四巻(四十九)
ハランシク・スラザーラ(三)
公女[ハランシスク・スラザーラ]と国主[ダイアネ五十五世]の会見は、晩夏[九月]の五日に行われた。
二日からの三日間のあいだ、良識[トオドジエ・コルネイア]派と青年[スザレ・マウロ]派の争いは、取り決めたわけではなかったが、自然と休戦状態となった。
公女がコステラ=デイラから出る直前に、サレへ同行を求めてきた。彼は総身の血の気が引くのをおぼえながら、強く拒んだが、公女がスラザーラ家の当主の名で命じたため、もはやこれまでかと観念した。
サレはポドレ・ハラグにコステラ=デイラのことを頼み、また、教えておいた遺言状の所在を、念のため、再度伝えた。
コステラ=デイラから出て来た公女の輿の脇を、サレが供しているのをみて、青年派の兵士たちからどよめきが起きた。
矢をつがえる者たちもいたが、万が一、公女に当たった時のことを考えてか、輩が放たれるのを防いだ(※1)。
幕舎で公女を待っていた今の大公[マウロ]やモウリシア[・カスト]は、白面をつけた公女につづき、サレが入ってくると、見て見ぬふりをした。
サレもふたりに視線を合わせぬように、上座へ坐った公女のとなりへ立った。
幕舎の中が、何とも言えない雰囲気に包まれている中で、公女だけは暢気なものであった。
白面を脱ぎ捨てながら、「スザル」と、今の大公に声をかけた。それに対して、直立の姿勢のまま、彼が「はっ」と短く返事をすると、公女は右手を鷹揚に縦へ振り、席へ坐るように促した。
大公が腰を下ろすと、彼の側近たちもそれに倣った。
しかし、サレには椅子が用意されていなかったので、彼だけはそのまま立っていた。
「今回はむりを言ったかな。聞いてもらえてうれしいぞ」と、公女に声をかけられた大公は、先ほどと同じく、「はい」と短く返事をするだけであった。
「しかし、スザル。おまえは父上に借りがあるのだから(※2)、これくらいのことはしてもらわないとな」
公女の言に、大公が何事か口を開こうとしたが、彼女はそれを無視して、大公の側近たちに向かって、「モウリシアはどこにいるか」とたずねた。
自分の名を出されたモウリシアが立ち上がって、「わたくしですが」と応じると、公女はまじまじと彼を見つめてから、サレに首を向けて、次のように言い放った。
「あいつが、おまえの殺しても飽き足らない男か」
サレは返答に窮したし、青年派の面々も言葉がなかった。
凍りついた場で、サレにできることは、何も答えず、うつむくことだけであった。
そのようなサレの対応を、微笑を浮かべて楽しんだあと、公女は再度、モウリシアに言葉を与えた。
「モウリシア。道中の私とノルセンの身の安全につき、まちがいがあってもらっては困るぞ。いいな?」
同意を求められたモウリシアは、「御意のままに」と答えるしかなかった。
※1 輩が放たれるのを防いだ
ハランシスク・スラザーラにサレが同行したのを知ったスザレ・マウロは、すぐに全兵へ向けて、早まった行動を取らないようにきつく戒めた。とくにモウリシア・カストについては、いくさびととしての道理を説いて、彼および彼の配下が、暴発しないように釘を刺した。
※2 おまえは父上に借りがあるのだから
この言葉が、何か具体的な件を指しているのかは不明。史家の間でも意見が分かれているが、長くなるので本注釈では触れないでおく。




