二巻(八)
コステラ=デイラ(八)
兵を集め、塩賊退治を生業にすることで、金を返していく道筋がサレにできた。
執政官[スザレ・マウロ]による西南州の統治は不安定だったのに加え、その及ぶ範囲は都周辺に過ぎなかった。言い換えれば、都を少し離れれば、塩賊らが跋扈する世界であったため、いくらでも仕事はあった。彼らをいくら斬ったところで、州の政治が落ちつかない限り、次から次へと、秋の蝗のように塩賊は湧いて出た。
州だけでなく、大商人や地方の豪族の要請があれば、サレはどこへでも、塩賊を斬りに行った。
サレに兵を興す元手などはなかったが、それは金を借りている商人たち、とくにラウザドのオルベルタ[・ローレイル]が工面してくれた。話を聞いた家宰どの[オリサン・クブララ]やオンデルサン家からも申し出があったが、そちらは断った。商人でも縁戚でもない者たちから金を借りるのは、家の名をけがすように思えたからだ。
塩賊退治だけでは、借金の元本を減らしていくのが難儀だったので、サレは煙管や刀の売買を片手間に行った。これはそれなりに利益を生み出した。
また、字を教えて小銭を稼ごうとしたが、これは、母親や子供がサレを恐れて人が集まらなかったのであきらめた。ときおり、商人に呼ばれて筆を振るい、礼金をもらうくらいにしかならなかった。
サレは、塩賊が現れないときに、兵を休ませておくのを嫌った。
なぜなら、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]を始めとして、家中には力を使う仕事を与えておかないと何をしでかすかわからない連中がいたので、みやこびとのあざけりを受けながらも、商人から土木工事や警固の仕事を請け負って家計を補いつつ、なるべく兵を休ませないように頭を働かせた。
仕事がない日も、いくさへのよい訓練になるので、兵たちに屋敷周辺の道路や水路を補修させたり、屋敷のまわりを巡回させたりしていたところ、サレ家周辺は治安を含めて住みやすくなり、金のある連中が引っ越して来るようになった。
ここでサレは、ラウザドで見た「白衣党」のことを思い出し、自らの兵に緑色の服を着せた。このため、いつ頃からか、サレの兵は「緑衣党」と呼ばれるようになった。
補修や警固は、別に平民の暮らしを考えて行ったことではなかったが、都の南側にあったコステラ=デイラは、北側に居を構える薔薇園[執政府]の管理が行き届いておらず、犯罪や揉め事が絶えなかった。その中で、商人などに頼まれて、警固や問題事の仲裁を行っているうちに、コステラ=デイラの顔役のひとりにサレは自然となっていった。
そうなってくると、裏の世界に生きる者たちとの付き合いがはじまり、当初、サレは自身の目と手の及ぶ範囲から全員追い払ってやろうかと考えたが、賭博や売春をなくすことなどはむりな話で、追い散らかしたところで、次の奴らが来るだけだろうと考えた。
そこで、話の分かる者たちだけを残して、ほどほどにやらせることにした。彼らは場所代を渡そうとしてきたが、サレはそれを断り、その代わりに、稼業で見知った情報を逐一、やり取りを任せていたゼヨジ・ボエヌに知らせるように命じた。その手の者がサレの屋敷に来ると、母のラエや妻のライーズは嫌がるどころか、興味深く彼らの話を聞く始末であった。
なお、サレの屋敷周辺の治安がよくなった分、良からぬ者たちがよそへ逃げたため、たとえば、公女[ハランシスク・スラザーラ]の住む鹿集館周辺の治安は悪化していたが、サレは与り知らぬこととして関わり合いを避けた。
サレが家の立て直しを図っている間も、家宰どのを通じて、公女から鹿集館の警固についての文句が来た。
それに対してサレは、執政官の許可がなければ動けない旨の建前を通して、これに応じなかった。執政官のほうでもその重い腰を上げるそぶりはなかった。
しかし、このやりとりを知ったバージェ候[ガーグ・オンデルサン]が、家宰どのに執政官へ話をつけてもよいと言い出したので、その話を聞いたサレは馬をとばして、候のおせっかいをとどめた。候からは「不忠の極みだな」といやみを言われたが、サレの意思を尊重して、執政官への働きかけはやめてくれた。
正式にオンデルサン家の当主の座に返り咲き、西南州西部の自領を統治していた候は、何かとサレを気にかけていてくれていたが、都の施策について執政官と対立する傾向のあった候と親しくなりすぎることも、サレとしては避けたいところであった。
サレには、候に与して執政官と対立することで、立身を図るつもりはなかった。
当時のサレとしては、早く政情が安定して、ホアラから運んできた塩券の売値がまともな価格に戻ってくれること、そればかりを願う日々であった。
しかし、公女の扱いすら定めることができない状況では、それはだいぶ先、もしかしたらサレが生きている間は訪れないかもしれないと悲観した。そのため、無事に生まれた長男(※1)が元服するまでに借金を返済して、早く隠居生活に入るのが、現実的なサレの願望であった。
※1 長男
後の第二代ホアラ候オイルタン・サレのこと。サレは家を復興させるために男子を求め、妻ライーズに次々と子を産ませたが、結局、男子は最初に生まれたオイルタンのみであった。




