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三巻(三)

蜃気楼(三)

 摂政[ジヴァ・デウアルト]と会った数日後、サレは屋敷にて、[タリストン・]グブリエラの側近である、学者どの[イアンデルレブ・ルモサ]の訪問を受けた。

 用件は、鳥籠[宮廷]から、グブリエラの(とう)(なん)(しゅう)(しゅう)(ぎょ)使()(ちゃく)(にん)の勅命はもらえそうにないので、代わりに、公女[ハランシスク・スラザーラ]の名で、任命してもらえないか、というものであった。

 「国主[ダイアネ五十五世]による勅任の願いが、なぜ、聞き入れられなかったのですか?」とサレが問うと、「鳥籠が、ホアラの西南州への返還を条件としたために折り合いがつきませんでした」と、学者どのが、サレの目を見ずに言った。

 学者どのの言に、サレは手を振りながら、「それは私の(あずか)()らぬ話です」と言うと、「知っております。摂政どのが何かお考えなのでしょう」と学者どのはひとつうなづいた。

 「しかし、そもそも、スラザーラ家の家長に、州馭使を任命する権限などがあるのですか?」とサレが重ねて問うと、「デウアルト法典(※1)の州馭使に関する規定が(あい)(まい)ですので、七州三名[デウアルト家、スラザーラ家、ハアリウ家]および執政官に任官の権があるというのが、法学者の間での定説です」と教えてくれた。

「それでは、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]に養われているハアリウ家のご当主にも任命の権があると?」

「ええ。法上は……」

「それは、国制上、非常に危険な話ではないのですか?」

「しかし、東州公(※2)に任命されたところで、人々はその正統性を認めないでしょう?」

「まあ、そうでしょうな……。公女はちがうと?」

「ちがいます。ですから、こうして出向いて来ているのです」

 「なるほど」と言いながら、サレは(あご)を手でさすりながら、しばらくの間、沈黙した。それから、また、たずねた。

「……鳥籠とは、まだ、協議中なのでしょう?」

「それは……」

 言葉が続けられない学者どのに、サレは、「鳥籠や薔薇園への牽制として、公女さまを利用しようとするのはやめていただきたい」と、釘を刺してから、続けて、「最初から、公女さまに任官してもらうつもりなどはなかったのでしょう?」と疑問を口にした。

 それに対して、学者どのは、「それは……、サレどの次第ですよ」と言葉を濁した。


 上京するグブリエラの公女への謁見についても、サレはこれを断ったが、人見知りの公女の意向により執政官[スザレ・マウロ]すら会えないでいるため、学者どのも強いては求めなかった。

 サレからは、上京の際、東南州兵士が鹿()(しゅう)(かん)(しゅう)(へん)で狼藉を働いた場合、その場で斬り捨てる(むね)が、学者どのに伝達された。



※1 デウアルト法典

 デウアルト国の国法。

 ダイアネ一世が素案をつくり、ダイアネ三世が発布した。

 デウアルト法典は、「長い内乱」期を通じて形骸化していき、各州はそれぞれが州法を定め、州を統治するようになっていった。

 州法については、当時、近北州、ついで東部州のものがよく整っていた。


※2 北州公

 ロナーテ・ハアリウのこと。

 七州三名家のひとつである、ハアリウ家の当主。

 金山の発見により、近北州が群雄割拠の状態となる中でハアリウ家は零落していたが、その権威を理由に、ハエルヌン・ブランクーレの祖父によって家格にふさわしい生活を送れるようになった。

 ハエルヌンの祖父は出自がたしかでなく、ブランクーレ家の末族を自称したが定かではない。その彼が近北州で頭角を現した際、少年ロナーテの権威を利用して、近北公にまで上り詰めた。それ以来、ブランクーレ家とハアリウ家は、お互いに寄生し合う関係にあった。

 ハエルヌンのロナーテへの尊崇の念は強く、彼を「お上」と呼び、祖父の代からつづいていた国主への献金を取りやめた。

 そのために、近北州の者たちの国主に対する敬意が薄れ、ジヴァ・デウアルトがハエルヌンを敵視するようになった。

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