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三巻(十一)

蜃気楼(十一)

 ラウザドを介して東部州から薔薇園[執政府]が糧秣を確保した知らせは、瞬く間に都中に広がり、すわ西征かとみやこびとの心持ちを(あん)(たん)なものした。


「ラウザドが、東州公[エレーニ・ゴレアーナ]とそこまで(じっ)(こん)だとは知りませんでした。彼らにとってはよい商売でしたな……」

 茶会に招かれた学者どの[イアンデルレブ・ルモサ]が、熱した鍋に茶葉を入れているサレにそのように言うと、彼は客を(いち)(べつ)した。

 茶会には他に、ホアビウ[・オンデルサン]とゼヨジ・ボエヌが同席していた。

 「これで糧秣の心配はなくなりましたな」とボエヌが声をかけると、学者どのは(うなず)きつつ、ホアビウの顔色を(うかが)った。

「糧秣の問題は片がつきましたが、やはり、(へい)(たん)()としてバージェを貸していただかないと、なかなかにクスカイサ攻めは難しいかと」

「私も父上を説得しているのですが、年を取るといけませんな、(がん)()で」

「百騎長さまが説得を……。それはありがたいことです」


 ()()えたサレが、学者殿に茶を振る舞った。

 すると、しばらくの間、沈黙が部屋を包んだが、それをサレの声が破った。

「……学者どの。バージェ候[ガーグ・オンデルサン]の説得の件、私も協力してよいと考えている」

 サレの言に、学者どのは大きな音を立てながら、椀を机のうえに置いた。

「それは、本当ですか?」

 (いぶか)しがる[タリストン・]グブリエラの側近に対して、かつてホアラを奪われた男は黙って頷いた。

「私個人はまた別の考えを持っているが、公女[ハランシスク・スラザーラ]さまに仕える身としては、西征は是非とも成し遂げていただきたい。……ただし、条件があります」

「おっしゃってください」

「仲介料としてまとまった金を私個人にいただきたい。その金で(なん)(えい)()(かん)(※1)の地位を買いたいと思います。都で楽しく暮らすには、金と地位が()りますからな。私は公女さまの資産を管理しておりますが、手を付けては後が怖いので……。都で遊んで暮らすには金がいるのです」

「……ホアラの件は?」

「いまさら返してもらっても困ります。……ホアラに戻ることなど、公女さまがお許しになりませんし。そちらがどうお思いかは存じませんが、私はもはや気にしておりません。よく治まっているとも聞いておりますし」

「我が主から、失礼な言が百騎長どのに対してあったように思いますが?」

 話を聞きながら、サレは落ち着いた振る舞いで、茶を口に含んだ。

「住む世界のちがう、ご身分の高い方の言です。気にしてはおりませんよ。それに、悪く言われるのは慣れておりますから」

「さようですか……」

 サレの話が終わると、学者どのは茶会を中座して出て行った。東南州にいる主、急いで書状を認めるためであったろう。


「もらった金の五分の二は百騎長にお渡ししよう」

 「いや」と断ろうとするホアビウに、「それはいけない。百騎長は共犯者なのだから、受け取ってもらわなければ。私が困る」とサレは金の受取を迫った。

 「百騎長さま、お受け取りなさいませ。金のことで一度言い出したら、我が主はしつこいですぞ。……ところで、どうなりますかな?」と、それまで黙っていたボエヌが口を開いた。

「わからんが、百騎長とうまく進めてくれ」

 サレの言に、ホアビウとボエヌは深くうなづいた。



※1 南衛府監

 コステラ=デイラの行政を統括する職。執政府が第二次西征の準備に忙殺されていた新暦八九五年七月に、ハランシスク・スラザーラからの要請を受けた宮廷は、国主の名でサレを南衛府監に任じた。任官運動として、宮廷内に多額の(まいない)がばらまかれた。

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