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一巻(七)

西征(七)

「それは本当のことなのか」

 幕舎の中で思わずヘイリプ・サレは大声と共に立ち上がったが、「父上」とノルセンにたしなめられ、小声で話をつづけた。

「ライリエで昨日の早朝、大公さま[ムゲリ・スラザーラ]が老公[コイア・ノテ]にお討たれに……。六日前に会ったときには、そのようなことをしでかすようには見えなかったぞ、コイア・ノテは」

 いらだつ父親に対して、ノルセンは「六日間で気が変わったのでしょう」とそっけなく答えた。

「父上、老公の心中に関しては、あとでゆっくりとお考えになられてはいかがですか?」(※1)

 次男の返答に対して、ヘイリプは椅子に坐り直し、杯に酒をそそぐと一気に飲み干した。そして、「しかし、にわかには信じがたい」とひとりつぶやいた。

「すぐに斥候を出して確認をお願いします。それよりも、それが事実であった場合、[ソルジエ・]コミラはどういたしますか?」

「事実であれば、奴がどう動くかは読めない。やられる前にやるしかないが……」

 場に沈黙が流れると、その場にもうひとりいたアイリウンが意見を述べた。

「確証もないのにそのようなことをしては、いくさびとの信義にもとります。誤報であった場合、我が家が断絶を余儀なくされるかもしれません」

「しかし、兄上。確証を待っていては手遅れに、私たちは敵のただ中にいるのですよ」

 弟の言い方に、アイリウンが机を叩いて「そんなことはわかっている」と吠えた。

 ヘイリプは息子たちの口論を止めることなく、無言のままであったが、やがて口を開いた。

「私の勘から言えば……、残念ながら、その伝令の言は正しいように思える。主に家臣は似る。コミラの家臣ならば、安易に伝令を出し、その伝令も質が悪かろう」

 首を縦に振るノルセンを一瞥してから、アイリウンが事後策を父にたずねた。

「大公さまが討たれたのが本当ならば、さすがに伝令が一人ということはあるまい。いま、すでにコミラのもとに別の者から話が届いていると考えておいたほうがまちがいがない。……そうすると、今夜あたりが怪しい」

 「夜襲でしょうか、父上」と言うアイリウンの言に、ヘイリプはなかなか返答を与えなかった。

「……不確かな情報をもとに、こちらからコミラを討つことはできない。しかし、あちらから先に動いたのならば話は別だ。とりあえず、夜襲にそなえて今夜は様子を見よう。アイリウン、おまえなら、兵の配置はどうする」

 話し合いが具体的な対応策に移ると、ノルセンは父兄の会話についていけなくなり、自分にいくさ場での経験が足りていないことを自覚した。

 アイリウンの案を聞き、ひとつうなづいたヘイリプは、長子に準備を任せた。

「父上、大公さまからお預かりしている兵たちはどうしましょうか?」

「アイリウン、何も伝えるな。変に動かれても困る」

 そう言い終わると、「少し一人にしてくれ」とヘイリプは言い、酒杯を見つめながら黙り込んだ。



※1 あとでゆっくりとお考えになられてはいかがですか?

 一次資料と呼べる物のなかで、コイア・ノテの動機に関して参考となる資料は見つかっていない。当時の人々にしてみれば、原因よりも、その結果や影響のほうが文章に残す価値があったのだろう。

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