二巻(十七)
雲行き(五)
モウリシア[・カスト]を筆頭に執政官[スザレ・マウロ]の若き側近たちは、サレの行為を政道批判として受け止め、懲罰を与えるために、サレを薔薇園[執政府]に呼び出した。
サレが出頭すると、詮議は執政官とバージェ候[ガーグ・オンデルサン]の前で行われた。
サレにとって都合がよいのかわるいのか、都の政治にも割り込んでいた候が、詮議への参加を求め、執政官はそれを許さざるを得なかった。
詮議がはじまると、サレはモウリシアを痛烈に面罵した。
執政官の前で恥をかかされ、顔を蒼白にさせたモウリシアが、「おまえはいま、自分が無刀であることをわかっているのか」と声をあらげた。
たしかに、サレは「鏡の間」と呼ばれる部屋に入る前に、佩刀を衛兵に渡していた。
しかし、サレからしてみれば、たとえ佩刀がなくとも、物の数でもない者たちが何人いようと同じであった。
サレは、モウリシアの言に直接答えず、となりで自分を監視していた衛兵に微笑みかけ、「怖い、怖い」と言いながら、逆手で衛兵が腰にさしていた脇差をすらりと抜き、そのままモウリシアの方へ投げた。
脇差は、思いもかけぬ行為に身動きが取れずにいたモウリシアの頭を越え、後ろの壁に刺さった。
場の一同が騒然とする中、サレは、「剣聖のいちばん弟子をなめないでいただきたい」と静かに告げた。
「おまえの曲芸のすごさはわかった。まあ、坐れ」
そのように、衛兵たちに取り囲まれているサレへ声をかけたのは、候であった。
候は腰を抜かしているモウリシアに一瞥を与えてから、上席に坐っていた執政官に声をかけた。
「いまのは軍務監(※1)[モウリシア・カスト]もわるいとおもうが、どうですかな?」
執政官が黙って頷いたので、サレの蛮行はいちおう不問とされ、腰を抜かしたモウリシアが部屋を離れたのちに、詮議は再開されることになった(※2)。
執政官に願い出て、法務監どの(※3)が発言を求めると、他の側近たちが明らかに嫌な顔をしたが、候が話を促した。
その時、執政官と折り合いがわるいという噂の流れていた法務監どのと、西南州で序列二位に躍り出ていた候がつながっていることを直感的に、サレは理解した。また、なぜ、この場に候が出ているのかという疑問に対して、自分に恩を売ろうとしているのだということも悟った。
「サレどのの言動は目に余るものがあります。サレどのはご政道というものがわかっておられない。軍務監の言い分にも、言い方、接し方はともかく、もっともなところがありました」と、法務監どのはモウリシアの顔を立てた後、サレを擁護した。
「しかしながら、塩賊に退潮のきざしがあれといえども、まだ私軍は必要であるというのがわたくしの考えです。そして、いくさ場で役に立つ荒くれ者たちを取りまとめられる者は少ないのですから、サレどのの要求については、再考する必要があるのではないでしょうか。その代わり、今後、政道を傷つけるような言動を控えることを、サレどのには、念書に認めていただきたい。それでどうでしょうか、執政官?」
法務監どのの言に、モウリシア派の者どもが騒ぐ中、執政官は「軍務監はどう思うかな……。再考ということならば、それでもよい」と答えた。
それで話は終わりそうだったが、やけになっていたサレは、候のやんわりとした静止を振り切って、再度口を開いた。
「再考は、まあ、ありがたいとして、その代わりにご政道を正そうとする発言をふさぐというのはいかがなものかと愚考いたします。法務を司る法務監どのにおたずねするが、そもそも、そのような決まりが、七州の法にありましたかな?」
うなづきながら聞いていた法務監どのはサレが話し終わると、「ありません」と即答した。
「そのような決まりはありませんが、ここは皆のために、折れていただきたい。わたくしからのお願いです」
モウリシア派の者たちがかまびすしい中、法務監どのがまっすぐにサレを見つめた。
「なるほど。法務監どののお願いですか。……わかりました。ならば、ご政道への言及は慎みましょう」とサレは応じた。
サレが書かされた念書の裏に、候が裏書の花押を記しているのをながめながら、「再考ということは、決定を変えないと言うことだ。もはや、夜逃げしかないか……」などと考えていると、サレは、今まで味わったことのない脱力感に襲われた。
※1 軍務監
軍務監は、執政府にて軍務を統括する役職。
※2 詮議は再開されることになった
スザレ・マウロ、ガーグ・オンデルサンともに歴戦のいくさびとであり、この程度のことは気にしなかったのだろう。現在では考えられないが、当時の荒々しい世相をよく表している。
※3 法務監どの
トオドジエ・コルネイアのこと。
下級貴族の出身。才活発で性は温厚であったが、人の好き嫌いが激しい一面があった。スザレ・マウロとは馬があわなかったが、サレとは盟友の間柄になった。




