三巻(十四)
第二章 第二次西征(一)
公称十万、実数四万五千の西征軍は、西南州軍二万五千、東南州軍一万五千、近西州の反ノテ派五千からなっていた。
西南州、東南州ともに、執政官[スザレ・マウロ]、[タリストン・]グブリエラが、近西州に直接乗り込む力の入れようであった。
晩夏[九月]一日。
近北州東南の要所であり、大公[ムゲリ・スラザーラ]が横死したライリエを、先行した西南州一万五千と反ノテ派一千の計一万六千の兵が、執政官の陣頭指揮で力攻めし、わずか二日後の晩夏三日早朝に落とした。執政官は兵四千をここに留めた。
ホアビウ[・オンデルサン]率いるバージェの二千五百とサレの五百からなる三千の兵はこのいくさには加わらず、先遣隊として、近西州のボレイラ街道を西進していた。
事前に行われた軍議の結果、西征軍は兵を二つに分け、少なくとも二万の兵を擁すると思われるクスカイサを落とす作戦を立てた。
近北州では、コイア・ノテの代に整備が行われ、東南部の副都ライリエと中央部の州都クスカイサの間には、大軍を動かすことのできる、南北に走る街道が二つあった。
西側のストゥーバレと東側のボレイラである。
兵の分け方は、ストゥーバレ街道を西南州軍二万一千と反ノテ派二千の計二万三千が進み、ボレイラ街道を東南州軍一万五千と反ノテ派の三千の計一万八千が進む計画になっていた。
しかし、実際には、本来ストゥーバレ街道を進むはずであったホアビウとサレの三千が、急遽、執政官の指示で、東側のボレイラ街道に割り振られた。
理由は、ボレイラ街道沿いの豪族たちが西征軍に寝返ったのはよかったが、東南州軍はまだライリエにも到着しておらず、寝返った豪族たちを孤立させぬよう、西南州軍から兵を分ける必要が生じたためであった。
執政官、グブリエラともに、近西州は野戦を避け、クスカイサとその支城にて籠城策に出ると考えていたが、ライリエの兵数が少なく簡単に落ちたこと、また両街道の先遣隊から得られた情報により、その考えを強くした。
「ボレイラに回されたか。さて、どうするかな」
寝返った豪族から提供された屋敷の一室で、書状を書きながら、サレはひとりつぶやいた。




