『芍薬の歌』あらすじ 5(五十九節~六十八節)
[お京との結婚を企む大間男爵とネコ万の、好色貪婪の二名が結びつく男爵邸での一幕。そこに現れた峰は男爵の本性を見抜くと、彼の妹との縁談を拒絶する。さらに夜鷹のお舟はお京が大川に棄てた男爵の見合い写真をネタに、痛快な強請場を演じるのだった。]
麻布にある大間男爵の邸では、男爵とネコ万が密談の最中である。
といっても男爵がネコ万に借金の相談をしているわけではない。男爵は病死した弟の財産を横領し、その未亡人に関係を迫り発狂せしめたこともあって、既に巨万の財産を擁している。話しているのは男爵と稲村のお京との縁談の件で、少し前に歌舞伎座の桟敷席でお京を見初めた男爵は、彼女を手に入れるために各方面から稲村に圧力をかけていたのだが、ネコ万もその片棒を担いでいた。
そこへ邸を訪れたのは峰桐太郎である。
じつは男爵は自分の縁談と並行して、妹と峰の結婚話をまとめようとしていたのである。男爵のわざとらしいもてなしぶりから、この縁談は自分の財産目当てだと峰は確信する。家扶の控え室に身を隠したネコ万の姿も見逃さなかった。男爵は峰が洋行帰りであるにもかかわらず考えかたが和風であることを持ち上げつつ、妹の絹子に話題を向ける。峰は男爵の誘いをことごとくはねのけると、家族の奨めはともかく、この縁談は自分の意思で断りたいと明言した。
そのまま席を立った峰を引き留める間もなく、男爵に別客の来訪が告げられる。客とは、あらかじめ電話で面会を予約した三浦柳吉だったのだが、実際に訪れたのは柳吉ではなく、女だった。
男爵邸の門前に自動車で乗り付けたのだという女はぼろを着て、手に釣り竿を持っち、しかもひょっとこのような若い男を連れている。怪しむ家扶に向けて、
「三浦の代理に参った。妻、舟子」
と言い放った。
玄関口で峰とすれ違ったお舟は、「おや」と驚くのだが、峰は軽く挨拶をしただけでそのまま去ってしまう。この二人はすでに永井橋ですれ違っていて、峰もあの夜のことを思い出したようだ。
手下の彦造を玄関に残して応接間に入ったお舟は、無礼なことに、いきなり接待の煙草を吹かしている。頭のおかしな女が来たと、男爵が人を呼んで追い払らおうとしたところ、
「御前様、お願い! お買い上げ遊ばして下さいまし」
とお舟は膝をついたのだが、その態度はどこかふてぶてしい。
女が床に開いた包みから見えたのは、大小十四、五枚ほどの写真。なかには男爵がお京に送った見合い写真も含まれていた。そしてなんと裏面には、「落第」という女手の添え書きがされている(これはお舟が書き足したものである)。
男爵たる者が見合い写真に落第と書かれて川に棄てられた恥辱を新聞で公表されたくなければ、これを五百円で買い取れ、タダで奪おうとしても縄つきになるまで抵抗してやると、お舟は啖呵を切った。
男爵が渋々としたためた五百円の小切手は、お舟が呼びよせた彦造にかっさらわれた。大音響で閉じられた扉の向こうでは、早くも、お舟と彦造が横付けにされていた自動車で逃走する。
即座に換金した金で、お舟は着物上下、指輪、簪を買いそろえるとたちまち貴婦人に化けて、一流の待合に人気の歌舞伎役者を呼びよせたのだった。




