二巻(五)
コステラ=デイラ(五)
コステラ=デイラに居を移してしばらくの間、サレは父ヘイリプの残した借用書のうち、押しかけて来なかった連中の所へ出向き、今後についての交渉をした。まずは金の話をすっきりさせておきたかったのだ。
都中を歩いて回ったが、中には所在の分からない者たちもおり、とりあえず、その借金は返さないで済んだ。焼け石に水の額ではあったが。
盛春[五月]下旬、父ヘイリプは都だけではなく、ラウザド(※1)の商人からも金を借りていたので、河を下って彼の地へ出向いた。
借金の話でわざわざ訪れてくるいくさびとなどめずらしかったのであろう。どこでも好意的に話を聞いてくれて、無理にでも返せと迫ってくる者はいなかった。それは、その経歴からサレを恐れていたのと、逆さに振っても金が出ないことを知っていたためでもあろうと、この時は思った。
商人たちに、どう返していくのかという話をしなければならなかったので、返す当てなどなかったが、塩賊退治で稼ぐと適当に答えているうちに、サレ自身もその気になってきたから不思議であった。
「塩賊退治。それがよろしいでしょう。我々も助かります」と言ったのは、ラウザドの若き有力者オルベルタ[・ローレイル](※2)であった。オルベルタは、火薬庫の爆発に巻き込まれて顔に大やけどを負い、左足を引きずるようになっていたが、頭脳明晰な男で、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]の死後、他と同じく混乱していたラウザドにおいて、頭角を現していた。
舶来の品々に囲まれた、オルベルタの豪華な私室で酒を酌み交わしながら、問われるままに、西征やホアラ、公女[ハランシスク・スラザーラ]のことについて話した。さすがは情報が命の商人だけはあり、サレのこともよく知っているようだった。
会話が一段落すると、オルベルタは謝礼として、結構な額の銀貨をサレに渡した。サレが遠慮すると「商人にとって、大事なものは、時、金、情報です。情報は時間を節約し、また、金を生み出します。価値のあるものなのです」と引っ込めようとしなかった。そのように言われれば、断る理由もなかったうえに、手元不如意だったこともあって、サレはすなおに受け取った。
「また、なにか都で動きがあれば教えて頂けると助かります」
そのように口にしながら、サレに杯をすすめたのち、オルベルタがたずねた。
「ところで、いくさびとにとって、大事なものとはなんですか?」
オルベルタの問いに、サレは数瞬考えてから、次のように応じた。
「自らに課した約束を守り切ることだ。生きると決めたら生き抜く。死ぬと決めたら潔く死ぬ。殺すと決めたら必ず殺す。……金を返すと決めたら、必ず返す」
「なるほど。逃げると決めたら、かならず逃げ切る」
微笑を浮かべるオルベルタの杯に酒を酌みながら、「そうだ」とサレも笑いながら答えた。
「しかし、なぜ、商人たちがあなたさまへの借財を取り戻すのを急いでいないのか、おわかりですか?」
「さて、私の言葉を信じたからではないのか?」
「商人は口約束に信は起きません。あなたさまの後ろに、公女[ハランシスク・スラザーラ]さまがいらっしゃると思っているからです。ここをまちがえると、めんどうなことになりますよ」
言われてみれば、そういう話であったが、しかし、サレには公女の世話になる気はなかったので、その点をオルベルタに告げた。すると、オルベルタが次のように返して来た。
「中立、もしくはあなたさまのお立場で収まるところに収まる。いまならば、執政官[スザレ・マウロ]さまのもとで役職を得るということでしょうが、果たしてそれは、本当にいちばん安全なことなのでしょうか?」
「しかし、公女の傍に侍って、政争に巻き込まれたくはない」
「よいではないですか。政争に巻き込まれて、どうしようもなくなれば、ご家族とお逃げなさい。お逃げになるのは得意でしょう?」
真面目な顔でサレを唆すようにいうオルベルタに、サレは聞いた。
「おせっかいが過ぎないかね?」
「我々ラウザドは、公女さまから大金をお預かりし、それを商いに回しております。おかしな方に公女さまのまわりにおられては困るのです。あなたさまのような方に傍でお守りいただかないと、安心して眠れないのです」
「私はそれほどの人間かね?」
「腕が立って金にきれいな方など、そうはいませんよ。自信をお持ちなさい」
オルベルタの言に、サレは首を横に振り、「話はわかったが、承服しかねる。とうぶんは、自分の力だけでやっていくつもりだ」と独り言のように口にした。
「とうぶんはですか。ご自身でも、むずかしいことは承知されているのですね」
「そうだ。私もまだ若いからな。淡い期待に逃げる自分を御し得ないのだ。……しかし、それに家族を巻き込ませつづけるのには限界がある。見切りが必要なことはわかっている」と言いながら、サレが杯を伏せると、「まあ、そのままうまく行く可能性も残っておりますからな。当世、何が起こるかわかりませぬから」とオルベルタが応じた。
その日はオルベルタの屋敷に泊まり、翌日、サレはコステラ=デイラへの帰路に立った。
ラウザドでは、白い衣装を着た白衣党と呼ばれる兵たちが、規律正しく港の治安を守っていた。その様子をサレは見て、白衣党のような組織に、公女の身辺やコステラ=デイラを守らせるのがよいのにと思った。
※1 ラウザド
西南州南岸にあった貿易港。東部州との交易で栄え、「長い内乱」期に自治を認められると、大商人たちによる合議で港の運営をはじめた。その財力を背景に、政治的な中立を保ちつつ、独立した勢力を築いた。港を囲う大堀で有名。
※2 オルベルタ[・ローレイル]
ラウザドの指導者。ムゲリ・スラザーラの死による、騎士階級の債務不履行や塩券の暴落などにより、ラウザドで世代交代が起こり、その中で台頭する。火薬や火縄銃の知識に優れた。サレと馬が合い、深い協力関係を築いていった。




