第8話〜職務質問〜
「おいこら、やめろ! 何しやがんだ。触るんじゃねえよ!」
「抵抗するんじゃない。早くこっちに来て、車に乗りなさい」
何がどうなってんのか、全く分かんねえ。
ボクらは無理矢理、黒服のネコに連行され、カマボコのような形をした4つ車輪がある乗り物の、後ろの座席に座らされてしまった。
「早くこれを着なさい。全く、何のつもりだ、2匹とも素っ裸で外を出歩いて」
「……は?」
乗り物に乗るなり、ボクらは黒服のネコに何かを渡された。
キレイに畳まれた、“洋服”だ。
ニンゲンが着てるのと同じような、シャツとパンツ、ズボン。これを着ろってことらしいが、どうやって着るのかが分からない。
「何をやっている。早く着なさい」
「おいやめろ! 触るな!!」
狭い乗り物の中で黒服のネコに体を押さえつけられ、ボクらは洋服を無理矢理着せられてしまった。生地が体毛に張り付く。全身がムズムズしちまう。
「クソ、変な感じだ。お、ルナ、似合うぞ。ニャハハ」
「そ、そう……? 何だか、慣れないなあ……」
ボクは、白地のど真ん中に青い魚のマークが描いてあるTシャツと、紺色の短パンってヤツを着せられた。尻尾を、短パンに開いている穴にいちいち通すのが面倒だった。
ルナは、ボタンが3つついた、白に紺色のしま模様がついたワイシャツってヤツを着て、後ろ足の半分ほどまでの丈がある黄色いズボンをはいてやがる。
着替えをすませると、黒服のネコはバタバタと前の席に入り直した。
乗り物は、ブルンッとエンジンの音を立てて、動き出す。
これから、どこへ連れてかれるんだろうか。
「君たち、住所と名前は?」
息つく間もなく、運転する黒服のネコが尋ねてくる。睨みつけるような目つきが、ミラー越しに見えた。
とりあえず、答えることにすっか。
「何だ、ジュウショって。名前はゴマだ」
「ルナです」
「年齢は?」
「知らねえ。数えたことなんかねえもん」
「僕、まだ生まれて6カ月だよ。兄ちゃんは1歳と6カ月のはずだよ」
外の景色がビュンビュンと、後ろへ走っていく。
ピンク色の空に、綿毛のような白い雲が流れている。ここがどこなんだか、見当もつかねえ。
メルさん、怒ってるだろうなあ。じゅじゅさんも、ユキもポコも、心配してるだろうなあ。
「ゴマくん、1歳6カ月。ルナくん、6カ月。ゴマくんは成猫済み……と。お父さん、お母さんは?」
そんなボクの気持ちなんかどうでもいいかのように、黒服は質問を続けやがる。
「父ちゃんや母ちゃんの事は知らねえ。チビの時の事なんかよく覚えてねえし」
「僕もそのへんはよく知らないんです。だから、今はメルさんが母親代わりなんですよ。あっ、でも……」
ルナは少し考え込んでから、言葉を続ける。
「お母さんの名前は、【ムーン】っていうのはメルさんから聞かされてた気がします」
黒服のヒゲがピクリと動いた。
「ムーン……?」
黒服はハンドルを切って、乗り物のスピードを落とした。「ムーン……」と2回ほどつぶやいてから、乗り物を道路の端に停めた。
“ムーン”。
その名前は、ボクもどこかで聞き覚えがあった。
一体、どこだっけか――。
乗り物のエンジンを切った黒服は、何やら四角くて薄っぺらい板みてえな物を取り出し、肉球でペタペタと触り始める。板の片面が光っている。最近のニンゲンが使ってる、スマホとやらに似てやがるな。
黒服は板を肉球でポチポチしつつ、また質問してきた。
「ふーむ。やはり君たちは、この国のネコではないな。どこから来た?」
そんな事ボクらに聞いてどうすんだよ、気持ち悪りいな……。
しぶしぶ、ボクは答えた。
「どこって、ニンゲンのアイミ姉ちゃん家のガレージだ。で、近くの神社にあるデッケエ穴覗いたら、転がり落ちて、気付いたらあそこにいたんだよな?」
「全くもう、兄ちゃんが僕の注意を聞かないから」
プンスカしてるルナの言葉を聞き流しながら答えると、ずっと運転席にもたれていた黒服が、急にムクッと体を起こした。
「ニンゲンだと!? ……まさかな。とりあえず署まで同行してもらう」
そう言って、慌ただしくまた光る板に肉球を当てた後、エンジンをかけ直した。
「何か気味が悪りいな……」
「ねえ、どこへ連れてかれるの……?」
黒服の意図が何なのか、全くつかめねえ。ヤツはまた乗り物を発進させた。
過ぎていく景色を見ていると、やっぱりあちこちに服を着て歩いているネコがいた。いや、ネコしかいなかった。そして建物や乗り物、道路など、全てがネコサイズだ。
ここは、ネコどもがニンゲン気取りで暮らしている世界なんだろうか。
ネコどもの街をよく見ていると、所々、完全にブッ壊され瓦礫と化した建物があった。あちこちで煙が上がっている。
道を行くネコどもも、よく見りゃみんな下を向いて、うかねえ顔をしてやがった。
ピカピカに磨かれた水筒みてえな形の、銀色に光る塔のような建物のある場所で、乗り物は停まった。