三巻(二十一)
通過儀礼(三)
新暦八九六年初冬[一月]。
コステラ=デイラの花街(※1)にて、女たちの嬌声が遠くに聞こえる一室に、四人の男が密かに集まっていた。
摂政[ジヴァ・デウアルト]の側近である[オルネステ・]モドゥラ侍従、法務監どの[トオドジエ・コルネイア]、ホアビウ[・オンデルサン]、サレの四人である。
四人は別々の遊女屋に入ったのち、口の堅い者に案内されて、サレの配下の者が所有する屋敷で顔を合わせた。
「執政官[スザレ・マウロ]を大公の位につけることについて、摂政さま[ジヴァ・デウアルト]に異存はない」
モドゥラ侍従が涼やかな声を発すると、残りの三人が頷いた。
第二次西征にて見事な撤退戦を見せ、みやこびとの尊崇を一身に集めている執政官を、空位となっている大公へ就ける謀議のため、四人は集まっていた。
もともと大公の位は常設ではなく、西で領土を接するウストリレの侵攻など、七州の非常時に置かれる武官職であった。
設置されたのは九百年前に遡り、時代を経るにつれて名誉職化していったが、それを自らの権威付けのために利用したのが、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]であった。
「七州の乱れている現状を鑑みるに、大公位を不在のままにしておくべきではない」というのが、執政官の大公任官に関する名目上の理由であった。
「そうなりますと、だれを執政官につけるかが問題となりますが……」と言いながら、法務監どのがモドゥラ侍従とホアビウを一瞥した。
黙している二人に代わり、答えたのはサレであった。
「それは、法務監どの以外考えられないでしょう。そうでなければ、わざわざ金をかけて執政官を大公に祭り上げる意味がない」
「いやしかし、バージェ候[ガーグ・オンデルサン]を差し置いて私が執政官になるなどと、……現状を考えますれば、国淑さまが着任されるのも一つの手かと」
緊張しているのか、めずらしく早口でまくし立てる法務監どのに対して、「父にその気はありませんよ」とホアビウは応じ、モドゥラ侍従も「国淑さまにそのご意志はない」と法務監どのの提案を否定した。
「今回は法務監として、国淑さまは将来的に、南衛府監が就いてもおもしろいのではないかとおっしゃられていたが?」
含み笑いでモドゥラ侍従が言うと、急になまえを出されたサレは、口をつけていた杯の手を止め、首を振った。
「冗談ではありません。公女[ハランシスク・スラザーラ]さまを子守する以上の責任を負うつもりはありませんよ、私は」
「まあ、そのような先の話はよいとして、法務監は諦められよ。執政官の大公任官と法務監の執政官昇格。これで行くのが、我々にとって最善だろう」
そこまで言い終わると、モドゥラ侍従は小声になり、「ここだけだがな」と話をつづけた
「国主[ダイアネ五十五世]さまはもう長くない。この任命が最後の勅命になると話せば、国主さまへの思い入れも強い執政官は、否とは言えまい」
モドゥラ侍従の言葉に、しばらくの間、酒を酌み交わす音だけが室内に響いたのち、サレが口を開いた。
「法務監どの。……任官の上書について、公女さまに裏書をお願いする用意が私にはある。薔薇園[執政府]や鳥籠[宮廷]にばら撒く金はスラザーラ家が出す。足りなければラウザドに出させる」
サレの言に、モドゥラ侍従が「金の心配がなければ、あとは……」と、法務監どのの決断を促した。
「スラザーラ家のご当主の推薦を受けて執政官に任命される。名誉なことですよ、法務監どの。男子の本懐ではありませんか」
ホアビウの陽気な声を、モドゥラ侍従とサレが首肯した。
「時間の猶予はないが、法務監どのだけでなく、我々のこれからがかかっている大事な話だ。よく考えてほしい」
サレの話を聞いているのかいないのか、法務監どのは「本懐……」と言った切り、黙り込んでしまった。
※1 コステラ=デイラの花街
七州随一の歓楽街であった、コステラ=デイラの花街の中は治外法権の地とされ、様々な人々が行き交う場所であったが、内実はかなりの程度、サレの統制下にあった。




