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三巻(七)

蜃気楼(七)

 二十六日の昼。

 執政官[スザレ・マウロ]と[タリストン・]グブリエラは、西南州の主だった武官を薔薇園[執政府]に集め、近西州の州都クスカイサ討伐に関して発議した。

「七州統一の夢半ばにして、コイア・ノテのために(たお)れられた大公どの[ムゲリ・スラザーラ]の(かたき)を取らぬは、いくさびととして恥である。しかも、奸賊ロアナルデ・バアニとラール・レコは、不遜にもコイアの孫であるケイカに近西公を(せん)(しょう)させるつもりと聞く。諸君らは、大公どのに引き立てられて今日の地位を得ておいて、それを座して見るつもりか」

 一時は大公と並び立ったこともある執政官の弁に、しばらくの沈黙が流れたのち、疑問を呈したのはバージェ候[ガーグ・オンデルサン]であった。

「執政官どのと東南公[グブリエラ]がそのような考えをお持ちなのはわかった。しかし、一番肝心な公女[ハランシスク・スラザーラ]さまのご意思は確認されたのか?」

 「公女さまも我らと同じく、ノテ家の乱逆はお許しにならないと思われますが」とモウリシア[・カスト]が答えた。

 それに対して候は、「おたずねしていないのだな」と冷たく言い放った。

「その御心を直接お聞きしたわけではありませんが、お父上が(しい)されたのです。仇を取りたいと思うのが子の自然な情ではないのでしょうか」

 言葉に(いん)(ぎん)()(れい)な響きを持たせながら、モウリシアが微笑で応じると、候は立ち上がり、参列する者たちを(いち)(べつ)してから、重ねてたずねた。

「この中で公女さまがどういうお方なのか知らぬ者はあるまい。父上の仇に興味関心がないなどと(なん)(えい)()()[ノルセン・サレ]を通じてみやこびとの耳に入ったら、何とするのだ。ただでさえ、士気が上がりそうにない、いくさで」

 「ですから」と言いかけたモウリシアに対して、「公女さまのご意思を確認してから軍議を開け。まずはそれからだ」と候は一喝した。

 候は続けて、グブリエラのほうを向き、「国主さま[ダイアネ五十五世]の名で西征の軍を起こすという手もありますがな」と言外に、摂政[ジヴァ・デウアルト]と話がついているのかと問いただした。

「だいたい、この場に南衛府尉がいないのが気に入りませんな。西南州でだれよりも西征のことを知っている男が呼ばれていない」

 それまで態度を表していなかったいくさびとたちの中で、この言にはうなづく者が少なからずいた。

「自分が生き残るために、兄の遺体を軽んじ、重荷となった父親を見捨てて逃げ帰った男に、聞くことなどあるのですか?」

 初めて口を開いたグブリエラに候は即答した。

「少なくとも、生きて逃げ帰る方法は教えてもらえます」

「いくさびとが戦う前に逃げ帰ることを考えるのですか?」

「真のいくさびとならば、当然のことですよ……」

 歴戦のいくさ人である候に断言されると、まだ若いグブリエラには言い返す言葉がなかった。

 話し終えた候が席に坐ると、場に重たい沈黙が流れたが、その静寂を打ち消したのは、執政官の声であった。

()()()[オンデルサン]どのはそう申されるが、もし、諸事情により、公女さまもしくは国主さまの御心をおたずねすることができなくとも、大公どのに御恩のあるいくさびとが集まって、自発的に西征の軍を起こすというのならば、問題はないと思われるが?」

「ということは、私に、公女さまでも国主さまでもなく、執政官どのの下命により、西征へ参加せよ、ということですかな?」

「……そういうことになりますかな」

 執政官の言に、候はふたたび立ち上がった。

「であるならば、失礼だが、私は大公さまのご指示を受けた執政官どのに従って来たまでで、大公さま亡き今、自分の意にそむいてまであなたの言に従う義務はありません。公女さまか国主さまのご下命がない限り、現状では、私はそのようないくさに兵を出すわけにはいかない」

 沈黙の中、席を離れようとする候に、後ろからモウリシアが、「それは七州の定めた序列に反しますぞ」と声をかけたが、候は「そのようなものは大公さまの死と共に消え去ったよ」と相手にしなかった。

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