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一巻(十七)

西征(十七)

 三日目の昼、道とは言い難い、木々のせいで暗い道を歩みながら、ノルセン[・サレ]は数少ない父親との思い出を何度も(はん)(すう)した。

 背中のヘイリプは先ほどから息が荒かった。

 「父上」とノルセンが声をかけたとき、ふいに日の光が彼ら親子に降り注いだ。

 針葉樹の森の中で突然現れた空き地は黒々としており、落雷で生じた火災でできたものであったろう。

 ノルセンが父を大木の根本に降ろすと、他の者たちも歩みを止めた。

 ここならば大丈夫と判断して、まだ元気のある者たちは焚き火のための薪を集めはじめた。

 ロイズン・ムラエソが馬に載せていた水筒を取り出し、ノルセンに手渡した。

 ノルセンは小さなうめき声をあげている父の口元に水筒を寄せたが、水は彼の口にはほとんど入らなかった。

 汚れた顔、ぼろぼろの衣服、すさまじい異臭。

 その様からだれが、この老人を西南州千騎長ヘイリプ・サレだと思うだろうか。

 三十年を戦場で過ごし、数日前まで五千騎を預かり、()()()を目指していた男だと。

 サレ父子の様子を、疲れ切った表情の従者たちは黙って見守っていた。

 ときおり、薪の()ぜる音だけがした。

 しばらくすると、ノルセンは無表情でポドレ・ハラグとゼヨジ・ボエヌを一瞥したのち、ヘイリプを抱きかかえて森の中へ消えて行った。


 ひとり戻って来たノルセンに声をかける者はいなかった。

 ノルセンは、二十人までに減っていた同行者の一人ひとりの顔を確認したのち、「行こう」と誰にでもなく言った。すると、「野ざらしですか?」(※1)とだけ、ハラグがたずねた。

「落ち葉で覆ってきた。穴を掘る時間と労力が惜しい。……二千人が二十人。ひとりでも多く、ホアラへ帰さなければ。それが連れて来た者の息子の務めだ」

 そのホアラはどうなっているのでしょうかと、ポドレ・ハラグは主に問うたが、ノルセンは何も言葉を返さなかった。



※1 「野ざらしですか?」

 ヘイリプ・サレの死については、衰弱死もしくはノルセン・サレの手によるもののどちらかと推測されるが、みやこびとは後者と考え、父兄を見捨てた者として、ノルセンは強く非難された。

 それに対してノルセンは、「親兄弟の死体を使ってでも生き残るのがいくさびとだと思っていたが、ちがうようだった」と、ラウザドの有力者オルベルタ・ローレイルへの書簡で述懐している。

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