三巻(八)
蜃気楼(八)
二十六日の深夜。
西征の軍議に呼ばれなかったサレは、屋敷を訪れたホアビウ[・オンデルサン]から、会議の詳細を教えてもらった。
「……というのが、評議の内容です」
ホアビウの話を聞きながら、サレはバージェ候[ガーグ・オンデルサン]からの書状を読んでいた。
「山脈に挟まれ、大軍を送る街道がないとは言え、近西州と領土を接する近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]にも断りを入れた様子がない。どうしても、自分たちだけでやりたいようだ。モウリシア[・カスト]あたりの考えたことかな。いや、[タリストン・]グブリエラか」
手紙をしまいながら、「しかし、お父上もうまくやりましたな。これで、西征を行うか行わないか、行うにしてもどこまでオンデルサン家が関わるかは、候の胸三寸次第だ(※1)」とサレが言うと、「いえ、父と南衛府尉のお考えしだいです」とホアビウが訂正した。
それに対してサレは、「さて、どうしますかな」と言いながら、ホアビウの酒杯を満たした。
「ところで、百騎長は、この大地は平たいとお思いか、それとも丸いとお思いか?」
「さて……、考えたこともありませんな」とホアビウが杯を置いて考え込んだ。
「いくさ場で箙を腰につけて走り回っていると、大地は平らかなように思います。しかし、月は丸いので、この大地も丸いのかもしれませんな。……どうして、そのようなことをお気になされているので?」
「私のような泥にまみれて大地を駆けまわるいくさびとには、百騎長と同じく、どうでもいい話ですが、そうではないお方もおいででね」
「公女[ハランシスク・スラザーラ]さまですか?」
そのようにホアビウに問われると、サレはひとつうなずいた。
「公女がおっしゃられるには、この大地は丸いそうだ。そのために、水平線の端は丸くなっているのだと」
「なるほど。それで?」
「水平線を眺めてみたいから海に連れて行けと急におっしゃられて、明日、ラウザドの港までお供をせねばならなくなった」
「このような時に?」と微笑んだホアビウに対して、「このような時だからこそ、鹿集館にはいないほうがいい」とサレは微笑み返した。
「なるほど。渡りに船というやつですね」とホアビウがサレに感心してみせた。
「しかし、たまには外に出ていただかなくては。七州に知れ渡った引きこもりですからな。それに……、あの方らしくてよいと思う。いまさら、まつりごとに興味を持たれても我々が困る」
「それで言えば、薔薇園[執政府]のほうで大公さま[ムゲリ・スラザーラ]の葬儀が執り行われた折り、公女さまはご欠席でしたが、スラザーラ家として、このまま葬儀を行わずに済ますおつもりなのですか?」
「なさる気はないようだ。それもどうかと思うが、大公さまの葬儀ともなれば政治が絡んでくる。さて、どうしますかな」
「公女さまはお父上を亡くされ、南衛府尉は父上と兄上を失った。私も斬りたくもない弟を斬らねばならなかった。……大公さまも罪深いお方でしたね」
「百騎長の弟の場合は、執政官[スザレ・マウロ]の側近たちが悪かった」
ホアビウが「急に焚きつけて来ましたね」と苦笑すると、サレは手酌で杯を満たしながら「あからさま過ぎましたかな」と笑みを返した。
「ガーグ・オンデルサン。あのようないくさびとを軽んじてはいけないという話ですよ。その子息の百騎長もね」
「私もいくさびとです。機会があれば仇は討ちます。……南衛府尉もそれは同じでしょう?」
サレはしばらくホアビウを見つめたのち、「当たり前です」と言った。
西征の実施には、候の首を縦に振らせる必要があったが、グブリエラが東南州に戻る二十八日までに、それは叶わなかった。
※1 候の胸三寸次第だ
オンデルサン家は、西南州西部に位置する穀倉地帯バージェを支配下に置いていたため、消費地である都を抱えているスザレ・マウロは、オンデルサン家に対して強い態度で接することができないでいた。
加えて、西征を実行するうえでの軍事拠点として、そこに蓄えられている穀物ともども、バージェは必須の要地であった。




