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四巻(五十一)

ハランシク・スラザーラ(五)

 控えの間で待機していたサレのもとへ、見覚えのある摂政[ジヴァ・デウアルト]の女官が近づいて来て、庭のひとつへ案内された。

 公女[ハランシスク・スラザーラ]は、出された物に一切口をつけるなと釘を刺しておいたのに、茶を飲み、菓子を食いながら、部屋の中にいた、天文学に詳しい貴族を捕まえて(※1)、あれこれと質問をしていた。


 庭では、露壇に置かれていた椅子に摂政が坐っており、その横には[オルネステ・]モドゥラ侍従が立っていた。

 サレは女官にうながされるまま、摂政の前に立ち、芝生の上で片膝をつき、一礼した。

(なん)(えい)()(かん)()ての(しょう)(しょ)を返す。あと、今の大公[スザレ・マウロ]宛てのものも、私の添え状をつけて、おまえに預ける。南衛府監から、大公どのにお渡ししてくれ。儀礼上、問題はあるが、お上[ダイアネ五十五世]より、一刻も早く()(ぼく)を結べとのご下命だからな」

 摂政の言葉を受けて、(ぼん)()せた三通の書状を、(うやうや)しく捧げ持ちながら、侍従がサレに歩み寄って来た。

 盆が自らの前に置かれると、サレは「(かしこ)まりました」と、再度、一礼した。


 無言で、サレの様子をしばらくながめていた摂政だったが、おもむろに立ち上がると庭に降り、サレに近づいた。それから手を払い、侍従と女官を遠ざけた。

 つづけて、身をかがめると、サレの耳元で次のようにささやいた。

「お上が、残り少ない命を削って書かれた詔書だ。ゆめゆめ(おろそ)かにするな。本日、(てん)()(きゅう)からの帰り道で、大公どのと話をつけてこい。その際はできるだけ、おまえが譲歩するのだ。公女どのの、そのお心を含めた安全の確保と、おまえのコステラ=デイラでの地位の保全、このふたつ以外は望むな。……そうしなければ、今回の争いにつき、中立を保ってきた鳥籠[宮廷]が、青年[スザレ・マウロ]派に肩入れをする名目ができる、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]に対してな」

 摂政の言に対して、サレは深く頭を下げ、「(おお)せのとおりに」と答えた。


 サレが話を受け入れると、摂政は腰を落とし、彼の肩に右手をのせ、「叶わぬことだとはわかっているが、お上の魂が月に召されるその日まで、都は安らかであってほしいのだ」と、独り言のようにつぶやいた。

「いいか、ノルセン・サレ。これはおおきな貸しだぞ。お上からおまえへの」

 「はっ。重々承知しております」とサレが顔を上げると、摂政は微笑を浮かべていた。

「承知したのは結構だが、おまえは、だれに借りを返せばよいのかわかっているのか?」

「いえ、いや、それは……」

「……東の宮どのにだよ。お上と私の間にできたお子に、おまえは借りを返すのだぞ。いいな」

 摂政というお方は、みやこびとから妖怪と言われ、自身の栄達のために国主を利用していると噂されていたが、彼なりのやり方で、妻子を愛しているのだろうと、かけられた言葉の音調から、サレは感じ取った。


 話し終えて立ち上がった摂政がふいに、「トオドジエ[・コルネイア]は鳥籠[天鷺宮]から逃げたぞ。いまは行方知れずとのことだが、南衛府監はどこに行ったと思う?」と、サレにたずねてきた。

 彼はひとつ息を呑んだあと、数瞬考えたのちに、「北でございましょう」と、摂政を見上げた。

「そうだとした場合、今から結ぶ和睦に、どれほどの意味があるのだろうな?」

 そのように言うと、摂政はサレの返答を待たずに、露壇から鳥籠の中へ戻って行った。



※1 天文学に詳しい貴族を捕まえて

 ハランシスク・スラザーラは引きこもりであったが、各地の学識を持つ者との書状のやりとりは活発的に行っており、この貴族も、知り合いのひとりであったのだろう

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