二巻(七)
コステラ=デイラ(七)
執政官[スザレ・マウロ]のもとで、卑職でもよいから役職につき、その命令下で塩賊退治に加われればよかったのだが、それはサレには叶わない願いであった。
西征からの帰還後、西南州軍におけるサレの地位は不明であり、その確認を何度も薔薇園[執政府]に求めた。しかし、それどころではないのか、もしくは作為的なものかはわからなかったが、放置されたままであった。
サレ自身は、自身の都に置ける評判のわるさを、執政官やその取り巻きが嫌い、その処遇の決定を放置しているのではないかと疑っていた。
この頃、父ヘイリプ、兄アイリウンに対する孝悌の心の欠如、ホアラの放棄などの汚名がサレに重くのしかかっており、みやこびとからは「馬食いノルセン」と陰口を叩かれていた。以前に交流のあったいくさびとの多くも、サレとの関りを避けていた。
サレの考えに対して、家宰となったポドレ・ハラグは、公女[ハランシスク・スラザーラ]とのつながりを薔薇園[執政府]が嫌ったのではないかと推測した。それもおそらくあるのだろうとサレは考え、こうなってくると公女の乳兄弟という立場が、いっそうわずらわしいものに思えた。
正規の職を得て、塩賊退治に参加できない以上、サレは私兵を集めるしかなかった。都を駆けずり回って兵を集めたが、ふつうのいくさびとは相手にしてくれなかったので、仕方なく、くせのあるいくさびとや乱暴者の平民を百人ほど集めた。
食い詰めた行き場のない者たちの集まりであり、ふつうの指揮官の言うことなどは聞きもしない連中だったが、サレやオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]など、自分より腕の立つことが明らかな者の言うことは、多少の無理でも従う連中であった。
軍でいちばん大事なものは、個々の強さではなく、集団としての規律ということを、サレは父から嫌というほど聞かされていた。そのため、自らの兵たちにもそれを求めた。最初はうまくいくか心配であったが、塩賊退治をする中で、命令違反や強姦、私掠を行った者たちを斬り捨てたり、兵を入れ替えたりしていくうちに、概ね、サレの求める、規律のある集団ができた。
塩賊退治に手を出してみると、西征で泥水を啜らされたサレには簡単な仕事であった。
とくに、サレが暇にあかせて鍛え上げた従者たちに敗走を巧みに装わせ、追撃して来た敵をオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]の一隊で撃ち砕く戦法では負けなしであった。
このために、「逃げのノルセン」という二つ名がサレに加わったが、これには西征の敗走と、戦わずにホアラを失った彼を揶揄する意味も含まれていた。
塩賊は女子供にも石や火縄[銃]を持たせて、いくさ場に送り込んで来た。いくさ場に出て来る以上、女子供であることは関係ないので、サレは部下にためらわずに斬るように命じた。また、投降して来た者を捕虜にしたところで仕方がないし、逃がせばまた敵となってやってくるだけなので、こちらも必ず殺すことにした。
このため、すぐに「人食いノルセン」という二つ名もサレは頂戴するようになった。
都の母親たちは言うことを聞かない子供に、「サレ家の次男坊が来るよ」と脅すようになったとのこと。
馬食いノルセン、逃げのノルセン、人食いノルセン。サレはかつかつの生活を送っていたが、二つ名だけはにぎやかであった。




