大雨が降ったりすれば、再び水が流れ出しますけど、乾期の間はこのように水底が露わになっていますが……そこに住んでいた水棲生物がどうなるのかくらい、想像できますよね?」
そう言って、私は干上がった川を左右に見渡す。
……完全に枯れ、水気が一切感じられない川底の至るところ、私が持っているのと同様なドラゴンのミイラが幾つか転がっていて、ユーステッド殿下は少し痛ましそうな表情を浮かべる。
「幾らドラゴンと言えども、水が無くては生きられないか……こうなるのも自然の摂理とはいえ、少し気の毒に思えるな」
「……そう、思うでしょ?」
私は持っていたドラゴンのミイラを優しく川底に置き、段差を登って殿下の元に戻ると、白いローブコートの内ポケットからメモ帳とペンを取り出す。
最近の私は、台風のように持っていける荷物に制限が掛かるような時には、このようにメモ帳でドラゴンの観察記録を記帳する。大きな紙を画板に挟んで思う存分に書き殴るのも便利ではあるけど、今の防水技術、製紙技術だと濡れたり湿気たりしやすいからね。
フィールドワークは画板を持って落ち着いて書ける状況ばかりでもないし、雨に濡れない内ポケットに忍ばせられるメモ帳というのも、中々使い勝手がいい。
「今日みたいな大雨が降ると、森林地帯にある川や泉が氾濫を起こして、この川に流れてくるんです。雨が降り始めてかなりの時間が経ちましたし……そろそろ来てもおかしくは無いんですけど……」
そうこう言っていると、タイミング良く上流から水が流れ始めてきた。
森林地帯の豊かな水源が、嵐によって氾濫を起こしたことで流れ始めた水は、時間をかけてゆっくりと川を満たしていく……そんな光景を黙って眺めていると、川底に放置されたドラゴンのミイラから、気泡が水面に上り始めてきた。
「何だ……?」
その事に殿下も気付いたんだろう。
カラカラの状態だったのにも関わらず、水から浮くこともなく川底に沈んだままのドラゴンのミイラは、全身を水に浸からせることでドンドンと水分を含んでいき……しばらくすると、痩せ細った体が、ピクリと動いた。
「おいっ!? 今、あのドラゴンは動かなかったか!?」
「気のせいじゃないですよ。まぁ見ててください」
時間が経つにつれて水位が上がっていく川を黙って見守る私たちの視線は、間違いなく死体にしか見えなかったドラゴンに集中する。
その変化を一切見逃すことなく、眼球が乾くの自覚しながらも、私は目の前で刻一刻と変化していく光景をメモ帳に殴り書いていく。
「……ば、馬鹿な……!?」
そして十分な水深が確保された頃……件のドラゴンは川を泳ぎ始める。その動きは先ほどまでミイラだったとは思えない、ゆっくりだけど生き生きとしたものだった。
「あのドラゴンは先ほどまで死んでいたはずだ! それがどうして生き返る!? まさか伝説に語り継がれる蘇生魔法だと言うのではないだろうな!?」
「それこそまさかですよ。いくら魔法の力でも、蘇生なんて言うのはオカルトに過ぎません」
しかし、蘇生魔法と似たようなことをやってのける生物たちは、前世でも存在している。
体が千切れても二体に増える驚異の再生能力を持つプラナリア然り、私たち人間では考えられない生存戦略を使える生物たちが。
「今のドラゴンはカミンコリュウっていう【水竜目鰭竜科】に属する種で、乾眠っていう乾燥が激しい環境の中で水無しでも生き延びる力を持ってるんです。生活に必要な水が無くなると自分から仮死状態になることで無代謝……殆どの生命活動を停止することで体から水が無くなっても生き延び、今みたいに水を得ることで復活するんですよね」
一見すると、伝承の中にしか存在しない蘇生魔法にも見えるけれど、クマムシというミリ単位の小さい生物や、アフリカに生息する蚊など、地球でも生息する生物たちも乾眠を使える。今しがた見たカミンコリュウが使う乾眠も、それらとほぼ同じメカニズムであると考えるのが妥当だ。
もっとも、全長にして二十センチ以上はある大きさの生物が、全身から水分を失う乾眠を行うなんて普通は耐えれないんだけど……そこはもう、流石ドラゴンと言うべきか。どうやって乾燥状態に耐えているのか、是非とも解明したいものである。
(前世で身近なところだと、水田に生息しているカブトエビも同じような生態を持っている)
カブトエビは三葉虫にも似たような姿をしている、生きた化石と呼ばれる甲殻類の一種で、日本の水田にも生息している水棲生物。
泥から生える雑草を食べたり、土壌をかき混ぜて酸素を供給するなど、日本の米作りにとって有益な動物だけど、水田である以上は水が干上がっている時期と言うものがある。
そんな環境下で、陸に上がることも出来ないカブトエビがどうやって種の保存を行っているのか……これについても、耐久卵という乾眠と似たような卵を産むことで可能としている。
カブトエビの卵も無代謝状態になることで乾燥に強くなり、水を得ることで復活し孵化する。親が水不足で死滅しても、子供だけは生き残れるように進化した結果だ。
「ミイラになっても生き返るとは、何という生命力だ……そのような力まで秘めているのか、ドラゴンというのは」
「私も初めて見た時は驚きましたよ。さっきまで川底で干上がって死んでると思ってたのに、雨が降った後に戻って来てみたら元気に泳いでますもん。思わず『あれぇっ!?』って叫んじゃいました」
今回嵐の中ここまで来たのも、カミンコリュウが復活する一部始終を観察する為だ。おかげで凄く有益な観察データを採取できた。
本当なら、ティア様やクラウディアにも見せてあげたかったところではあるんだけど、流石にこんな嵐の中まで付き合わせるのも可哀そうだしね。ティア様も病状が回復したとはいえ、体力が低いのに変わりはないし。
「世の中には、絶望的な環境下でも生き残る術を身に付けた動物っていうのは多くいますからね。ただ外敵を排除する事だけが生存戦略じゃないってことですよ」
特にこの雲を吹き飛ばす風が年中吹き続ける土地では雨が降らず、大抵の水棲生物は生き残れない。
恐らくこの奇岩地帯の原生生物であったカミンコリュウも魚類に似た姿をしていて陸上では生きられず、結果的に乾眠を身に付けたんだろう。
……そんな風に他の生物たちの進化にまで影響を及ぼす生物が、この奇岩地帯の中央に生息しているのだ。
=====
引き続き、調査を続行することにした私は、ユーステッド殿下を連れて、ドラゴンに揺らされながら移動する。
出会うドラゴンたちの解説をしながら奇岩地帯の中央に向かう道中、昼頃になったので食事休憩を挟むことにした私たちは、風が届かない大きな奇岩の陰に隠れて焚火をすることに。
とは言っても、雨で濡れるから食料品なんて持ってきていない。食料は現地調達になる訳で……。
「はい、殿下。あーん♡」
「やめろぉぉおおおおおおおっ! そんなゲテモノを私の頬に押し付けてくるなああああああああっ!」
私は丸焼きにした、全長がスズメくらいの大きさで、焦げ目の付いた全身紫色で目玉が四つある小鳥を木の枝で串刺しにしたものを殿下に押し付けていた。
しかし殿下はお気に召さない様子。全力で顔を背けて、小鳥の丸焼きが口に当たらないようにしていた。
「どうして食べないんです、私の得意料理を。毒なんてありませんよ?」
「嘘つけ! その禍々しい色は完全に警戒色だろう!? 眼球が四つある時点でグロテスクだというのに、羽毛を抜いたら紫色の皮膚が見える鳥など見たことも聞いたこともないわっ!」
「もう、我儘ですねぇ。本当に毒はありませんよ、ほら」
そう言って私は小鳥の串焼きを実際に食べて見せる。
この小鳥は巨竜半島に広く分布している種で、羽を毟って内臓を抜いてしっかり焼くと、骨ごと食べられる貴重なタンパク源だ。私も七年のサバイバル生活で大変お世話になったけど、久々に食べて見たら結構美味しく感じられる。
「じゃあこっちにします? カミキリムシの幼虫の串焼き」
「正気か貴様!? 虫を食べるとか何を考えているんだ!?」
「別に昆虫食なんて珍しいものでもないですよ。それにこっちも結構イケますし……塩味のないチーズみたいな味で」
土じゃなくて枯れ木の幹を食べて成長するからか、泥臭さとかは全然ない。醤油とか付けて焼いたらすごく美味しくなりそう。
「それに海を渡った先にも昆虫食を始めとしたゲテモノ料理なんて沢山あるでしょ? この国には馴染みのない食文化ですけど、海に面した辺境を統治する以上、そう言った料理にも慣れておいた方がいいんじゃないんですか?」
「ぐっ……! 確かに料理のそういう話は聞くし、外交礼儀上、相手国の料理に口を付けないのは非礼に値するが……!」
私が適当に言った言葉が的を得ていたのか、ユーステッド殿下は覚悟を決めたように串焼きを二種類とも受け取ると、額に手を当てて俯きながら、それはもう深い溜息を吐いた。
「正直、私と出会う前のお前の生活を、改めて垣間見た気分だ……そう考えれば、苦労していたのだな、お前も」
「まぁ大変ではありましたよ」
女一人で無人島で生活するのは並大抵の事じゃない。
前世の知識があったとはいえ、私は子供でもあったんだ。スタミナも筋力も足りなくて出来ないことも多かったし、ドラゴンの力を借りれなければ今頃死んでいたと思う。
「人の助けも借りられない状況も長く続きましたしね。でも前にも言ったように、私は楽しくやってきましたし、現状に至るまでの過程にも満足しています」
「だとしても……私はお前には得られる幸福を逃してほしくないと思う」
そう言って、ユーステッド殿下は真剣な表情で私を見てくる。
「例えお前自身が気にしなくとも、これまで苦労した分だけの幸福を享受してほしいと思う。それを不健康な生活習慣で逃してほしくないと考えるくらいにはな」
殿下の視線が、クマの浮かんだ私の顔、古傷のある手足に注がれた。
……まぁ私も分かってる。この人が私の生活習慣を口うるさく言ってくるのは、全部私の為だ。私が病気や怪我で早死にして、得られるはずだった幸せの機会とやらを逃してほしくないってお節介焼いてくれてることくらい。
それでも私は止まれない性をしていて、この人には気苦労ばっかりかけちゃってるんだけどね。私も他の人と同様、簡単には変われないらしい。
「……アメリア。今更になると思うのだが、本当に見合い話を断ってしまってよかったのか?」
面白いと思っていただければ、評価ポイント、お気に入り登録よろしくお願いします




