三巻(十五)
第二次西征(二)
晩夏[九月]四日にボレイラ街道へ入った東南州軍一万五千は快進撃を続け、北へ北へとクスカイサ目指して軍を進めた。
先行していたホアビウ[・オンデルサン]とサレの三千は、街道の警固を名目に後方に止め置かれていたが、七日夕刻、[タリストン・]グブリエラの使者が急ぎ東南州軍へ合流するように、その指示を伝えてきた。
近西州軍の主力がボレイラ街道沿いのウブランテサ平原に現れ、東南州軍の北進を止める動きを見せたためであった。
近西州軍の主力がボレイラ街道に出てきたということは、北のストゥーバレ街道を進む西南州軍を止める兵がいないということであり、クスカイサ陥落の誉れも執政官[スザレ・マウロ]に帰すことを意味した。
その点を悔やむ東南州軍の心情が、使者の物言いからも察せられた。
サレはホアビウから書状を受け取ると、一瞥してから、となりのゼヨジ・ボエヌに渡した。
「なるほど。これは急いで東南公[タリストン・グブリエラ]に合流する必要があるように思えますが、しかし、我らと同じく、後方にて街道の警固を行っている反ノテ派の三千はいかがいたしますか?」
ボエヌがのんびりとした声で使者に問うと、彼はせかすような口調で「両百騎長と一緒に、ウブランテサ平原に合流せよとの指示がでております」と答えた。
「それはどうですかな……。彼らを近西州の主力とのいくさに参加させるのはむずかしいのでは?」
命令を伝えに来ただけの使者がボエヌの言に困惑していると、ホアビウが代わりに応じた。
「どういうことだ?」
「そもそも、クスカイサを捨てて、近西州の主力が出て来るというのがおかしい。短期に東南州軍を討ち滅ぼして戻らねば、その間に執政官さま率いる西南州軍にクスカイサを取られてしまうではないですか。いくら、ロアナルデ・バアニがコイア・ノテに認められた軍略家だとしても、いや、そうであればこそ、クスカイサから出て来るまねはしないでしょう」
「確かにそうだな」
「……となれば、何か策があると考えるのが自然でしょう。それに、ここまでの豪族たちの我らに対する接し方を見ても、十分に警戒する必要があるように思います」
「それは、そなたの憶測に過ぎぬのではないのですか。東南公が合流を求められている以上、速やかに命令に従って頂きたい」
二人のやりとりをいら立ちを隠さずに聞いていた使者が言い放つと、これまた不快感を顔に出したままサレが言った。
「命令。だれが何の権限をもって我々に命令するのだ。我々は執政官さまの配下であり、東南公の家臣ではない」
サレの言に、「それは言葉の綾というものです」と使者はあわてて反論した。
「言葉の綾でも何でもいいが、反ノテ派の兵と直に接しておられぬから、東南公にはおわかりにならないのだ。彼らを大いくさに加えるべきではない」
「では、お二人だけでも合流願いたい」
「それでは、誰が豪族たちを見張るのだ。後ろから挟撃されれば、十年はみやこびとに笑われるぞ」
しばらく二人の言い争いが続いた果てに、ホアビウが間に入った。
「ご使者。もし、反ノテ派三千が裏切った場合、当方に来ていた、ご使者の立場も危うくなるのではないかな。我らが合流せずとも、東南公にはほぼ無傷の一万五千の精鋭がおられる。近西州の主力が来たと言っても、二万数千と予想される全軍で来るわけではあるまい。また、直属の兵ではない我らなど逆に不要なのではないかな。それに、実際のところは、東南州軍だけで勝った方が、いろいろとそちらも都合が良いように思うが。いかに?」
ホアビウの提案に逡巡する使者へ止めを刺したのは、サレであった。
「大事なことは、ご使者の言では我らは動かぬということだ。反ノテ派の兵の様子を見てから、主のところへ帰るのが、ご使者のできる最善の奉公だと私は思うがね」
サレの物言いに、怒り心頭と言った様子の使者だったが、努めて冷静を装って、次のように二人を脅した。
「お二方のおっしゃりたいことはわかりました。主にそのように伝えましょう。……後悔なされても私は知りませんぞ」
にらみつける使者に対して「当たり前だ。それはご使者には関係のない話だよ」とサレが言い放つと、使者は足早にホアビウの幕舎から出て行った。
「いま言ったことを先方へ伝えてくれ」
主の命令に強張った顔でうなづくオーグ[・ラーゾ]の毛髪を、サレはぐしゃぐしゃにした。
「それが済んだら、このいくさでのおまえの役割はおしまいだ。生きて都に帰って来いよ」
髪を整えるオーグは鎧を脱いでおり、若百姓の風体であった。
決意の眼差しを見せる若者に、「おまえを拾って正解だった」とサレは言い、幕舎の外へ送り出すと、つづいて、ホアビウに話しかけた。
「しかし、使者の言う通りだな。これでグブリエラが勝ちでもしたら、私は首をくくらねばならない」
「それは私も同じですよ」
「いや。百騎長には頼りになるお父上がおられるではないか」
「ご存じの通り、父上は子だくさんでしてね。私の代わりはいくらでもいますから、むりに助けてくれる保障はありませんよ」
ふたりの杯に酒を注ぎながら、ボエヌが不安げにささやいた。
「しかし、バアニは勝つでしょうか?」
「所詮、いくさは数だよ。二万対一万五千。しかも、バアニにしてみれば、ウブランテサ平原は庭みたいなものだ。仄聞によれば、乱後の混乱も、彼の武力で抑え込んだと聞いている」
「ゼヨジ、金貨だけで、あのゼルベルチが和議に応じると思うか。バアニには、命をかけるに値する実績がある。ゼルベルチにしても、我々にしても」
「南衛府監、そのゼルベルチにそろそろ動き出してもらわないと困る頃合いですね」
「さて、どうでるか。ウストリレに形だけの臣従をして、交易の利を得るような男だかなら。我々との商売をつづけるか、執政官に我々を売るか。今頃なやんでいるのではないかな」
「……ずいぶんと怖いことをおっしゃる」
苦笑するオンデルサンに、サレは酒杯を空けてから微笑を返した。




