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一巻(十一)

西征(十一)

「兄上はまだ来ないのか。あの猪め。大望が消え去って怒りのはけ口を求めているのはわかるが、敵を討つことがこのいくさの目的ではあるまい。逃げ帰るのが我々の目的だろうに」

 近西州を走る国道の真ん中で、大降りの雨の中、ノルセン・サレが馬上のオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]に叫んだ。

 オントニアはノルセンの従者に過ぎず、馬に乗れる身分ではなかった。しかしながら、主を失った馬にまたがり、すばらしい槍働きを見せ、(もとどり)の結い方から騎士の身分と思われる者の首を三つ、馬の(くら)に結びつけていた。

 長身のオントニアが、これまた拾って来た立派な槍を持っている姿はなかなか様になっていたが、いかんせん鎧が貧相であった。

「こんなものをぶらさげておくな。恩賞をくれるお方はもうこの世にいないのだぞ」

 馬の肌を傷つけることなく、ノルセンが藁縄を切ると、三つの首は泥の中に落ちた。

 その様をみて、雨音をかき消すような声で「なにをする」とオントニアが主人に対してぞんざいな口をきいた。

 ふたりの間柄は主人と従者であったが、兄弟同然に育ったため、彼らの付き合いにはかしこまったところがなかった。

 ノルセンの父兄はそれを忌々しく思っていたようだが、母ラエが良しとしたため、不問となっていた。

「私は兄のところへ戻る。おまえは先に行って、父上に事情を説明してくれ」

 ノルセンが、二人の会話を聞いていたポドレ・ハラグ(※1)に指示を出すと、彼は無言でうなづき、国道を東へ去っていた。



※1ポドレ・ハラグ

 ノルセンの乳母の息子。ノルセンが家督相続後、サレ家の家宰となり、彼をよく支えた。

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