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二巻(十四)

雲行き(二)

 身動きの取れなくなったサレは、一瞬、塩賊になろうかと思ったくらいであったが、いまさら、彼を塩賊が仲間に入れてくれるわけがなかった。


 胃を痛める日々を送っていたサレに追い打ちをかけたのが、剣聖[オジセン・ホランク]であった。

 糊口をしのぐために、ラウザドのオルベルタ[・ローレイル]から紹介された野盗狩りに出かける際、剣聖が屋敷の改築をしたいと申し出て来た。彼は刀術だけではなく、築城術でも広くその名を知られていた。

「こんな屋敷では、百人の敵にでも攻められたひとたまりもない。今のまま一事があれば、女子供を守り切れんぞ。屋敷に残る者の数も心もとないので、この際、屋敷の防備を増強するべきだろう」

 「剣聖がおられる屋敷にだれが攻めて来るのかは存じませんが、その前に私は借金取りを退治せねばならぬのです」とサレはやんわり断ったが、剣聖がしつこく承諾を求めてくるし、確かに、留守の間に息子へなにかあれば一大事だったので、軍の編成に追われていた彼はそれ以上深く考えず、「金をかけずにお願いしますよ」と結局は改築を許してしまった。


 それが野盗の討伐から帰ってみればどうであろうか。

 改築に出せる費用を計算して、その額を剣聖に伝えておいたのだが、屋敷を囲う空堀は深さを増しており、塀は(どう)()きになっていた。また、四方には(もの)()(やぐら)が備えつけられていた。

 屋敷の原形を留めぬほどの改築に要した費用は、目が(くら)むほどの額であった。そのために、借金の返済へ()てようとしていた、野盗掃討に対する報奨金が吹き飛ぶほどであった。

 サレは剣聖に抗議をしたが、自らの設計のすばらしさ(※1)を語るばかりで話が通じなかった。

「前もっていくらまでと話しておいたではありませんか。これでは年が越せません」

 「それはすまなんだ。しかし、ラエ[・サレ]どのの許しは得たぞ。まあ、良いものができたから勘弁してくれや」と高笑いをする剣聖に向かって、サレは刀を抜き、(こん)(しん)の一撃を(あた)えたが、同じく抜刀した師に軽くいなされた。

「そのような殺意を師に向けるものではない」

「もはや、あなたを師とは呼ばん」

 人通りのある道の真ん中で斬り合いが始まろとしていたが、その場でどちらにつくべきか悩んでいたラシウ[・ホランク]が機転をきかせ、ゼヨジ・ボエヌを呼んで来た。

 調停の達人であるボエヌのおかげで、どうにか師弟のけんかは()んだ。



※1 自らの設計のすばらしさ

 オジセン・ホランクが設計したサレの邸宅は現存しており、内部を見せてもらったことがある。

 東部州ではその例がすでにあったが、西南州においてはじめて、火縄銃による防御を念頭に置いた建造物であり、その堅牢さで幾多の戦禍を免れた。また、意匠的にも機能美に優れており、現代のものに見劣りしない。

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