『芍薬の歌』あらすじ 2(二十四~三十八節)
[続いて描かれるのは、画家の三浦柳吉が翡翠の玉に導かれる一場、そして彼は、鮨屋菊川の幾世が、じつは彼が愛した、今は亡き花魁、菊川の養女であり、悪辣な義父郡八と金貸しのネコ万の毒牙にかかりつつあることを知る。]
神田亀住町の停車場に停まった電車から、慌てて駆け下りた男がいた。妻に死に別れた、三十六、七歳の浮世絵絵師、三浦柳吉。先述の峰桐太郎とともに菊川を訪れた客の一人である。柳吉が途中下車をしたのは、路傍に店を出した占い師の露台に、菊川にあったものと同じ夜鷹の紙人形が置かれているのを車窓から見つけたからだった。
観星堂如海というその易者は、不思議なことに柳吉の目当てが人形であることを察知していたかのように振る舞う。柳吉は人形を十銭で買い求めた。
やがて柳吉が訪れたのは、洲崎遊廓弁天町にある、鶴兼という引手茶屋である。着いて早々に柳吉は、大柄な女中のお鹿と幼なじみのように戯れはじめる。それもそのはず、まだ柳吉が若かったころ、何も知らない彼に遊廓での振る舞いを手取り足取り教えたのが鶴兼の主婦、鶴賀小兼なのだった。
年老いた主婦は、四匹の子猫とともに、今は半隠居のように暮らしている。そんな主婦が、柳吉がなぜ今夜、久しぶりにここを訪れたのかを知って、激しく叱責した。
柳吉は先日、鮨屋菊川で見かけた幾世のことがなぜか忘れられず、今からここに呼んでみたいと言ったのである。
主婦は、かつて柳吉が馴染みにしていた花魁、菊川の哀しい最期を語りはじめた。
菊川は悪い男に引っかかって、苦労の末に気が狂い、ときおり柳吉のことを口走りながら亡くなったという。じつは幾世は、そんな菊川が遺した養女で、鮨屋の名前も母親の名から取ったものらしい。幾世もまた、母親が恋した相手として、画家として噂を聞く柳吉のことを肉親のように慕って、逢いたがっているのだそうだ(実はすでに、双方が知らないうちに対面していたのだが)。
続けて主婦は、現在の幾世の身にふりかかる因果を語った。
柳吉が身を固めたことを知ったからか、菊川は借金をして苦界を抜け、働き者の若い男と所帯を持った。だが、平凡な若者に身抜けの借金が返せるはずもなく、菊川は静岡で芸者をすることになった。その土地でわりと裕福な農家の旦那ができて生活が落ちついた頃に、親なし児を引き取ったのが幾世だった。
仔細があってその旦那とともに洲崎に戻ると、引手茶屋を構えたのだが、不景気のあおりを受けて茶屋は没落し、旦那は行方不明になった。そのときに菊川を口説いたのが、虻の郡八という、吉原のやくざな妓夫だった。二人は洲崎を出ると、幾世を菊川の老父に預け、汐見橋あたりの裏屋に所帯を持った。郡八はもとは画家であったが、身を持ち崩して遊び人になり、次は西洋風の新演劇で一旗揚げると言いはじめ、やがて菊川が狂い死にをすると囀新道に鮨屋を構えて、幾世と老人を呼びよせた。そんなことができたのは、鮨屋菊川の隣にある煙草屋の根越万兵衛が幾世の金主になったからだった。
通称ネコ万と呼ばれている、この万兵衛という男は強欲で好色な金貸しで、一帯の地主でもある。本宅とは別に新道の仮宅に出張して、金の力で縛った近隣の女たちを取っ替え引っ替え抱いている。いまは幾世の成長を涎を垂らして見守りながら、熟したところを食らう日を楽しみにしている。一つ屋根の下で暮らす郡八が、うかつに幾世に手を出せないのも、ネコ万が目を光らせているからである。
そんな幾世の八方塞がりな現状を知った柳吉は、自分にはどうにもできない口惜しさに、泣きながら家路をたどった。




