奇岩地帯の探索
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見上げれば、空を覆う暗い色をした雲に大きな丸い穴が空いていて、そこから日光が降り注いでいる。
自然現象とは別の原因によって生み出された渦上の気流によって、曇天に風穴を開けているのだ。それによって嵐による雨風も全て弾かれ、私たちが居るこの場所だけが濡れずに済んでいる。
「流石にこの季節にこの場所で雨合羽を着るのは暑いですね」
私はそう言って雨合羽を脱ぐと、それに倣うようにユーステッド殿下も雨具を脱ぐ。
夏が過ぎて秋に差し掛かろうとしているとはいえ、まだまだ暑い日々が続いているし、如何にこの地帯に強い風が吹いていると言っても、上着を着て活動するのは厳しいものがある。
「で? どうします? どうしてもって言うんなら、雨の中をもう一回突っ切って帰るのも止めませんけど」
「色々と言いたいことはあるし、不本意ではあるが……確かに雨を凌げるなら、嵐が過ぎるまでこの地で過ごすのも吝かではない。現状、私が領地に居なくても問題がない状況だからな」
そんな中、フィールドワークに同行しないかと持ち掛けた私に対する、深々と溜息を吐いた殿下の返答がこれである。
この嵐の中を再び突っ切って戻るよりも、この嵐の影響を受けない不可思議な場所で雨宿りした方が安全だと考えての事だろう。
「もっとも、最初に貴様が逃げなければ、こうはならなかったという自覚はしてもらいたいところだが……!」
「ああああああああああああああああああっ!? 殿下、ギブ! ギブっ!」
そう言いながら、アイアンクローをしながら私の体を片手で持ち上げてくる殿下。
一度は怒りも引っ込んだと思ったんだけど、やっぱり怒っていたらしい。このまま長々とお説教コースかと思っていると……意外なことに、ユーステッド殿下はアッサリと私を開放した。
「貴様の事だ。私が何を言っても止まらんのだろう。殊勝な物言いをしていたのも、私を油断させてこの場所で活動する為と言ったところか」
「……ソンナ事、ナイデスヨ?」
エスパーか、この人は。大当たりだわ。
何だったら、最初に諦めたような態度を取って見せたのも演技だったりする。
ドラゴンの中には嵐や大雨と言った状況下でしか見せない姿と言うものがある。人間の力では天候を操作できない以上、こう言ったチャンスは逃さずものにしないといけないしね。
「だが良いだろう、今回はお前の口車に乗ろう。支援している研究者の仕事ぶりを視察するのもまた役目だからな」
「お、今回は話が早いですね。なにせあんまり時間もないですし、助かりますよ」
「今回は、というのは余計だ」
こうして、嵐の中での野外調査が始まった。
調査対象は当然、この地帯に生息するドラゴンたちである。
「しかし、これは一体どうなっているんだ? なぜこの場所だけ嵐の影響がない? これもドラゴンの力だというのか?」
「そうですね……ここは巨竜半島に生息している、とあるドラゴンが生み出した台風の目。【風竜目】に属するドラゴンたちの巣窟である、奇岩地帯です」
この豪雨と強風の中、嵐の中心にある無風の空間にも似た気象を維持し続けているこの地帯は、緑豊かな森林地帯を抜けた先にある荒野だ。
常に雨雲を吹き飛ばす強い風が吹いている為に水が少なく、荒野地帯以上に植物が育ちにくい環境で、露になった岩肌は風化が進んでいて砂漠みたいになっているけど、その最大の特徴は何と言っても、無数に並んでいる奇妙な形をした岩……奇岩だ。
「奇岩地帯……確かにその名に偽りはないな。普通では考えられない形をした岩山が、無数に並んでいる。ウォークライ領の海岸でも似たような岩は見られるが……ここまで大量に並んでいる場所は見たことがない」
奇岩とは、途方もなく長い年月をかけて風の力で削られたことで形作られる岩の事。
殿下の言う通り、海風に晒され続けている海岸ではよく見かけられるけど、内陸部で小山ほどの大きさをした奇岩群が、見渡す限り広がっている光景など他にないんじゃなかろうか?
「しかも見てください。ここにある奇岩は全て、一定方向から受けた風によって削られて出来ているから、似たような形をしているのが多いんです」
ちなみにこれは、常に一定方向から吹いてくる風、恒常風によるものではない。
この奇岩地帯を囲むように吹き続け、嵐すら退ける、ドラゴンが生み出した渦巻く気流によって出来たものだ。
「今回この場所に来たのは、【翼竜科】のドラゴンの調査でしてね。ほら、空を飛ぶドラゴンの飼育についても研究を進めてほしいって言ってたじゃないですか」
「あぁ。やはり空を飛んで移動できることは、軍事を含めたあらゆる事業で大きな意味を持つ。人が空を飛ぶというのは馴染みがなく、まだ先の話になりそうではあるが、今の内に飼育下に置け、人工繁殖が出来そうな空を飛ぶドラゴンの調査をお前に頼んだな」
「ヘキソウウモウリュウみたいな例外もいますけど、実は【風竜目】のドラゴンは【翼竜科】が多いんです。だから風のドラゴンが集まる、この奇岩地帯にやってきたんですよ」
私の言葉を証明するかのように、周囲には緑系統の色をした体色を持つ【翼竜科】のドラゴンたちが強風の中で空を舞い、時に奇岩を止まり木代わりにして……あるいは巣として活用しながら休んだり、卵を温めたりしている。
緑は風属性を表す色。ドラゴンが司っている属性は、この様に体色として現れることが多い。
「奇景の中にこれだけの数のドラゴンが集まっているというのも壮観だが……察するに、ここにいるドラゴンたちならどれでもいいという訳ではないという事か。我々を見ても随分と大人しい様子に見えるが……」
「そうですね。温厚であることと、飼育に向いているかどうかは別問題ですから。特に風属性のドラゴンは崖や岩山みたいな高所で足場が不安定な場所に巣を作って卵を産む習性の持ち主が多い。外敵に卵を食べられたり、踏み潰されたりしないためにね。平地で生きる人間が飼育するには、ハードルが高いのが多いんです」
そんな話をしながら、私たちはヘキソウウモウリュウに乗り直して奇岩地帯を散歩するように進む。
飛行が出来るドラゴンってだけなら別の属性を司っている奴でも良いんだけど、ヘキソウウモウリュウを選んだ時と同じで、やっぱりいざ暴れた時に延焼などの二次被害を防止する意味でも、飼育するなら【風竜目】のドラゴンが人間にとって一番好ましい。
全体的に飼育が難しい種が多くても、可能性を調べ上げる価値はあると思う。
「後もう一つ、前に閣下から教えられた怪奇現象についての調査です」
「ティアーユたちと海の探索に出て帰ってきた時の話か。あの後、領内で発生していた原因不明の異常現象に関する資料を渡したが……もしや心当たりが?」
「えぇ。港町で時々発生しているっていう、海の向こうから聞こえてくる異音について」
ウォークライ領の海辺では稀に、ブォオオオ……という、超巨大な管楽器でも吹き鳴らしているんじゃないかってくらいに奇妙な海鳴りがハッキリ聞こえてくることがあるという。
ポルトガを含めた領内の港町では、難破した幽霊船の亡霊の仕業だとか、その音を聞いたら不幸が起こるとか、不安を煽る色んな噂が独り歩きしている。
「この現象の解明については、帝都の物理学者の先生とかにも協力してもらう必要がありますけど、発生源がドラゴンなんじゃないかっていう、思い当たる節があるんですよね」
「ふむ……確かに不確かな噂話を聞いて不安になる町人もいるし、中には港町から引っ越してしまう者もいるからな。これらの現象が呪いだの亡霊だのとは一切関係が無いと解明できれば、領民たちの不安も解消できるな」
この異世界の今のご時世、迷信というのは馬鹿に出来ない。
帝国では政教分離がされているとは言え、、信仰心が篤く、神話とかが実際に起こった歴史だと思っている人も多い時代だからね。幽霊とか呪いとか、恐怖を煽る迷信が人間の実生活に影響を及ぼすことはままある。
そんな事態に次期領主として頭を悩ませていたのだろう、ユーステッド殿下は感動したような表情を浮かべた。
「しかし見直したぞ。領民の不安を解消するために、嵐の中でも調査に向かうとは……」
「え? 違いますよ? 私が単に興味があって調べたかっただけです。何言ってんですか?」
「私の感動を返せ馬鹿者」
「そっちが勝手に勘違いしたくせにそれはないでしょ」
「お前は利己的な面と利他的な面が同居していて分かりにくいのだ」
そうだろうか? 私はどこまでも利己的な人間だと思うんだけどな……。
「それに、私が嵐を突っ切ってでもこの場所に来たかったのは別の目的があるんですよね」
……と、色々と話している内に、私たちはとある場所に辿り着いた。
それは地面に線を引くように地平線の果てまで続いている、深くて広い大きな溝だ。
私はシグルドに乗りながらその溝の中に入り、地面を見渡し……そして目当てのモノを見つけ出すと、シグルドから降りてそれを拾い上げた。
「……? 何だ、それは? 干物……ではないよな?」
「いや、あながち間違いでもないですよ」
大きさにして、私の肩に乗っているジークの半分くらいだろうか。水分を失って平べったくなっているソレを手に持った私は、的を射た発言をしたユーステッド殿下の質問に、思わず笑って答える。
「これは小型竜が水分不足でミイラ化したものですよ」
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