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泉鏡花『芍薬の歌』のこと(附:あらすじ)  作者: らいどん


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『芍薬の歌』あらすじ 6(六十九節~八十九節)

[母親の墓参に訪れたお京主従と峰との、短いながらも運命的な出会い。そこでお京たちは、幾世の自殺を押しとどめる。命を助けられた幾世が語る、ネコ万と群八から受けた虐待の数々。翡翠の玉の出所も明かされ、さらには廃寺のなかで夜鷹のお舟との愛欲に溺れる柳吉の姿も描かれて、因果の糸が一気にからみあう、波乱に富んだ一幕。]


 霊岸町(現中央区新川)の停車場で電車を降りて、浄玄寺に亡母の墓参に訪れたのは、佐賀町のお京である。柳島への月参りの帰りに急に思い立ったことゆえ、それまで連れていた小僧の松吉を、遅くなるからと実家への言づてに送り返して、女中のお常だけをお供に、寺の門へと向かった。


                _____

     | |         |     |

―――― | |      |善明院| 浄玄寺 |

     |隅|         |     |

霊巌島  |田|          ̄ ̄門 ̄ ̄ ̄

     |川|

―――― | |    霊巌島……現在の中央区新川。

     | |    浄玄寺……モデルは江東区平野にある浄心寺。

     | |    善明院……モデルは江東区平野にある善応院。

     | |     (吉田昌志「『芍薬の歌』ノート」による)


 浄玄寺は、荒寺となった下寺の善明院と隣り合わせで、寺と寺との間には幾多の無縁墓や石仏が転がっている。先の暴風雨で倒れたままにされているらしい。日暮れが迫るなか、女二人は四方山話をしながら道を急いだが、たどり着いた浄玄寺の門は閉ざされていた。

口惜(くや)しいじゃありませんか。(たた)きましょう」

不可(いけな)い、仏様がいらっしゃる、お騒がしいから」

 押し問答の末にお京は、善明院の入り口まで道を戻った。廃寺のようであるが、浄玄寺の庭と垣根一つでつながっている。以前お京は小僧と訪れた際に、その垣根を越えて浄玄寺に入ったことがあるという。

「まあ、貴女(あなた)が」

 と呆れるお常を前にお京は垣根を跳び越えようとするのだが、以前と同じようにはうまくいかない。お常に身体を持ち上げてもらおうかと算段しているとき、

「幾世さん……」

 と呼びかける男の声がした。

 やってきたのは峰桐太郎で、彼はお京の姿を幾世だと見間違えたらしい。失礼を詫びた峰は、その場の事情を聞くと、美しい人形を後ろ抱きにするようにお京の身体を持ち上げて、垣根の向こうに移した。

 見守るお常でさえも恍惚(うっとり)する光景に、恥じらうお京と照れた様子もなく去って行く峰。その余韻を噛みしめる間もなく、まだ垣根のこちら側にいたお常は、「あっ」と声をあげて月影の墓に駆け寄った。

 そこには、墓前に手向けた竹筒の水を飲もうとする娘の姿があった。

不可(いけ)ません、不可ません、飲んじゃ不可ません……墓所の溜水(たまりみず)には猛毒の(しきみ)の実が落ちていて、生命(いのち)()るんです」

 とお常は注意をしたが、娘はそれを承知で水を飲もうとしたらしい。娘は幾世であり、彼女が死を決意したのは、どうやら夜鷹の人形に込められていた翡翠の玉と関係があるらしい。


 心配をするお京と、幾世から事情を聞こうとするお常の前に、突如姿を現したのは、占い師の観星堂如海である。如海は浄玄寺の学寮の食客で、佐賀町の稲村にも出入りする、お京の親しい友人だった。

 家で心配しているだろうからと、お京主従は如海に幾世を託して帰宅した。あらためて如海が話を聞くと、どうやら幾世は、母の墓前で命を断とうとしたらしい。如海は彼女が新道の菊川の娘であることに気づいた。というのも、菊川の店に夜鷹の紙人形を置かせたのは如海だったからで、さらにはその人形を作ったのはお京なのだった。

 如海は、翡翠の玉を隠した人形作りがお京の手慰みであり、とはいえ内に隠した玉はお京の亡母の形見であることから、決して軽い気持ちで世に放ったわけではないと語る。そして彼自身についても、ただの占い師ではなく、かつては学問も生活も相当にしたものだと幾世を安心させるのだが、自分の一人娘のことを語るに及んで、なぜかことばを淀ませた。

 また如海は稲村屋に出入りして、親族が次々と持ちこむ縁談に悩むお京の相談相手になっているという。

 そんな如海に心を開いた幾世は、樒の実が峰から預かった玉のように見えたこと、通り合わせた峰が自分の名を呼んだのを聞いたことなどを混乱した様子で口走ったが、やがて落ちついたとみえて、ここに至るまでの経緯を語りはじめた。


 幾世が峰から預かった翡翠の玉のうち替え玉のほうは、峰が心配したとおり継父の群八に取りあげられた。幾世は病気の祖父にすがりつくように寝ながら、どうすれば本物の玉を守れるかを考えた。ふと思いついたのは、自分もまた夜鷹の人形と同じように、素肌の胸もとに玉を紐で留めて隠すことだった。

 以前にも群八は、短刀を抜いて幾世の頬に突きつけて迫ったこともあったが、祖父が出刃包丁をちらつかせて牽制したこともあって、なんとか無事にいられたのだった。しかしその祖父も七月の末に没して、葬式も済ませていない。幾世はますます身の置き所がなくなっていた。今日こうして母の墓前に来られたのも、新道で発生した喧嘩騒ぎの合間を突いて菊川を抜けだしたからだった。


 さて、峰が菊川を再訪した六月十二日から一月半ほどが過ぎた八月初頭(吉田昌志の論文によれば、小説内の時間の流れは、七月七日から始まった新聞連載の、掲載日の季節感とおおよそ同時進行している)、母の月の命日に墓参りをしようとした幾世に、

「待ちな、後に俺が一所に行く」

 と、珍しく群八が声をかけた。墓参を済ませた後、西洋料理店でしたたかに飲み食らう群八を前に、幾世は食事も喉に通らない。隙あらば身体を狙ってくる油断のならない相手だと警戒はしていたが、じつは先日、平久町に住む五竜という占い師に失くした櫛の行方を占ってもらったところ、木場あたりで水に落ちたのだと言う。そのこともあって、群八が人気の少ない木場へと導くことに気を許してしまった。さっそく幾世に迫る群八は、自分のことを父さんではなく兄さんと呼べといって、口を寄せてくる。

 そこへ近づいてきた提灯の灯を見て、幾世は救われたと思ったのだが、やって来たのは何とネコ万であった。

 じつは群八とネコ万は示し合わせて、この夜に幾世の身体を手に入れると決めていたのである。

 男二人に幾世が連れ込まれたのは、(おお)きな水力木工機械が据えられた材木小屋だった。幾世がなおも拒むようなら、裸にして(まないた)に寝かせ、機械の(のこぎり)(おど)すのだという。

「かねて(われ)身体(からだ)金子(かね)を貸す時から、契約済みの事じゃで」

 ネコ万がいよいよ幾世に手をかける気になったのは、先日の峰の再訪を見て「虫が着きそうでどうも危ない」と急かされたからだ。

「今夜のうちに(うん)と云え」と追いつめるネコ万に、幾世はうつむいて、震えながら唇を噛んで泣いている。

「口の開かせようがある。鋸で横に裂くのだ。俎の上へ仰反(のけぞ)れ」と群八が言う。その前に杖で()つのだとネコ万が言う。

「旦那、この(あま)あ、恥ずかしがりだからね、裸に()いときゃ、手足に釘を打っても声は立てねえ」

 下着をひん剥かれると、肌身に着けた翡翠の玉が露見した。……


 玉を奪い取られた時のことを語る幾世は、思わずことばを詰まらせた。聞き手の如海も幾世の話を止めて、話しにくいことを聞いてしまったと慰める。

 そのとき門前に、二台の俥が乗りつけた。やって来たのは先ほどの女中お常と、小僧の松吉である。お京が心配をして、様子を聞きに来させたらしい。一行は古寺の門を出て、浄玄寺へと向かった。


 誰もいなくなった墓のそばにある、脇御堂(わきみどう)の雨戸がカタカタと開いた。

 そこから差し覗いた男は、三浦柳吉である。続いて堂の内から、「柳さん」と婀娜(あだ)な声がかかる。女は夜鷹のお舟で、柳吉が幾世の身を案じていることに妬いているようだ。二人は古畳の上に煎餅布団を敷いて、奇怪な奪衣婆(だつえば)牛頭(ごず)馬頭(めず)の木像に見下ろされながら、人が訪れることもない荒れ寺に隠れ住んでいたのだった。

 彼らは、地獄の幻影を見ながらも、脱いだ衣を「お役目」と奪衣婆の像にひっかけてキスを交わす。

「いつかはこうして、やっぱり私が人形になって、……その時翡翠を返したのが、縁だったね」と、抱きあうと、

「大間男爵、益丸の奴等、審査員ども! どうだ、手前たちに、この意気が分かるか」と柳吉はからからと笑う。

 柳吉は秋の展覧会に、幽霊橋にたたずんだ夜鷹のお舟が、青い翡翠の目の真っ白な子猫を抱いている絵を出品し、自他の予想どおりに落第を食らって、お舟とともに世間を棄てたのだった。


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