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二巻(二十九)

ウルマ=マーラ(十)

 公女[ハランシスク・スラザーラ]の出立に供する形で、サレの()()タレセも鹿()(しゅう)(かん)へ去って行き、家内のやっかいごとがひとつ減ったので、彼は深く(あん)()した。


 タレセの実家である、オラウージャの主だった者たちが大公[ムゲリ・スラザーラ]に殉じたのを知ったのち、タレセは部屋に引きこもるようになった。

 たまに出て来れば、母ラエと口論になるか、サレに向かって「兄を見殺しにした」と(じゅ)()の言葉を投げかける女性を、そのまま屋敷に置いておくわけにはいかなったが、アイリウン・サレの妻であったという誇りのために、彼女の納得する再婚先を見つけることが、彼にはできないでいた。

 サレのタレサに対する情は薄かったが、毎日の食事はしっかりと取っていたので、食わせなければならない人間はひとりでも少ない方がいいと思い、常々、彼女の身の振り方には気をかけていた。


 そのようにどうにかしなければならないとサレが思っていたところ、鹿集館の改築に合わせて、公女の世話をする侍女を増やさねばならなくなり、タレサを押し込むことができた。

 彼女のほうでも、サレの屋敷は居心地がわるく、早く出て行きたいと思っていただろうから、渡りに船であったにちがいない。

 勇士アイレウン・サレの妻として、鼻高々であった時代を忘れられないタレサにとって、公女という高貴な女性に仕えられるのは、彼女の虚栄心を満たすのに十分であっただろう。


「我が家にいる間はうまくいきましたが、ずいぶんと仕えにくいお方ですよ」

「わかっています。でも、できるだけ静かに、言われたことだけをしていればいいのですから、楽な仕事と言えば、楽な仕事ではないですか」

 サレの忠告に対して、タレサが自信満々に言うのを聞き、彼はうまく行くか疑ったが、結果は彼女の放言通りになった。


 書斎横の控え室で、呼び鈴を鳴らすまで何時間でも静かに待ちつづけることができ、余計なことは一切しないタレサは、公女が求めていた侍女であった。

 「ノルセン、おまえの仕事ではじめて満足したよ」と、サレが公女からお褒めの言葉をいただくほどであった。


 増やした侍女が何人もすぐに辞めるなか、タレサもすぐに出戻って来るのではないかと一家で心配していたが、変人同士気が合ったようで、いちばんお気に入りの侍女に収まってくれたので(※1)、サレはめずらしく、月に向かって感謝の祈りを捧げた。

 そして、その場にいた家宰のポドレ・ハラグに次のように言った。

「部屋の中にあれだけ引きこもれていれば、物音を立てずに、数時間椅子に坐っているのも平気だろう。それもひとつの才能だ。才能が収まるべきところに収まるのはよいことだ」

 それに対してハラグが、「それは政治の要諦でもありますな。早く人々を収めるべきところへ収めてくださる方が現れていただけると、我々も仕事がしやすくなるのですが」と応じたので、「もっともだ」とサレは頷いた。



※1 いちばんお気に入りの侍女に収まってくれたので

 のちのことだが、タレサが読んでいた通俗小説にたまたまハランシスクが目を通し、タレサにコステラ=デイラ中の同類の小説を集めさせたことがある。

 ハランシスクが感心を持ったのは本の内容ではなく(ハランシスクは詩や小説を嫌った)、その口語文にあった。

 当時は書き言葉と話し言葉が分かれており、口語文は使われ始めた段階であったが、ハランシクは通俗小説から口語文を分析し、それを「口語論」という論文にまとめた。現在、この論文は高く評価されている。

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