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巻頭 ロナーテ・ハアリウの辞(四)

ホアラ候(二)

 西征前のホアラ候[ノルセン・サレ]は、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]の住む鹿()(しゅう)(かん)(※1)の警備が主な役務であったが、大公がいくさ場に出向く際に、候が同行することもあった。

 しかしながら、候が傍に侍るようになった時には、すでに大公の勢力は強大なものになっていたので、大公自らが前に出て戦うことはなく、候が武功を立てる機会はなかった。

 鹿集館の警固についているかぎり、いくさ場で候が活躍することは叶わず、本人は気にしていなかったが、いくさびととしての自らに対する不名誉なうわさを打ち消すことはできずにいた。


 ただし、候の斬った人間の数は、いくさ場に出ている者たちに引けを取っていなかった。

 剣聖[オジセン・ホランク]の唯一の弟子である候に勝負を挑む者を、彼はことごとく斬り捨てていた。候自ら決闘を望んだことはなかったが、「人斬りノルセン」の二つ名が都中に広がるほどであった。

 しかし、それが大公の耳に入り、(ほん)()を用いた決闘が禁じられてしまうと、それ以後、候は決闘の申し出を断るようになった。


「弓槍馬を知らぬゆえに、いくさ場では役に立たないであろうし、取り立てて文官として才覚があるわけでもなさそうだ。しかし、彼はまちがいなく出世するだろう」

 候に対する大方の見方の要因は、大公の一人娘である公女[ハランシスク・スラザーラ]にあった。

 公女は、国主デウアルト家に通じるスラザーラ家の家長を母としてこの世に生を受けたが、その母上どのが産褥死してしまうと、大公の近臣であるヘイリプどのの妻ラエを乳母として育った。

 このため、候は公女と乳を分け合った乳兄弟の間柄であった。その関係性のためとは断定できないが、人見知りで気難しく、鹿集館の奥にある自室で本に埋もれつつ、一人で過ごすことを好んだ公女も、候には心を許していたようだった。


 しかしながら、候の周辺が想像していた絵図は、大公の一存により一変する。

 新暦八九二年の初夏[七月]、候は鹿集館護衛の任を解かれ、父ヘイリプどのに同行して、遠西州討伐の軍へ参加することが決まった。


 直後、大公が大金を積んで買い求めた書物を自室に積み、それを読むことで日々を過ごし、父と会うことも稀であった公女が、めずらしく大公の元へ、面会を求めて来た。

 そして、常日頃から感情を表に出し合わない父子の間で、次のような会話がされたそうだ。


「私の護衛をしているノルセン・サレが、西征のために遠西州へ送られると聞きましたが、それは困ります」

「騎士の家に生まれた男がいくさ場に出るのは一番の務めだ。子を産むことが、貴族の家に生まれた女の一番の務めであるようにな。おまえに甘いと言われる私だが、今回の望みは聞けぬ」

 断言する父親に娘は「なぜ、ですか?」とたずねた。

「ひとりの男の今後がかかっているからだ。皆は思い違いをしている。弓馬が苦手でも、いくさ場で活躍することは可能だ。……いくさ場で箔を付けたら、また、おまえの元へ帰してやる」

「……本当ですか?」

「本当だとも。……私はこれから遠い国へ行く。この国へお前を残していく以上、お前を守ってくれる者を置いていかねばならないからな」

 大公は娘を傍に手招くと、右手を彼女の頬へ添えた。

「おまえの顔は私にそっくりで、少しも母親に似ていないな」

 娘が抑揚なく、「そうですか」と返事をすると、父親は手を離した。


 以上が、西征までの簡略な流れである。あとは、候の回顧録に任せる。



※1 鹿集館

 当時のコステラ=デイラは、城壁で囲まれた都の南半分を指し、北のコステラ=ボランクとは水路で隔てられていた。

 北側のコステラ=ボランクには国主の(てん)()(きゅう)や執政官の執政府を中心に名家の館が集まっていたのに対して、南側のコステラ=デイラには平民が集まり、七州最大の市場もあった。その市場を見下ろす、コステラ=デイラ唯一の丘のうえに、ムゲリ・スラザーラの邸宅は建てられており、州を象徴する鹿をムゲリが統べるという意をもつ鹿集館と名づけられていた。

 なお、「長い内乱」期に荒れ果てていた天鷺宮や執政府に、大規模な補修を施したのはムゲリである。

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