表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/322

二巻(二十)

第三章 ウルマ=マーラ(一)

 新暦八九五年盛冬[二月]。サレの自立をつづけるという夢はあっけなく(つい)えた。


 サレを含めた都に住む人々は、塩賊に対する薔薇園[執政府]の弱腰を批判していたが、彼らも指をくわえて状況をながめていたわけではなく、水面下では着実に動いていた。

 塩賊退治の最大の障壁は、ウルマ=マーラ(※1)の大森林にあった。

 塩賊は、大森林に住む「森の民(※2)」と共存共栄の関係にあり、薔薇園が討伐の兵を起こした場合は、聖域である大森林に逃げ込むことで、事なきを得ていた。そのため、薔薇園としては、「森の民」に塩賊との間柄を改めさせ、大森林に逃げ込めないようにする必要があった。

 サレとしては、前々から、ウルマ=マーラに籠る塩賊を、森ごと焼き殺してしまえば片が付くのに思っていたが、そのような()(らち)な考えをする者は(※3)、都中でもサレぐらいであっただろう。

 塩賊としては、勢力が衰えれば森に逃げ込み、また人が集まれば森から出て「塩の道」を襲えばよかった。

 薔薇園から見れば、切りのない戦いであった。であるからこそ、サレは塩賊退治を仕事として、成り立たせることができていたわけであったが……。


 上の状況を打破するために、薔薇園は、塩賊と同様に「森の民」と深い関係にあった鳥籠[宮廷]へ働きかけ、「森の民」に塩賊との縁を切らせようとした。しかしながら、鳥籠の中には、塩賊から(まいない)を受け取っている大貴族が複数おり、事が進まないでいた。

 それでも、法務監どの[トオドジエ・コルネイア]はあきらめず、摂政[ジヴァ・デウアルト]の側近であった[オルネステ・]モドゥラ侍従に近づき、交渉を進めた。

 結果、鳥籠の中で政変があり、塩賊と深い関係を持っていた貴族が自死を命じられるなり、(てん)()(きゅう)から追放されるなりして、結局は一時的なものになったが、鳥籠と塩賊の縁が薄まった。


 この政変を聞いて驚いた塩賊は、その判断を誤った。

 金で動く貴族などはいくらでもいたし、「森の民」が塩賊を見捨てるわけもなかったのだから、静観を決め込んでいればよかったものを、薔薇園を危険な存在とみなし、()(ごう)(しゅう)をかき集めて都へ迫って、歴戦のいくさびとである執政官 [スザレ・マウロ]率いる西南軍に対して決戦を挑んだ。そして、完膚なきまでに叩きのめされた(※4)。

 生き残った塩賊は、ウルマ=マーラに逃げ込むか、他州へ去って行った。


 サレもこのいくさには参加したが、塩賊との決戦には参陣を許されず、「塩の道」の警固に回されて、武勲を立てる機会を与えられなかった。モウリシア[・カスト]の意趣返しであることはあきらかであった。

 しかし、そんな中でも、敗走する塩賊と戦う中で、ルンシ[・サルヴィ](※5)を捕らえることに成功した。

 ルンシは塩賊の頭目のひとりであり、若い賊徒でありながら、人望と軍才に恵まれた男であった。サレはむやみに兵をうしなうのをおそれて、蟹の旗(※6)を見た場合は、適当にやり過ごすのを常としていた。

 その危険な男が自分の手中に落ちたのをサレは喜んだが、薔薇園より捕縛した敵将は執政官のもとへ送るように、きつく釘を刺されていたので、かならず処刑するようにとの書状をゼヨジ・ボエヌにもたせて、執政官のもとへ送った。

 しかし、案の定、塩賊との間で和議がなると、大金と引き換えに、ルンシはウルマ=マーラへ戻って行った。

 サレにはわずかばかりの褒賞金が与えられたのみであった。



※1 ウルマ=マーラ 

 西南州南東部の大森林は、デウアルト家、旧教、新教と、聖俗両方にとって神聖な場所であっただけでなく、西部州(西南州および東南州)において、ゆいいつの木材の供給地という重要な側面も持っていた。

 都では常に木材が不足しており、ウルマ=マーラのそれは、宮廷の専売品として貴重な収入源となっていたうえに、宮廷の補修や宮中の儀式で使われる木材は、ウルマ=マーラのものを使うこととされていた。

 そのウルマ=マーラの中に住む「森の民」は、神聖な民として、デウアルト家の手厚い保護を受けており、大森林の中で様々な特権を与えられていた。

 そのひとつとして、本来、大森林に外部の者が出入りするには、宮廷の許可が必要であった。

 塩賊はこの「森の民」へ、塩、鉄、綿、(しゃ)()(ひん)などを贈る代わりに、森への出入りを許されていた。


※2 森の民

 大森林にて狩猟採集を行っている民。彼らの祖先のうちで森を出た者が農耕民として七州各地に定着した。その中で、西部州(西南州および東南州)から遠北州北端の高原に移り住み、牧畜生活を送った者たちからデウアルト家が出たとするのが、現在の定説である。

 つけくわえると、デウアルト家に従っていた牧畜民の(まつ)(えい)が、現在の貴族や騎士であり、彼らの侵略を受けた農耕民の末裔が、今の平民である。


※3 そのような不埒な考えをする者は

 この文言を証拠のひとつとして、サレが非宗教的な人間であったとする説もあるが、それよりも、原理主義的な新教徒であったと考えるべきだろう。


※4 完膚なきまでに叩きのめされた

 一連の戦いは、第一次大掃討と現在では呼ばれている。とくに、スザレ・マウロの異母弟である外務監オヴァルテン・マウロが、卓越した差配を見せた。


※5 ルンシ・サルヴィ

 塩賊の頭目のひとり。第一次大掃討を生き延び、小勢力の集まりに過ぎなかった塩賊を糾合して、大頭目に推挙され、執政府による西南州統治を大いにさまたげた。


※6 蟹

 ルンシ・サルヴィ率いる塩賊の旗には蟹が記されていた。塩賊の頭目たちは、海に関するものを好んで旗の意匠にしていたとのこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ