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白亜の町に死す ドラマツルギー  作者: 若庭葉
第五章:白亜の町に死す
39/42

いつか聞いたあの声

 同日──時遡り、十八時四十五分頃。


「ど、どういう意味ですか? あなたが、()()()()()()()だなんて……」

 貸してもらっている家の中、ベッドに腰かけていた私は、混乱する頭で、どうにか尋ねた。

「嘘ではありません。あなたのお母さん──鬼村聖子さんは、私のせいで亡くなったんです」

 橘美佳さんはそう言い切るとともに、「本当に、ごめんなさい」と、椅子に座ったまま体を折り曲げて、低頭する。

 ──意味がわからへん。

 事態が呑み込めていないのに謝罪されても、困惑が増すだけだ。

 どうして、橘さんはそんな嘘を吐くのだろう? 嘘……そう、嘘に決まっている。

 だって、橘さんに、母を殺す理由なんてないのだから。

 私の頭の中は、巨大な疑問符に占拠されてしまった。

 橘さんが家を訪ねて来たのは、今からほんの数分前のこと。日が沈みきって、町を焼き焦がすような夕映に代わり、夜の帳が下りた──その少し後だった。

 緋村さんには、「呼びに行くまで一人で課題をして待っていてくれ」と言われていた。またしても、除け者にされたような形ではあるけれど……どうせ他にやることもないしと、私は従った。

 しかし、どうにも勉強なんてする気になれず。昨日と今日見聞きしたことについて、あれこれと思案して過ごしていた時──橘さんが、ドアをノックしたのだ。

「えっと……すみません。やっぱり、意味がわからないです。橘さんは、十七年前のあの日、初めて母と会ったんですよね?」

「……直接お会いするのは、あの時が初めてでした」

 橘さんは顔を上げた。しかし、目を合わせてはくれず、その視線は、自身の手元を彷徨い続ける。

「けれど、私は以前から、あなたのお母さんのことを、知っていたんです。……琴矢くんから話を聞かされたり、写真を見せてもらったりしたことが、あって」

「天道さんから?──天道さんも、私の母と顔見知りやったんですか?」

「……交際していました。あの二人は」

 ──恋人同士やったってこと? だから、天道さんのマネージャーである橘さんも、母の存在を知っていた?

「で、でも、そうやとしても……動機がないやないですか。橘さんが、母を殺さなあかん理由なんて」

「……私が直接、手を下したわけではありません。けれど、結果として私は、聖子さんを死なせてしまいました。私のせいで、聖子さんの存在──彼女がこの町にいること──が、()()()に、バレてしまって……。本当に、何とお詫びしたらいいか……」

 橘さんは、再び「ごめんなさい」と繰り返す。その声音には、涙が混ざり始めていた。

 ──泣きたいのは、こっちの方や。昨日から、もう何度、嫌な話を聞かされたことか。

 真実を知りたいと望んだのは私自身だったし、その覚悟もできていた、はずだった。

 それなのに、いや、それでも、やはり──

「『あの人』って、誰のことですか?」

 私は、溢れそうになる感情を抑え込みながら、再び尋ねる。またしても、傷つくだけかも知れないと、思いながら。

「……陣野という男です。聖子さんの、元交際相手の」

 母が、借金の肩代わりをさせた人。

 あるいは、大金をふんだくって逃げた相手、か。

「あの日、聖子さんの来訪を知った私は、まっさきにそのことを、琴矢くんに伝えました。『事務所に連絡をしなければいけなくなった』と、蒼一社長に嘘を言って、打ち合わせを中断させてもらって……。私の電話を受けた琴矢くんは、もう一度だけ聖子さんに会いたいと望んだ。それで、当時の鷺沼家の奥様──瑠璃子さんに、許可を得ることにしたんです」

「……許可? 何の許可でしょう?」

「人知れず、この町を訪れる許可です。──瑠璃子さんは、昔から琴矢くんのことを気に入っておられました。だから、瑠璃子さんも、琴矢くんが聖子さんと会うのを、アッサリと許してくださった。……ただし、ある条件の元で」

 ある条件? 私は再び、鸚鵡返しする。

 橘さんは、苦しげに顔を歪めた。

「琴矢くん一人ではなく、()()()()()を同行させること。それが、瑠璃子さんの提示した、条件でした。

 その男の人は、謂わゆる闇金をしていて……元々聖子さんは、その人からお金を借り入れたそうです。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──陣野の部下なのよ」

 つまり、橘さんは「ジンノさんの部下の闇金」とやらが、母を毒殺(あや)めた犯人だと、言いたいらしい。

 当然ながら、橘さんの話は、容易に受け入れられるものではなかった。

「今のお話が事実やとして……やっぱり、橘さんが気に病むこととちゃう気がします。あなたはただ、母がこの町にいてることを、天道さんに伝えた。それだけなんですよね?」

「……ええ。けれど、私も同罪なのよ。だって──」

 その後に続いたのは、やはり、思いがけない言葉。

「消えてほしいと思っていたから……あなたの、お母さんに」

 ──どうして? なんで、そんな酷いことを願ったのですか?

 私が問うまでもなく、橘さんは、語り出す。

「聖子さんのせいで、琴矢くんの役者人生が破綻してしまうのではないか……私は、そう考えました。彼、昔傷害事件を起こして、芸能活動を休止したことがあるんです。聖子さんと同棲し始めたのも、ちょうどその時期で……。そもそも、琴矢くんが事件を起こしてしまったキッカケも、あの女性(ひと)だった。だから、ハッキリ言って、邪魔な存在だったの。あなたのお母さんは。私にとっても、琴矢くんにとっても」

 私は黙っていた。昨日から、母の話を聞かされる度に、いつもこうなる。

「聖子さんは、多額の借金を抱えていた。この町にやって来たのも、宗介会長に援助を頼む為だと、聞きました。……もしも、当てにしていた会長に拒まれた聖子さんが、琴矢くんに標的を変えたらと思うと……私はとても、怖ろしくなった。できることなら、二度と琴矢くんに関わってほしくない。このまま──このまま、琴矢くんとの関係が明るみに出る前に、消えてもらいたい。そう、願ってしまいました」

 誰の話を聞いても、全て同じ。おんなじや。

 ──母が、悪い。

 多額の借金を拵えた上に、人から大金を騙し取り、今度は別の人間に援助を申し込もうとしていた。誰がどう聞いても、悪いのは母である。

 私の母は、まさしく「邪魔」でしかないのだ。

 関わり合った人たちの、人生において。

 昨日からずっと……そんな話ばかり、聞かされている。

「──あっ」

 突然、橘さんがこちらを見上げ、小さく声を漏らした。しかし、生憎と視界の()()が酷いせいで、どのような顔つきであったか、仔細にはわからなかった。

 ただ、「……ごめんなさい」と、またしても謝る声だけが、聞こえて来る。

 何に対する謝罪なのかさえ、私にはわからない。それどころか、自分が何故、泣きそうになっているのかも……。

 悔しいのか、悲しいのか──あるいは、無力感を覚えてか。自分自身のことでさえ、判然としないまま、私の口が動く。

「どうして今になって、打ち明けてくれたのですか? 先ほど礼拝堂を見学しに行った時は、そんな話、一言もしてくれんかったのに」

「それは……誤解を解きたくて」

「ごか、い……?」

 今度は、何を言い出す気なのだろう? この人は。

 色々な感情が混ざって濁り、脳が心の処理を諦めたせいか……私はかえって、醒めた心地になった。

 喩えるなら、それは、魂から分離したもう一人の自分が、体を抜け出し、差し向かう私たちの姿を、天井から俯瞰するような……。あるいは、今私たちを見ているのは、私の分身ではなく、前世の記憶──シオンと呼ばれた少女なのか。

「聖子さん……あなたのお母さんの死に、()()()()()()()()()()()()()

 話が飛んだ、気がした。どうしてまた、天道さんの名前が出て来るのだろう?

 ──結局あんたは、何がしたいねん。

 私なのかシオンなのかわからない声が、ツッコミを入れる。

「琴矢くんから、聞かされたんです。緋村さんが、彼のことを疑っている。それどころか、琴矢くんと私が共謀して、聖子さんを毒殺したのだと、糾弾されたそうで……。だから、誤解を解かなければいけないと、そう思いました」

 そうか。さっき緋村さんが、一人で天道さんの家を訪ねたのは、そういうことやったんか。私はようやく、合点がいった──それすらも、もはや他人事のようだった。

「確かにあの夜……琴矢くんは、密かにこの町を訪れていました。けれど、彼は何も、悪いことはしていない。陣野たちの犯行に、利用されただけなのよ。だから……悪いのは、琴矢くんに連絡してしまった私と、聖子さんの飲み物に毒を投じた、陣野の部下。そして──聖子さんの抹殺を命じた、鷺沼瑠璃子です」

 要するに、この人は天道さんを庇う為、私の元にやって来たのだ。そして、庇うということは……やはり、天道さんは、本当はもっと直接的な形で、母の死に関わっているのでは?

 私は、確かめようとした。けれど、適切な言葉が見つからず。口を開いたはいいものの、結局、何の声も発せられない。

 そうして、私がまごまごしているうちに──

 またしても、ノックの音が木霊した。

 やっと、緋村さんが来てくれたのだ。緋村さんであれば、頭のおかしくなりそうなこの状況から、救い出してくれるかも知れない。

 私はいもしない少女の視線など忘れ、安堵した──のも、束の間。

「ごめんくださぁい。どなたか、いらっしゃいませんか?」

 扉の向こうから発せられたのは、聞いたこともない声だった。

「……私が出ます」

 警戒心を露わにして、橘さんが言う。私が応じるよりも先に、橘さんはすくりと立ち上がり、緊張した面持ちで、ドアに向かった。

「あのぉ、すみませーん。──いてへんのかな」

 再び声がしたところで、橘さんの手がノブを捻り、控えめにドアが開かれる。

「あ、どうも。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」

 私は身を乗り出して、橘さんの背中越しに、戸口を窺う。そこには、ビジネススーツを着た若い男の人が、佇んでいた。

 茶色に染めた髪や、細く整えられた眉毛から、サラリーマンという雰囲気ではない。が、そんなこと以上に気になるのは、目の上や頬に青痣を拵えており、鼻梁が少し、曲がっていることだ。まさか、取っ組み合いの喧嘩でも、して来たのだろうか?

「……どちら様でしょうか?」

 橘さんが、訝るような声で問う。

 それはその人にも伝わったらしく、口調を改め、

「初めまして。(わたくし)、美杉探偵事務所に勤めている、松谷という者です。この町に滞在中の緋村さんから頼まれて、みなさんを、()()しに参りました」

 予想外の来客は、予想だにしないことを告げた。


 ※


 同日──現在。


 天道は、数メートル先から自らを狙う銃口を目にし、静かに両手を上げた。ただし、その口許には、薄く笑みを浮かべたまま。

「……可哀想に。いきなり拳銃なんか渡されても、扱えないでしょ。本物かどうかも、わからないけどさ」

「ご安心ください。間違いなく、実銃です。もしもの時の為に、用意して参りました」

 答えたのは、宗介だった。拳銃を握り締める和人自身は、血の気の引いた顔に汗を浮かべ、標的である天道の姿を、凝視している。

 和人はまだ、引き金に指をかけることすら、できていない。

「……どうしたのかね? 早く、始末しなさい。私の望みを聞き入れてくれると、そう言ったではないか」

「……そう、やけど……けど……」

 追い詰めるような宗介の言葉に、神薇教の男は、声を慄わせた。

「和人……」息子と同じように、顔を青褪めさせた真澄が、口許を両手で覆い、呟く。

「気を咎める必要はない。天道さんは、君の妹を手にかけた罪人だ。それに、どうせ私たちはもうじきに死ぬ。人を殺した後のことなど、考えなくていい」

 というのが、宗介の言い分らしい。

 しかし、いざ実際に人を撃つとなると、やはり容易にはできないのだろう。銃を握る手を、小刻みに震わせながら、和人は苦しげに、歯を食い縛る。

「やめてください、和人さん。その人を撃ったところで、何の意味もありません」

 さすがの緋村も、少なからず緊張した様子だった。が、恐怖のあまり気が動転している、という風ではなく、むしろ憤りすら感じさせるほど、険しげな顔つきをしていた。

「意味はないんですよ」硬い声で、繰り返す。「橘さんは、すでにこの町を出ています。美杉探偵事務所の松谷さんにお願いして、倉橋さんと一緒に、連れ出してもらいました。本当は、天道さんにも同行してもらうつもりだったのですが……。どこかに出かけていたようで、タイミングが合わず、こうなってしまいました」

「先手を打たれていた、ということですか。小癪な真似を……」

 相変わらずの無表情ではあるものの、宗介の声色や言葉からは、次第に感情が滲み出るようになっていた。明らかな苛立ち──この青二才に対する、憎しみが。

「ちなみに、すぐ近くの天国洞では、今頃警察の捜査が始まっているでしょう。先ほど田花さんから連絡がありました。なんでも、顔を怪我していたせいで、警察に事情を伝えるのに、苦労したそうです。若庭と喧嘩して、殴り倒したのでないかと、疑われたとかで。

 その為、思いの外時間を要してしまいましたが……田花さんは、無事に事情を伝え、天国洞を調べるよう、警察に依頼してくれました。幾ら洞窟内が複雑に入り組んでいるとはいえ、本物のみなさんの遺体も、もう間もなく発見されるかと」

「……どうやら、あまり悠長にはしていられないようだ。仕方ない」

 首を振って呟くと共に、宗介はジャケットの内側から、何かを取り出す。

 それが、和人の手に握られているのと同じ型の拳銃であることに、誰かが気がつくより先に。

 けたたましい発砲音が、星夜の静寂を(つんざ)いた。

「…………!」

 胸の真ん中からわずかな血の飛沫を噴き出させた()()は、椅子と椅子の間に、倒れ込んだ。

「和人!」真っ先に、真澄が我が子の名前を叫ぶ。

 レンジャーは目を瞠り、腰を浮かせた──が、彼らがそちらへ駆け寄ろうとするより早く、二発目の銃声が、鳴り響く。

「……やはり、素人には扱いが難しい。よりによって、あなたを仕留め損ねるとは」

 宗介の目線の先では、左の脇腹を撃ち抜かれた天道が、傷口を手で庇いながら、片膝をついていた。

「動くな。あなたは、そこで見ていなさい」

 今度は緋村の方へ銃口を向け、簡潔に命じる。

 無言のまま睨み返して来る青年のことを、一瞥しつつ……宗介は、再び撃鉄を起こした。

「……本当に、肝の据わった人だ。憎たらしいほどに。こんなことになったのは、あなたのせいです。あなたがしゃしゃり出て来たお陰で、計画が狂ってしまった」

 言い終えると共に。

 宗介はまたしても、少しの躊躇もなく、引き金を引いた。


 ※


「はあ⁉︎ ()()を辿った⁉︎『犯罪の臭い』って、そういう意味やったんか!」

 探偵──松谷と名乗った男の人は、スマートフォンに向け、声を荒げた。何の話かわからないけれど……「シシュウ」とは、刺繍のことか、それとも詩集だろうか?

「……悪かったな、臭いに気づかんくて。誰かさんにぶん殴られたせいで、鼻がイカレてもうたんや。──で? 警察には、ちゃんと伝えられたんやな?」

 どうやら、松谷さんの顔の怪我は、電話の相手とやり合ってできたものらしい。大の大人が殴り合うという状況が、あまり想像できなかった。

 それはそうと、電話口から微かに漏れて来る声に、私は聞き覚えがあった。先ほど緋村さんと通話していた「探偵さん」と、同じ人ではないか。

 緋村さんの人脈が、よくわからない。彼が、わざわざ私たちの護衛を、この人に頼んだ理由も。

 私はキャリーケースを引き摺りながら、松谷さんの後を、ついて歩く。その更に後ろには、橘さんがいた。

 橘さんも、私と同じように荷物を持ち、酷く沈んだ表情で、歩を進めていた。

 本当は、天道さんも一緒に町を出てもらう予定だったそうだが、タイミングが合わなかったらしい。結局私たちだけが先に、松谷さんに連れられて、下山することに決まった。

 私たちは、白亜の町を通り抜ける。

 その間、私も橘さんも、ずっと黙っていた。先ほどの話の続きは、全くできていない。

「ああ……ああ、わかった。こっちは大丈夫や。今から車に乗る。彼の方はどないなった? まだ?──そうか」

 駐車場のスペースが足りなかったようで、松谷さんの車──車種はよくわからないけれど、見るからに古そうな車だった──は、反対側の路肩に停車していた。

「……ほんなら、また後でな」

 通話を終えた松谷さんは、スマートフォンをしまい、代わりに車のキーを取り出した──その時だった。

 何かが爆発するような凄まじい音が、山頂の夜空に、鳴り響いたのは。

「な、何や⁉︎」

 喫驚した様子で、松谷さんが顔を上げる。私と橘さんは、同時に町の方を振り返った。

 そうだ。今の破裂音は、確かに白亜の町から聞こえて来た。

 と、思う間もなく、再び同じ音が、炸裂する。まるで、車同士が速度を保ったまま衝突したかのような……あるいは、映画などで耳にする銃声を、もっと生々しくしたかのような、轟音。

 いったい、白亜の町で、何が起きているのか。もしかしたら、緋村さんの身に、何かあったのではないか?

 ほどなく、私の不安を裏づけるかのように、三度目の銃声が、鳴り響く。

「あ、あの……私、様子を見て来ます!」

「え?──いや、それやったら、自分が行って来ますよ。鍵を渡しますんで、お二人は、車ん中で待機しといてください」

 松谷さんは、そう申し出てくれたのだが……私はやはり、自分の目で確かめたかった。緋村さんの無事を。

「でも」と反論しかけた私を、安心させようとしたのだろう。松谷さんは、痣だらけの痛々しい顔に、笑みを浮かべる。

「大丈夫。すぐ戻りますから。──えっと、橘さんでしたっけ? これ、車の鍵ですんで」

 松谷さんの言葉を、橘さんは、黙殺した。

 わざと無視したというより、耳に届いていない様子だった。

「あのぉ」と、松谷さんは訝るように、首を傾げる。

 すると──

「凛果さん」

 橘さんは、何故か、私の名前を呼んだ。

 鍵を乗せた手を差し出す探偵のことは、相変わらずスルーのまま。橘さんは、こちらに向き直る。

 その表情は、やはり強張っており──何かを怖れているようにも、それに立ち向かう決意を固めたようにも、見えた。

「こんな時に……私の口から言うのも、どうかとは思うんですが」

 一歩ずつ、足元を確かめて進むような口調。今度はいったい、何を告げられるのか。

 あまりにも真剣な眼差しを向けられ、こちらまで緊張してしまう。

 橘さんは──言った。

「あなたの本当のお父さんは、琴矢くんです。満さんではありません。あなたは……本当は、聖子さんと、琴矢くんの子供なのよ」

 その言葉の意味を理解するのに、私は数瞬を要した。

 ──シオン。

 いつか聞いたあの声が、不意に、耳の奥で蘇る。

 前世の記憶だと、思い込んでいた声。

 男性か女性かさえも、曖昧だった誰かの声。

 それは、次第に、この町で耳にした天道さんの声と、重なって行き──

 気がつけば、私は荷物を放り出し、踵を返していた。


 ※


 三度目の銃声が、礼拝堂の中に木霊する。放たれた弾丸の行方を目の当たりにした瞬間、彼らは、声を失った。

 平時にも増して血の気の失せた顔で、緋村は目を見開く。その瞳に映る、老人の姿──久住の体に巻かれたガムテープが、見る間に()()()()()()()()()

 天道同様、腹部に弾丸を受けた久住は、幽かに呻き声を上げたのみで、目を覚ますことはなかった。無論、撃たれた拍子に意識を取り戻したとしても、椅子に体を固定されている以上、逃げ出すことは困難だろう。

「……()()()とは、勝手が違うな。あまり、弾を無駄にはしたくなかったのだが」

 宗介が独語する。

 呟きながらも、彼はすでに、激鉄を起こしていた。

 緋村が振り返る──明確な敵意を剥き出しにしたその視線に対し、宗介は、銃口を見せびらかして応じた。

「なんでしょう、その表情は。こうなることまでは、予想していなかったのかな?」

「……どうして、そこまで」

「躊躇わずに人を撃てるのか、ですか? 簡単な話ですよ。私は大昔に一度、拳銃を使って人を殺めたことがあるんです。もっとも、その時は、自殺に見せかけて殺しただけ。ですから、ご覧のとおり、射撃に関してはズブの素人ですが」

「……なるほど。虻田を始末したのは、あなただったのか」

「そんなことより……しばらく、そこから動かないでいただけますか。緋村さんのせいで、時間がなくなってしまった」

 そう言うと、宗介は、別の場所へと目線を投じる。

「レンジャーくん。今度は君の番だ。──あそこに落ちている銃を、拾いなさい」

 宗介が顎をしゃくって示した先には、和人の手から落ちた拳銃が、転がっている。

 指名を受けたレンジャーは、逡巡しているらしく……赦しを乞うかのような目つきで、宗介の姿を見た。

 しかし、その懇願は、言外に跳ね除けられてしまう。

「レンジャー博士……」

 緋村が呼びかけるも、意味を成さず。レンジャーは、真澄の哀しげな眼差しに見送られながら、赤いカーペットの上を進み、亡骸の傍らに落ちる拳銃を、拾い上げた。

「何度も言うように、時間がない。今すぐ橘さんを追いかけて、殺しなさい。もしも、すでに追いつけないようであれば……最低でも、俊太くんだけは、処分するように。俊太くんは、我々を裏切ったらしい。これだけ待って、やって来ないのだ。卑怯な裏切り者には、罰を与えなくては」

「罰……だ、だけど、罰を受けなくてはならないのは、僕の方で」

「それは違う。私も、真澄さんも、和人くんや俊太くんも──みんな、罪がある。無論、そこで蛞蝓(なめくじ)のように這い回っている、天道さんにもね」

 撃たれた場所から血を垂らしながら、天道は椅子の間を這いつくばり、壁の方へ、移動していた。混乱に乗じて逃げるつもりだったのだろうが、宗介はそれを見逃すほど、甘くはない。

「久住さんは? 久住さんは、何もしていないはずだ!」

 緋村が叫ぶ。

「……完吾くんもまた、紫苑さんの犠牲によって、特をした人間です。完吾くんの父親──吾郎さんは、瑠璃子から多額の報酬金を受け取り、例の事件に加担しました。そして、その大部分は、完吾くんの養育費に当てられたはず。犯罪の恩恵を受けて育った以上、罪人も同然ですよ」

「……無茶苦茶なことを仰いますね。そのような理屈が罷り通るのであれば、真っ先に撃たれなくてはいけないのは、どのみちレンジャー博士でしょう。……それとも、やはり、特別ですか? ()()()は」

 この状況において尚、緋村はまだ、挑発的な言動ができるらしい。いや、むしろ、こうなってしまったからこそ、()()に触れざるを得なかったのか。

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